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読売ADリポートojo 2001年8月号掲載
「経済を読み解く」第17回
不良債権問題をどう考えるか−本質はリスク処理システムの再構築−

 前回、小泉政権の構造改革を取り上げたが、その主要課題となっている「不良債権問題」に関しては詳しくは触れられなかった。そこで今回は、その問題に焦点を絞って考えてみたい。


問題が顕在化した97年の金融危機

 バブル崩壊以来、不良債権問題の深刻さは、専門家の間では早くから指摘されてきたが、その脅威が顕在化し、一般の人々にも認識されたのは、97年後半からの金融危機の時期だ。
 この時期、巨額の不良債権を抱えた銀行は、財務体質の改善を義務付けられ、貸し出しを抑制せざるを得なくなった。いわゆる「貸し渋り」だ。その結果、多くの企業が資金繰りに苦しむことになった。金融機関もその例外ではなく北海道拓殖銀行や山一証券といった大手金融機関までが倒産に追い込まれた。そして、それを契機に起こった預金引き出し騒ぎと、資金の逼迫を恐れた金融機関の急速な貸し出し圧縮は、経済をきわめて危険な状態に追いやった。この時点では、金融システムの崩壊、貨幣価値の失墜といった事態さえ予想されたのである。
 そうした最悪の事態は、政府のペイオフ凍結宣言で辛うじて回避された。その後、99年に銀行への本格的な公的資金注入が実施されたことで、金融システムは小康状態となり、景気は回復プロセスに入った。しかし、2000年後半には、景気は再び失速した。そして金融危機の生々しい記憶は、「銀行の不良債権が経済再建を阻む最大の障害であり、その処理が不況脱出への第一歩だ」という認識を生み出した。


不良債権処理だけでは問題は解決しない

 確かに、不良債権の問題が、今の日本経済にとって深刻な弱点であることは間違いない。97、98年に最悪の事態を回避するためには、不良債権を抱えた銀行の体力を回復させることが唯一の方策だったことも確かだ。
 しかし、本格的な回復に向かうためとなると、不良債権処理が早道になるとは限らない。不良債権の処理が不況を深刻化させ、処理のプロセス自体が途中で行き詰まるだろうということもあるが、問題はそれだけではない。
 まず、不良債権を処理しただけでは、銀行に、貸し出しを拡大する体力は戻らない。体力を回復するには、不良債権を処理したうえで、公的資金の再注入によって自己資本を増強するしかない。しかも、それでもなお、銀行は貸し出しを活発化できる状況になるとは限らない。現在の銀行は、その性格上、企業部門の活動を支えるだけのリスクを取れないのである。
 かつては、すべての銀行が実質的に一体となって企業活動から生じるリスクを吸収する仕組みが整っていた。戦後の復興から高度成長を支えた、いわゆる「護送船団方式」だ。しかし、その枠組みは、バブル崩壊とともに機能を停止し、それぞれの銀行が、個別にリスクを処理しなければならなくなった。元本保証の「預金」の形で資金をプールし、それをベースに決済システムの中核を担う銀行には、経営の安定が要求される。その制約があるために、今の銀行は、たとえ不良債権から解放されても、護送船団の時代のようには、リスクを吸収できなくなっているのである。


経済再建のカギは新しい金融の枠組みの構築

 では、どうするか。一つには、護送船団方式を復活させることが考えられる。しかし、その実態は、金利規制や参入規制による実質的なカルテルである。競争のない環境で、銀行の経営は安定したものの、そのビジネスは非効率化し、サービスを提供する能力、新しい企業を育てる能力は劣化してしまった。だからこそ、金融ビッグバンの合言葉のもと、銀行業界にも競争原理が導入されようとしているわけだ。護送船団方式の復活は、その流れと完全に逆行するものであり、決して望ましい方策とは言えない。
 となると、考えられるのは、企業の活動から生じるリスクを処理する仕組みを、銀行業とは別の産業として、新たに創出することだ。それは、従来の銀行のような、リスクを吸収する産業ではなく、貸し出しや出資によって企業から引き受けたリスクを、一般の人々に吸収させる産業ということになるだろう。ビジネスとしては、貸し出しや出資といった多様な資産を、さまざまに切り分けたり組み合わせた投資ファンドを組成し、株式よりも小口投資が可能で、リスクも小さい金融商品を作り出して、販売していくスタイルが想定される。
 こうした新しい枠組みへの移行には、既存の銀行や証券会社が、事業構造の変更や、別動隊を設ける形で、新たな主役となる投資ファンドを組成していくことが前提になる。その方向へ政策的に誘導するには、そうした投資ファンドに郵貯資金の運用を委託することで、当初段階の事業規模を確保してやることも考えられる。
 日本経済の再建は、不良債権さえ処理すれば大丈夫というほど単純ではないし、それが前提になるわけでもない。カギはあくまでも、企業活動から生じるリスクを処理する新しい仕組みの構築にある。この本質を見失うと、進めるべき構造改革の姿は見えてこないだろう。


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