2007年の世界経済は、米国経済の減速などから、過度の調整に陥る懸念は残しているものの、総じて安定的に推移している。しかしその一方で、株、金利、原油など、市場の動きは一段と激しさを増してきている。ここでは、「実体経済の安定」と「市場の不安定」とが並存する現在の世界経済の状況を、あらためて整理してみたい。
安定に向かう世界経済
2006年の世界全体の実質経済成長率は4%近くに達したが、07年は3%台前半に低下するとみられている(注)。その主因は、世界経済の3割近くを占める米国経済の成長鈍化である。これは、住宅市場を中心に過熱気味に推移してきた景気を持続可能な巡航速度に抑制するために、04年6月から採られてきた金融引き締め策の効果が顕在化したものである。米国の成長ペースは四半期ベースの前期比年率の伸び率で見ると06年4-6月期以降は2%台で推移していたが、07年1-3月期には0.7%と大幅に低下した。この段階で、巡航速度とみられる3%程度の成長を下回る状態が4四半期にわたって続くとともに、減速の程度も相当に大きなものとなった(図表1)。
(注)ここでは、現実の市場価格で集計した実勢価格ベースの成長率を用いている。国連やIMFが採用している購買力評価(PPP)ベース(国ごとの物価水準の違いを勘案して集計した値)に比べると、通常は低い値となる。
図表1.米国の実質成長率の推移 |
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ただ、1-3月期の成長率の内訳を見ると、大幅な減速は、振れの大きい在庫投資と外需がそろって大きなマイナスの寄与となったことが影響してのことであり、根幹である個人消費と設備投資は、前期並み、あるいは前期より高い伸びとなっていた。また、企業業績や雇用情勢も概ね好調に推移していたことから、成長率の低下にもかかわらず、米国経済は底堅く推移しているとの見方が主流であった。そうした見方は、4-6月期の成長率が、速報値ながら3.4%に急回復したことでも確かめられた形となっている。
他方、米国と入れ替わる形で、欧州経済がやや過熱気味になっている。欧州経済は、EU中核国の企業が、EU統合の拡大・深化への適応を進めたことで、企業セクター主導の回復を実現した。2006年には、それが家計セクターにも及んだことで、欧州は巡航速度と目される2%程度の成長ペースを上回る2%台後半の成長を続けている。07年に入ってからも、懸念されていたドイツのVAT税率引き上げの影響は軽微にとどまっている。欧州中銀は既に05年12月から政策金利を引き上げてきているが、07年後半には、その影響が顕在化することで成長ペースは緩み、欧州経済がこれまで以上に過熱する事態は回避されるものと考えられる。
その他の地域では、米国の減速を受けてアジアや中南米諸国の経済が若干減速するが、依然として二桁の成長ペースを維持している中国をはじめ多くの国が堅調な成長を続けている。また、新たに経済発展のプロセスに入る新興国も増え、世界経済の成長の裾野は一段と広がってきている。日本経済も、企業業績の好調が雇用拡大や一部での賃上げの形で家計セクターに波及してきており、2%前後の巡航速度の成長を続けることが想定されている。
不安定化した市場
以上のように、世界各地域の経済は、それぞれに持続可能な巡航速度の成長ペースに向けて落ち着いていくプロセスの途上にある。それにともなって世界全体の成長率は低下するものの、中長期的な安定感は増してきている。しかし、世界の成長ペースが鈍化してきたことで、今度は、過度に減速してしまうのではないかという不安感も高まってきた。2007年2月末に、株式市場としてはローカルな存在にすぎない上海市場の株価急落が世界中の株式市場に波及したのも、その表れだと考えられる(図表2、3)。
図表2.2007年の米国・ダウ平均株価の推移 |
図表3.2007年の日経平均株価の推移 |
