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読売ADリポートojo 2001年11月号掲載
「経済を読み解く」第20回
新時代の金融システム−「良い構造改革」の先に飛躍の可能性−

 前回は、日本型金融システムの限界と、私たち一人一人が相応のリスクと責任を取れるような、新しい金融システムの必要性について述べた。今回は、その新しい金融システムについて、もう少し具体的に考えてみよう。


ファンドが主役のシステムへ

 個人にリスクを取らせるという意味で、税制面での優遇措置などによって、リスクの小さい預金商品から、リスクの大きい社債や株式への資金シフトを促そうという考え方も広まってきている。しかし、それだけでは十分ではない。個人の潜在的なリスク許容力をフルに顕在化させるには、リスクの大きさや性格を異にする金融商品を多彩に品ぞろえすることが必要だ。
 その中心となることが期待されるのが、投資信託や年金ファンドなど、株式よりも小口投資が可能でリスクの小さいファンド性の金融商品だ。株式中心と言われることの多いアメリカの金融システムにおいても、人々の金融資産の構成をみると、ファンド性の金融商品が中核であることが分かる(下図参照)。

家計の金融資産構造の日米比較(単位:%)

 ファンド性の金融商品と、その基盤となる投資ファンドの成長は、規制緩和を受けて競争が激化する金融ビジネスにおいて、各金融機関が顧客の確保と収益性の向上を目指す動きを原動力として進むものと考えられる。99年に始まった銀行の投信販売はその端緒であり、2002年に予定されるペイオフ凍結解除も、ファンド性商品への移行の追い風となるだろう。
 一つ付け加えておくと、その過程では、不良債権の問題が大きな阻害要因となることはないし、その解消が加速要因になるわけでもない。


変容する金融ビジネス

 ファンド主体の金融システムでは、金融ビジネスの事業領域は大きく広がる。ファンドの組成、運営はもちろん、既存企業の財務・経営サポート、投資を前提とした有望企業の発掘と育成、そして、多様化する金融商品をコーディネートして個人に販売するリテール分野。
 これらの事業領域では、既存の金融機関のみならず、企業サポートではコンサルティング・ファームやベンチャー・キャピタル、総合商社、リテール分野では新設のネット企業などもライバルとなる。もちろん、外資系金融機関との競合も想定される。そして、こうした競合が、金融ビジネスの進化を促すことになる。
 その過程では、郵便貯金をどうするかが、重大な問題になる。ペイオフ凍結解除によって銀行預金にもリスクが生じることを前提にすると、最もリスクが小さく流動性が高い金融商品の提供主体としての郵貯は、国民にとって、これまで以上に重要な存在となる。解体・民営化を望ましいとする議論もあるが、国の補償によるリスクフリーの預金性商品を提供させる一方で、新たに設立されるファンドに資金を供給し、その立ち上がりをサポートさせるということも考えられるだろう。


期待されるメリット

 ファンド性の商品が充実してくれば、個人が適度なリスクを取ることができるようになり、長期的には高い投資収益を期待できる。
 また、投資ファンドの成長は、全般的な企業価値の向上につながる。アメリカでファンドへの資金移動が顕著に進んだのは80年代以降のことだが、それは「株式の死」とまでいわれた70年代の株価低迷を脱却する要因となった。
 ファンドは大株主として企業の経営を厳しく監視し、企業価値の向上を追求する。零細な個人株主の場合と違って、単なる監視ではなく、役員の人選や経営戦略の選定、さらには経営者の交代など、直接的に経営を左右することもできる。それが企業経営に緊張感を与え、企業活動の効率化、企業価値の向上が実現された。加えて、M&Aによって企業価値の最大化を目指す動きもファンドが基点になることで活発化した。これらの流れが、90年代の全般的な株価上昇をもたらしたのである。日本でも、同様の効果は十分期待できる。
 また、4月号で取り上げたSRI(Social Responsibility Investment=社会的責任投資)に基づいたファンドの成長は、単に効率性や収益性だけでなく、社会に対する企業の貢献度を総合的に向上させることにもつながる。


前提は景気と株価の底入れ

 ファンド主体の金融システムへの移行にどれだけメリットがあっても、また金融機関がどれだけそれを志向しても、株式市場が低迷を続けている現在のような状況では、預金からファンドへの資金移動が進むとは考えにくい。新しい金融システムへの移行には、景気と株価の回復が前提となる。
 今の日本の景気を回復させるためには、7月号で述べた「良い構造改革」を確実に進めていくほかにないが、その先には、新しい金融システムへの移行による、さらなる飛躍の可能性が広がっているのである。


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