統計指標や株式市場のデータを見る限り、2003年の後半から、日本経済は景気回復の流れに乗りつつあるようだ。その流れを受けてスタートを切った2004年は、日本経済にとってどのような年になるのだろうか。
不透明感が薄れた2003年
2004年初頭の日本経済の状態は、好調とは言えないまでも、最悪期に比べれば、かなりマシになってきたというレベルだろう。これは日本だけでなく、世界の多くの国に共通の傾向だ。昨年前半、世界中に不安の影を落としていたイラク問題とSARS禍が、完全ではないにしろ一応の決着を見たことで、経済環境は一変した。
まず、先行きに対する不透明感が薄らいだことで、世界各国の市場で株価が上昇に転じた。成長率の上昇など実体経済にも改善傾向が目立っている。さらに、世界経済を引っ張ってきたアメリカの景気回復が、大規模な減税と金融緩和で加速したことで、日本のように内需の弱い国も輸出主導の回復を期待できる環境が整ってきた。
日本ではそれに加えてもう一つ、金融不安が解消に向けて一歩前進したことも大きかった。りそなグループへの公的資金注入と足利銀行の破綻処理を、いずれも議論を残しながらも、大きな混乱を招くことなく乗り切れたことで、金融問題に対する不透明感、不安感も薄らいだのである。
コストは次第に明確に
もちろん、不透明感が薄らいだといっても、本質的な問題そのものが解消されたわけではない。不透明感と同時に過剰な期待も薄れ、それぞれの問題にともなう負担は、確実なコストとして明確になってきた。
イラク戦争ではアメリカの圧倒的な軍事力を改めて見せつけられたが、その力をもってしても、テロリズムを抑えこむことは困難だということも明らかになった。残念ながら、テロのない世界は当分期待できない。戦争こそ終わったものの、復興のためのコストは莫大なものとなるうえ、テロを防止するためのコストも避けられない。単に金銭的なものだけではなく、海外旅行の楽しみがそがれたり、空港での待ち時間が長くなること、物流が滞ることといった形のロスもある。戦争を前にした不透明感はなくなっても、後には確実に、重い負担が残されている。
日本の金融問題についても、同じようなことが言える。破綻した金融機関の処理に道筋がついたことで、不良債権の問題から経済全体が大きな混乱に陥る可能性は後退した。しかし、そのためには公的資金の投入に代表される国民負担が避けられないことも明らかになった。加えて、金融不安を抑え込んだところで、日本経済に新たな活力が生まれるわけではないということもはっきりした。2003年の成果は、すでに機能しなくなった過去の金融システムの残骸を、周囲に悪影響を及ぼさずに片付ける「幕引き」の手法が確かめられたに過ぎない。新しい金融システムの「幕開け」は、まだこれからの課題として残されている。
次は年金と高齢化の問題
こうして問題をはっきりさせていくことは、過度な不安感を取り除くことにもつながり、決して悪いことではない。その意味で、次に期待されるのが年金をはじめとする社会保障の問題の明確化だろう。
高齢化にともなう将来不安が、今の日本経済を停滞させている大きな原因の一つであることは間違いない。高齢化にともなうコストは、経済全体としてみれば、確実に発生する。公的年金だけに限っても、現役世代の負担が大きくなる一方で引退世代の受け取りが抑えられることはほぼ確実な情勢だ。経済の成長力が落ちるのも避け難い。
そうした現実を受け入れたとしても、なお問題となるのは、高齢化にともなうさまざまなマイナス要素が、私たちの将来にどういう形で、どの程度のインパクトで効いてくるのかを具体的にイメージできないことが過剰な不安感につながり、必要以上に経済を停滞させている点だ。
ここに来て、年金をめぐる議論はかなり具体的なものになってきている。将来の負担と受給の水準について、政府や研究者から数字もあがってきている。まだ、税制や他の社会保障との関係など、不透明な部分も多いが、これから議論が煮詰まっていくにつれて、そうした部分もクリアになってくるだろう。
その結果、自分たちの老後をイメージできるようになり、私たち一人一人が覚悟を決めて、高齢化時代に備えて動き出す時期が来るはずだ。その動きは、一気に加速することはないかもしれないが、景気を押し上げる助けにはなるだろう。
土台作りの年に
2004年の日本経済は、前年から引き続いて、不透明感の後退にともなう景気回復の流れに乗っていくことになるが、大きな問題が本質的には解消されていない以上、景気回復が力強さを欠くのも仕方のないところだ。突発的な事態や外的な要因で失速してしまう可能性もある。
とはいえ、今の景気回復が、深刻な問題から目をそらしてのものではなく、現実を直視したうえでのものであることは前向きに評価できる。景気が良くなれば、金融システムの脆弱性や高齢化の問題に対して、解決に向けて動きやすくなるという側面もある。今の景気回復の流れを育てていくことは、構造的な問題を直視し、解消していくための環境整備にもつながるわけだ。
テロの問題にしろ脆弱な金融システムや高齢化の問題にしろ、本質的な解決には相当長い時間を要するだろう。2004年という年が、それに向けての土台作り、さらには出発点となることを期待したい。
関連レポート
■これからの景気回復−モザイク型景気拡大の時代へ−
(読売ADリポートojo 2004年12月号掲載)
■2004年の世界潮流
(The World Compass 2003年12月-2004年1月号掲載)
■不良債権の悪循環−求められる新しい金融ビジネスの構築−
(読売ADリポートojo2003年7-8月号掲載)
■「不安」の時代−目指すべきはリスクに立ち向かえる社会−
(読売ADリポートojo2003年5月号掲載)
■新時代の金融システム−「良い構造改革」の先に飛躍の可能性−
(読売ADリポートojo2001年11月号掲載)
■今求められる構造改革とは
(The World Compass 2001年10月号掲載)
■リスクと金融システム−日本型金融システムの限界−
(読売ADリポートojo2001年10月号掲載)
■不良債権問題をどう考えるか−本質はリスク処理システムの再構築−
(読売ADリポートojo2001年8月号掲載)
■小泉改革への期待−良い構造改革、悪い構造改革−
(読売ADリポートojo2001年7月号掲載)
■高齢化時代の日本経済
(The World Compass 2001年5月号掲載)
■高齢化時代への備え方−決め手は将来を見据えたインフラ整備−
(読売ADリポートojo 2000年11月号掲載)
|