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その後、各国の株価は、3月上旬までは低迷したものの、米国において企業の強気な業績見通しが相次いだこともあって、3月半ば以降は回復基調に乗り、日本を除く大半の市場では、同時株安前の水準を超えて上昇した。そして6月には、世界経済の底堅さと、世界的なインフレ懸念の高まりを背景に、長期金利が大幅に上昇し、米国と日本では2006年のピークにほぼ並ぶ水準に、景気が過熱気味で推移しているドイツでは06年の水準を大きく上回るレベルに達した(図表4、5)。
図表4.米国とドイツの長期金利の推移 |
図表5.日本の長期金利の推移 |
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ところが、7月の末頃には、米国のサブプライムローン(信用度の低い住宅ローン債権)の問題が金融機関の経営や金融商品を通じて経済全体に波及するのではないかとの懸念から、米国経済の先行きに対する不安感が高まり、米国をはじめとする世界各国の株価が再び大きく下落した。それにともなって、各国の長期金利も低下した。そうしたなか、原油価格は上昇基調を維持し、8月初にはWTIで1バレル78ドル台の最高値を記録している(図表6)。
図表6.原油価格(WTI)の推移 |
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こうした展開からは、現在の市場では、世界経済の先行きに対する楽観的な見方と不安感とが交錯し、そのバランスが短期間で大きく揺れ動いていることが読み取れる。
スタビライザーとしての市場
世界経済の先行きについて楽観と不安とが入り混じる現在の局面では、多くの市場参加者が、上向きと下向きのいずれの方向の材料に対しても敏感に反応しがちな状況が生じている。しかも彼らは、足下の動きや統計データだけでなく、相当先をにらんで先見的に動いている。こうした傾向は、多くの市場が、機関投資家やファンドが主導する「プロフェッショナルの市場」となっていることに加えて、世界経済が巡航速度に近付いたことで経済の先行きについて方向性を見いだしにくくなっているためでもあるだろう。
その結果として、市場の振幅は大きくなり、きわめて不安定な様相を呈している。しかし、それは、市場の見方が楽観、悲観のいずれかに偏って一方向に暴走してしまう懸念が小さくなっているということでもある。その意味では、為替市場において円が趨勢的に下落してきたという懸念材料はあるものの、それを除けば、現在の市場は、慎重な姿勢が保たれた健全な状態にあると言えるだろう。
また、市場が経済の変動を先取りして動いていくことで、市場の動き自体は不安定化するものの、市場の動きが実体経済を安定化させる働きはむしろ強まっている。市場のスタビライザー(安定装置)としての機能が向上しているということだ。現在進行中の、世界経済が巡航速度に落ち着いていくプロセスにおいても、この市場のスタビライザー機能が重要な役割を果たしてきている。その構図は、2006年以降の長期金利や原油価格の動きに鮮明に表れている。
政策金利の相次ぐ引き上げにもかかわらず低水準にとどまっていた米国の長期金利が、欧州や日本の景気の底堅さが確認された06年になってようやく上昇に転じ、それまで世界経済を牽引してきたことで過熱気味になっていた米国経済のスローダウンをうながした。そして、その結果として米国の景気が弱含み、世界経済の先行きへの不安感が高まった06年半ばには、長期金利や原油価格は遅滞なく低下し、世界の景気を下支えする形になった。これらはいずれも、市場のスタビライザー機能の表れである。逆に、経済活動に市場の制約が及びにくい中国の経済が過熱気味の状態をなかなか修正できずにいることも、現代の経済における市場のスタビライザー機能の重要性の証左と言えるだろう。
従来は、株価や地価、為替市場におけるバブルの膨張と崩壊の際に見られたように、市場の暴走が実体経済に悪影響を及ぼす懸念が常に意識されてきた。そうした懸念は、米国の住宅市場や、為替市場における円相場などでは、現在でも色濃く残っている。しかし、近年ではむしろ、市場の機能が経済の安定化に寄与していることも認識しておくことが必要だろう。
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