小泉新政権の成立と前後して、「構造改革」という言葉が世をにぎわしている。しかし、「構造改革」という言葉からは、97年後半からの大不況の原因となった橋本内閣による構造改革の失敗が、どうしても思い出されてしまう。そこで今回は、小泉改革が橋本改革の二の舞いにならないためのポイント、良い構造改革と悪い構造改革の違いについて、改めて整理してみたい。
景気を犠牲にする改革は無理
96年からの橋本改革は、経済の側面では、景気が回復軌道に乗りつつあったことを受けて、課題となっていた財政赤字の削減、金融システムの健全化などを目指したものであった。
しかし、財政赤字の削減のために実施した消費税率や社会保障負担の引き上げは、回復しつつあった消費を一気に冷え込ませた。また、急速な体質改善を義務付けられた銀行は、財務体質強化のために、中小企業や個人商店への融資を減らさざるを得なくなった。いわゆる「貸し渋り」である。その結果、倒産する企業が続出したため、不良債権は減るどころか急増し、金融システムはかえって弱体化してしまった。
景気が上向いていた97年でさえ、「悪い構造改革」はきわめて厳しい不況を招いた。不況下にある今、それと同じようなことをやれば、救い難い状況に陥ることは確実だ。
「悪い構造改革」の最大の問題点は、「景気を犠牲にしても」という姿勢にある。「しばらくは痛みに耐えて」というと威勢良くはあるが、下手な治療では、痛いばかりで体が良くなることはない。拙速な構造改革は、景気の足を引っ張るばかりで、国の財政も金融システムも、さらに体質を悪化させることになるのである。
切り離せない景気回復と構造改革
経済を立て直す手順としては、まず景気を確実に回復軌道に乗せることからスタートするしかない。景気さえ上向けば、税収も増えて財政赤字の拡大にもブレーキを掛けやすくなるし、金融機関の不良債権の拡大も抑えられる。
かといって、景気回復ばかりを目指して、財政支出を垂れ流し、やみくもに銀行を支援するような政策では効果があがらない。それは、ここ十年の経験で既に明らかだ。景気刺激や銀行支援のために財政支出を拡大したり減税を実施したりすれば財政赤字が増え、それはいずれ増税の形で返ってくることが予想される。そのため人々は将来に不安を抱き、消費にしろ投資にしろ、経済活動を委縮させてしまう。
今求められているのは、財政赤字や銀行の不良債権といった、表面的な問題の解消を目指す改革ではなく、現在の景気対策と将来の不安解消を同時に進められる改革である。表面的な問題の解消は、その結果として付いてくるもの、というとらえ方が大切だ。
必要なのは政治・行政プロセスの改革
具体的な政策としては、現在の支出拡大と将来の支出削減をセットにした財政政策があげられる。ただし、単に全体の支出額や赤字額を公約や法制化の形で約束するだけでは、必要な公共サービスの削減にもつながりかねず将来の不安はぬぐえない。あくまでも現在の支出プロジェクトそのものが、将来の支出削減、あるいは収入拡大に直結するものでなくてはならない。
たとえば、将来確実に必要になると考えられるプロジェクトを前倒しで実行することが考えられる。高齢化社会に向けた生活インフラのバリアフリー化や、IT革命の本格化をにらんだ情報通信インフラの強化などは将来間違いなく必要になる。それを今からやっておくことは、将来の支出拡大を防ぐことになる。
また、民間企業が現状の体力不足と将来への不安感から踏み切れないでいる事業を、民間への売却を前提に、国営事業として立ち上げることも考えられる。郵貯資金をベースにしたベンチャー投資事業や介護事業などが候補になるだろう。いずれにしても、きっちりした事業性の把握と、将来の日本の生活環境、ビジネス環境を改善できるプロジェクトであることが必要だ。
しかし、従来の財政ルールに縛られていたのでは、こうした有効な財政拡大はできない。官僚機構に組み込まれた暗黙のルールも含めて、既存の財政政策を決めている政治プロセス、行政プロセスの大幅な改革が大前提となる。
突き詰めると、経済再建のための構造改革とは、表面的な財政赤字や不良債権の問題に直接対処するものではなく、政治改革や行政改革、それも単なる省庁再編や公務員数削減といった見かけだけの改革ではなく、政治・行政のプロセスそのものの改革なのである。
そういった視点で小泉内閣の政策の中身をみていくと、発足当初は財政赤字削減や、森内閣時代の経済対策を引き継いだ不良債権処理など、典型的な「悪い構造改革」の様相を呈していた。しかし徐々に、特定財源や地方交付税制度の見直しなど、従来の政治プロセスに正面から挑みかかる政策も打ち出されてきている。この路線こそが「良い構造改革」につながるものだ。今後の展開を、期待を持って見守っていきたい。
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English Version
■Hopes to Koizumi Cabinet's Structural Reforms
−Good Reforms and Bad Reforms−
(訳:ラシッドギル・シェイラ)
本稿を英訳していただく機会がありましたので、アップしました。
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