Works
読売ADリポートojo 2001年2月号掲載
連載「経済を読み解く」第11回
経済発展と自然環境−二者択一からの脱却−

 「生活が不便になっても環境を守るべきか?」
 読売新聞が昨年12月に実施した世論調査の設問の一つである。全体では、Yesと答えた人は77.4%。環境を重視する人が圧倒的に多いのは、まず予想通りの結果だ。
 ただ、これを年齢層別にみていくと、いささか気になる結果が出ている。21世紀の社会を背負っていく20代に限ると、Yesと答えた割合は70.6%。これも高い値には違いないが、上の世代に比べると明らかに低い。これはどういうことだろうか。

生活が不便になっても環境を守るべきか?
  • 設問「あなたは、今の生活がある程度不便になったり、快適でなくなるとしても、自然や地球環境の保護に力を入れていくべきだと思いますか、そうは思いませんか」に対する回答状況
  • 読売新聞社「21世紀の日本」に関する世論調査から


チェルノブイリを知らない世代

 第一に考えられるのは、若い世代は刹那的で、その時々の快楽を求めがちだという理由だ。若者のほうが刹那的だというのは、程度の差はあっても、いつの時代にもあてはまるだろう。そのあたりの性格は、家庭を持ち、子供を持つことで、大きく変わる。前述の世論調査でも、30代になると、Yesと答えた人の割合は、上の世代とほとんど同じになっている。
 また、育った時代背景の影響ということも考えられる。30代より上の世代だと、高度成長期の末に水俣病やイタイイタイ病など日本各地で発生した公害病や、79年の米国スリーマイル島、86年のソ連チェルノブイリの大規模な原発事故といったきわめて生々しい記憶を持っている。今の20代にはそれがない。
 今あげたなかで最も近年の出来事はチェルノブイリの事故であるが、それでさえ今から15年前のことだ。今の20代は当時5歳から14歳。鮮明な記憶は残っていないだろう。公害病に苦しむ人々の姿に接したり、事故の起きた原発から飛び散った放射性物質が自身の健康をむしばみかねない状況を体験した世代とは、環境問題への認識が違っていても不思議ではない。


二者択一への疑問

 さて、これらの仮説、それなりに冒頭の調査結果の理由といえそうだが、実はそれだけでは説明しにくい点がある。というのは、20代で、冒頭の設問に対してNoと答えた人の割合は、上の世代とほとんど同じ。多いのは「どちらともいえない」という人なのである。刹那的だとか環境問題への認識が薄いだけであれば、Noと答える人が多そうなものだ。
 そこで思いつくのは、「環境か便利さか」という二者択一的な設問自体に違和感があるのではないかという仮説である。
 前にあげたショッキングな環境破壊の災禍は、いずれの場合も、急速な経済発展の負の側面と受け止められた。そのため、私たちは漠然と、経済成長を採るか自然環境を採るか、という二者択一的な考え方をしてしまいがちだ。
 しかし、近年の経済や技術の動向をみると、経済と自然環境との関係は、単なる二者択一ではなくなっているように思える。チェルノブイリを知らない世代は、二者択一的な議論の洗礼を受けていないため、そうした変化を素直に感じ取っているのではないだろうか。


環境問題と経済の変質

 では、二者択一ではなくなってきたというのは、どういうことか。
 まず、経済成長が、以前ほどには環境破壊に結び付かなくなってきた。かつては、経済の成長とは、商品やエネルギーの消費量の増加を意味していた。しかし、現在の先進国では、そうした物財に対する需要は頭打ちで、経済成長の主力はサービスや情報へ移っている。サービスや情報の生産においては、物財の生産に比べて、環境への悪影響を抑えやすい。
 また、科学技術の面でも、環境破壊の問題が深刻な形で顕在化してからは、環境保護を意識した展開が目立ってきた。速く走る車よりも燃費が良く排気ガスの少ない車。大規模な発電所よりも廃熱や太陽光、地熱、風力などを使った分散型の発電設備等々。
 さらに、環境破壊の元凶と見なされてきた大企業の姿勢も変わってきた。消費者優位の時代にあっては、悪役のイメージを残していては成功はおぼつかない。加えて近年では、消費者だけでなく株主や投資家のチェックも厳しくなった。そうした変化を受けて、企業も環境問題を軽視できなくなったのである。
 これは何も、企業が善意に目覚めたなどという話ではない。あくまでも利益の追求と生き残りのための方針転換である。これは、いってみれば、環境問題に対して資本主義の自浄作用が働きはじめたということでもある。
 もちろん、だからといって、これで環境問題は心配ないということではない。地球温暖化やオゾンホール、酸性雨、核廃棄物処理等々、課題はきわめて重い。ただ、それらの問題を克服するには、いたずらに経済成長や企業活動を否定するのではなく、むしろ、それらの力を利用し得る時代になってきたということだ。
 これは、はじめに紹介した世論調査の結果の説明としては、いささか希望的過ぎるかもしれない。ただ、筆者としては、今は、その希望を育てることを考えていきたいと思っている。


関連レポート

■技術進歩と経済発展−技術に寛容な時代へ−
 (環境文明21会報 2014年8月号掲載)
■「CO2排出25%削減」達成のシナリオ−「低炭素化」で経済・産業を活性化させるために−
 (三井物産戦略研究所WEBレポート 2009年12月15日アップ)
■気候変動問題と「低炭素化」の潮流
 (読売isペリジー 2009年10月発行号掲載)
■低炭素化のリアリティ−資源と環境、二つの難題への共通解−
 (The World Compass 2008年9月号掲載)
■変質した環境問題−企業の力をどう活用するかが焦点に−
 (読売ADリポートojo 2004年10月号掲載)
■株式市場の未来の役割−SRIの成長で社会貢献の舞台にも−
 (読売ADリポートojo 2001年4月号掲載)


「経済を読み解く」バックナンバー一覧

Works総リスト
<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003