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読売ADリポートojo 2001年3月号掲載
「経済を読み解く」第12回
読めない株式市場−現代経済のアキレス腱−

はずれた予測

 昨年暮れのことになるが、ある経済専門誌で、エコノミスト何十人かで新年の経済を予測するという企画に参加した。これが失敗であった。予測のなかに「1月から3月までの株価」という項目があったのだが、これを思いっきり外してしまったのである。
 回答期限の12月18日時点では、株価(日経平均)は1万4,484円。私は1月から3月までの株価を高値1万6,000円、安値1万4,000円と回答した。ところが、回答したわずか2日後、株価は急落して1万4,000円を割り、その翌日には1万3,000円台前半まで落ち込んだ。スタートよりも前に、はずれてしまったわけだ。私は頭を抱え込んでしまった。
 しかし、年明けに発行された掲載誌をみると、多くのエコノミストが同じようなはずし方をしていた。私としては一安心というところだったのだが、実は、純粋に経済の実態をウォッチするタイプのエコノミストにとっては、株価の予測は難しいのである。


株式市場とアイドルの人気投票

 株式市場の本質をあらわすのに、美人投票になぞらえた例え話がある。今日では、美人投票では例え話としても不適切なので、ここでは新人アイドルの人気投票ということにしよう。
 その年にデビューした何人かのアイドル歌手を対象に、人気投票を行うが、この投票では、トップになったアイドルに投票した人に賞品が出ることになっている。そのため、この投票には、アイドルのファンだけでなく、賞品目当ての人々もたくさん参加している。こんな状況を想定しよう。
 このとき、特定のアイドルを応援する純粋なファンであれば、当然、そのアイドルに投票する。しかし、賞品目当ての投票者は、必ずしも自分が最も好ましいと思うアイドルには投票しない。彼らは、どのアイドルが投票でトップになりそうかを考えて投票する。言い換えると、彼らは、自分の好みではなく、「だれもが好みそうなアイドル」に投票するのである。さらに、賞品目当ての投票者がたくさん参加していることが明らかになると、彼らは、お互いの出方を予想しあって投票することになる。
 また、この投票が何年かにわたって続けられると、投票結果の傾向がはっきりしてきて、多くの人がそれを参考に投票するようになる。
 こうなると、この投票結果と、それぞれのアイドルのその後の人気や活躍とは、あまり関係がなくなってしまう。極端な場合には、だれも好感を持たないようなアイドルが投票ではトップになるケースさえ考えられる。


避け難い「バブル」

 現代の株式市場は、この人気投票と同じ構造になっている。株価を評価するためには、どうしても、その企業や経済全体の将来予測が必要になる。それらが変動するリスクを人々がどう評価するかというような不確定要素(いわゆるリスクプレミアム)もある。株価を判断する唯一絶対のモノサシは存在し得ないのである。
 そのため、株価は人気投票で決まる構造となり、市場で売り買いに参加する人々が、お互いの行動を予想しあったり、過去の傾向に頼ったりする結果、経済の実態からは考えられない株価が現実に成立するケースも起こり得る。実体経済の分析を専門にするエコノミストの株価予測も、市場参加者に特有の感覚や考え方を織り込まなければ当たらないのである。
 逆に、たとえ誤った、あるいは根拠のない情報に基づく予測でも、だれもが信じれば、市場はその方向へ動く。そうなると、その情報の信ぴょう性が高まり、動きはさらに加速する。その循環が繰り返され、長期にわたって市場が一方向に突き進んでいくケースもある。それが「バブル」だ。これを防ぐことは難しい。バブルとは、現代の株式市場が本質的に抱える問題ということもできる。


経済のアキレス腱

 株式市場が、ただの人気投票やばくち場であれば、バブルが膨らもうがはじけようが、さしたる問題ではない。ところが、株価の動向は、企業や経済に、きわめて大きな影響を及ぼす。
 90年代の日本経済が「失われた10年」と呼ばれるほどの不振に陥ったのも、経済の不振を反映した株価の低迷が、経済を一層落ち込ませるという悪循環が生じていたためである。
 逆に、90年代後半のアメリカでは、株価の急上昇が消費や投資の拡大をもたらした。株式市場は、良い方向へも悪い方向へも、経済の変動を加速させる働きを持っているのである。そうした大きな影響力を持つ株式市場が人気投票と同じ構造だというのは、現代の資本主義のアキレス腱といえるだろう。
 とはいえ株式市場は、現代の経済になくてはならない存在であり、ただ単に排除してしまえるものではない。次回は、株式市場が果たしている役割について考えてみよう。


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