1.回復に向かう世界経済
イラク戦争とSARS禍を挟んで状況は一変
世界経済は緩やかながら回復に向かいつつある。イラク戦争とSARS禍という二つの世界的な不安要因が一応の決着を見たことで、各地域の心理面での改善がシンクロし、世界各地域の市場で株価は上昇に転じた。
実体経済の面でも、地域や分野による濃淡はあるものの、多くの地域で成長率の上昇など、改善の傾向が見られている。さらに、大規模な減税と金融緩和で米国の回復が加速したことで、内需の弱い国・地域も輸出主導の回復を期待できる環境が整いつつある。
共通の懸念材料は財政の悪化
2004年も、引き続きこの回復に向かう流れのなかでスタートを切ることになる。しかし、その流れは必ずしも確かなものではない。日本では年金問題に象徴される高齢化の進行にともなう将来不安、米国では雇用回復の遅れなど、それぞれの地域が不安要素を抱えている。
多くの国が共通して悩んでいるのが財政の悪化の問題である。2003年前半までの経済の不振による税収の落ち込みと景気刺激のための財政政策により、多くの国で財政赤字の問題が深刻化している。米国の場合にはイラク関連の支出がそれに追い討ちをかける形となっている。欧州では、EUの中心国である独・仏両国が「安定成長協定」のリミットを超える赤字を続けており、加盟国間の結束を揺るがしかねない問題となっている。
財政赤字の問題は、深刻さの度合いは国によって異なるが、長期金利の上昇要因となるのに加えて、景気回復の流れに変調を来した際に取り得る政策手段を制約する。景気動向を見るうえでは、現時点での最大の不安要素と言えるだろう。
コストとしてのテロ、中東
2003年初頭に世界を覆っていた「地政学的リスク」は、当面の不確実性という意味ではイラク戦争の終結によって大幅に後退した。しかし残念ながら、当分の間、テロのない世界は想定できそうにない。イラクの復興も容易ではない。それにともなう経済的、人的損失は避けられない。地政学的リスクのかなりの部分が「コスト」として確定されたということだ。米国ではイラク関連の支出として875億ドルの追加予算がすでに計上されている。
より広い意味での対テロ、中東関連のコストは、さらに膨大なものとなると考えられる。それを誰がどういう形で負担するかは、今後の国際政治の舞台の主要な課題となるが、いずれにしてもすでに悪化した先進国の財政をさらに圧迫し、経済政策の手足を縛る要因となることは間違いない。
2.陰りを見せる米国一極時代
米国流「資本原理主義」の暗転と大欧州の浮上
ITバブルの崩壊とエンロン事件を契機として、ITと金融理論を軸とした米国式の「資本原理主義」への信頼は後退を続けてきた。2003年に入っても、アナリスト問題や投資信託の不祥事など、その流れは依然として続いている。国際政治の舞台における米国の威信もイラク問題をめぐって大きく失墜した。
その一方で、米国とは一線を画した社会システムを堅持してきたEUが、存在感を高めている。2004年に一気に10カ国の新規加盟国を迎え入れるのに加え、東方のロシアやウクライナ、さらには、旧植民地で経済的なつながりも深いアフリカ諸国も潜在的なユーロ経済圏として定着しつつある。
現時点では、軍事力はもちろん経済的な活力の面でも、米国は依然として唯一の超大国と位置付けられるが、その地位は絶対的なものではなくなってきた。
第一の焦点は米欧関係
2004年の世界の政治・経済の第一の焦点は米欧関係にある。懸案は中東問題をはじめ、対テロ戦略、通商問題、環境問題と多岐にわたる。いずれの問題においても、今後の世界の流れは米欧の関係如何で大きく変わってくる。
米国と欧州の関係は、かつての東西対立のような「水と油」の関係ではない。キリスト教、民主主義、資本主義という共通のベースに立って、その時々の状況に応じて対立と妥協、協調を繰り返す、きわめて微妙な関係である。イラク戦争以来、対立する場面が目立つが、それが一変することも考えられる。
その意味で、カギを握るのが米国の大統領選挙だ。選挙の帰趨は、今後の米欧関係のみならず、世界の枠組みを大きく左右することになるだろう。
アジアの行方
大西洋を挟んだ米欧関係と並ぶもう一つの焦点は、地理的にはその裏側にあたるアジアの動向だ。発展途上の中国や東南アジア諸国は、依然として米国経済の需要に強く依存する現状にあるが、米欧とは異質の社会システムを持った国々だ。中国と並んでアジアの竜虎と称される大国インドの存在もある。
当面は、アジア全域に及ぶ枠組みでEUのような一体的な経済圏が形成されるとは考えにくいが、アジア域内に限定されないFTAによる二国間の連携を重ねることで、多核的な経済圏の形成へ向かう流れが生まれつつある。
その結果として、欧州に次いでアジアにも自律的な経済圏が生まれるのか。また、その流れのなかで日本はどのようなポジションを築いていくのか。複雑に絡みあう流れのなかで、それぞれの将来像を模索する動きが続くことになるだろう。
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