評判の悪い株取引
前回、株価の決まり方の危うさや、バブルの必然性といった、株式市場のネガティブな側面について書いたが、今回は、株式市場の役割について考えてみたい。
とはいっても、株取引は、世の中一般には、良い印象は持たれていない。損を覚悟でお金をかけて、大きなもうけを狙う。株取引は、競馬やパチンコと同様、ギャンブルとしての性格を持っている。たまたまもうかったというのならともかく、世の中の役に立っているわけでもないのに、それで稼いで暮らしていくというのはいかがなものか、と思われてしまうわけだ。
役に立たないだけならまだしも、株式市場を舞台にしたマネーゲームは、時として、企業を乗っ取って解体したり、株価の暴落を誘って企業を倒産に追い込んだりと、額に汗して働く人を苦しめたりもする。株取引に対する世間のウケが悪いのも仕方のないところだ。
しかし、犠牲になる企業の方も、必ずしも善玉だとばかりはいえない。企業は、「人々が働く場」というだけでなく、金もうけを追求する独立した経済主体という側面も持っている。そちらにスポットをあてると、企業、とくに大企業の方も、金もうけのためには手段を選ばない悪役のイメージになる。政治家や官僚を抱き込んでの不正、消費者をだます、零細企業への圧力、環境破壊。あえて名指すまでもなく、「悪い企業」は掃いて捨てるほど存在する。
もしも、株式市場が、そういう悪い企業をやっつける舞台になるとしたらどうだろう。株取引や株式市場のイメージも、そう悪いものではなくなるのではないだろうか。実は、そうした動きは、既にはじまっている。
SRIファンドの成長
通常、株式市場でやっつけられるのは、「悪い企業」ではなく「ダメな企業」である。経営がまずくて十分な利益をあげられないダメな企業は、株主に嫌われ株を売られる。その結果、株価が下がると、乗っ取りのターゲットにされる。乗っ取られた企業は、バラバラにされて売り飛ばされたり、社長や役員をクビにして経営を刷新し、再建を目指すことになる。
株式投資が一般に浸透している欧米では、それと同じやり方で、社会に害を与えたり不正を行ったりする本来の意味での「悪い企業」をやっつけようという動きが急速に広まっている。投資信託や年金などの投資ファンドによる「SRI(Social Responsibility Investment=社会的責任投資)」と呼ばれる投資活動である。
SRIに基づく投資ファンドは、社会的、倫理的な規範に基づき、環境保護や地域の発展に貢献する企業、社会的弱者の支援に熱心な企業など、「善い企業」に積極的に投資する一方で、「悪い企業」には投資しない、さらには一歩進んで、株主総会などの機会に経営方針の転換を迫るというような活動を行っている。
投資しないというだけでは、あまりインパクトがないように思われるかもしれない。しかし、現在の株式市場は、前回述べたように、人気投票の性格を持っている。SRIファンドがそれなりの資金量に達すれば、その行動は、マネーゲームを展開する他の投資家の行動にも大きな影響を及ぼす。SRIファンドが投資しないというだけで、その企業の株価には、大きなマイナス要因になり得るのである。
先行するアメリカでは、SRIに基づく投資ファンドの残高は既に1兆ドル以上、一説には2兆ドルに迫り株式時価総額の1割を超えたともいわれている。その影響力は相当なものといえるだろう。
株式市場が人々の善意をパワーに変える
SRIが成長を続けているのには、二つの理由がある。第一は、SRIは収益性の高い投資手法であるという理由だ。悪い企業は、人々に嫌われ、商品やサービスは受け入れられなくなるし、優秀な人材を集めることも難しくなる。社会的な問題を引き起こして巨額のコストが発生する可能性も高い。長期的には、そうした企業を避けた投資ファンドの方が、そうでないファンドよりも高い収益性を確保できる。そのことは、アメリカの投資ファンドの実績からも裏付けられている。
第二の理由は、一般の人々が、自分たちの意思を、大企業の経営に反映させたいという願いが大きいことだ。一人一人の力は小さくても、SRIファンドという形で結集され、株式市場という舞台を得れば、それも夢ではない。
株式市場は、人々の善意を集約し、それを増幅するパワープラントにもなり得る。これは、今の日本の状況では、それこそ夢物語と思われるかもしれない。しかし、日本でも、99年、環境対策に力を入れる企業に限定して投資する「エコファンド」がいくつも登場し、既に2,000億円の資金を集めている。銀行を中心とした企業間の株式持ち合いが崩れ、投資ファンドの市場が整備されれば、夢が夢のままに終わらない可能性は十分ある。
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