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読売ADリポートojo 2007年10月号掲載
連載「経済を読み解く」第81回
サブプライム問題をどう見るか−証券化ビジネスの光と影−

 お盆休みを間近に控えた8月9日、世界の金融市場が大きく動揺した。その後、事態は一応沈静化したが、不安定な状況は続いている。この混乱の構図をめぐっては、さまざまな議論が提起されている。そこで今回は、この問題について考えてみたい。


ショックの展開

 まずは、今回の混乱の経緯を整理しておこう。混乱の原因は、かねてより懸念されていた米国の住宅価格の停滞の結果として、「サブプライムローン(信用度の低い個人向けの住宅ローン債権)」の不良債権化が進行したことにある。この問題は2006年後半あたりから指摘されてきたが、07年7月には、大手格付け会社が、サブプライムローンを証券化した金融商品とそれを組み入れたファンドの格付けを引き下げたことと、それを購入していた金融機関が損害を公表しはじめたことで、一気に注目を集めることになった。
 そして8月9日、フランスの大手金融機関であるBNPパリバの傘下の三つのファンドが、「サブプライムローンの資産価値を適正に評価できなくなったため」との理由で、応募と償還を一時凍結した。その影響で、金融機関や投資会社全般に対する信用不安が高まり、欧州の短期金融市場で資金の出し手が不足する信用収縮が生じた。それを受けて、リスクを回避しようとする動きが多くの投資家に広がったことで欧州各国、米国、日本と、大幅な株価の下落が連鎖していった。とくに日本では、15日以降、円高が急速に進んだことで、株価の下落も一段と加速した。15日から17日までの3日間で、日経平均株価は9.3%下落した。
 世界の金融市場がこうした混乱をきたすなか、各国の金融当局は、次々と対応策を打ち出していった。まず、混乱の初日となった9日から、ECB(欧州中央銀行)をはじめ、FRB(米国連邦準備制度理事会)、日銀など各国の中央銀行が総額で40兆円を超える巨額の資金を短期市場に供給していった。また17日にはFRBが公定歩合を0.5%引き下げ、23日には日銀、9月6日にはECBが利上げを見送った。
 その後も、米国の住宅ローン事業を手掛ける企業の破綻や経営不振、さらには各国の金融機関、ファンドのサブプライム関連の損失が相次いで公表されている。世界の株式市場は、一連の政策対応が功を奏して、一方的に下落する局面は抜け出したものの、依然として不安定な状態が続いている。


証券化の功罪

 サブプライムローンの不良債権化にともなう損害額については、総額で500億ドルから1,000億ドル程度との見方が主流となっている(下注参照)。その額は、決して小さなものではないが、米国のGDPや株式時価総額の1%程度に過ぎず、米国経済にとって決定的な痛手となる規模ではない。
 それにもかかわらず、世界中の金融市場で大きな混乱が生じたのは、サブプライムローンが証券化され、無数のファンドや金融機関に販売されていることで、その焦げ付きのリスクを誰がどれだけ負っているのか、まったく不透明であることが広く認識されたためであった。誰がリスクを負っているかが見えない状況で、金融取引と株式の需要が全面的に後退したのである。
 そうした状況をとらえて、住宅ローンをはじめとする各種の資産を証券化し、それを流通させることに対する危惧、反発の声も高まった。しかし、サブプライムローンというリスクの大きい資産を証券化し販売することは、そのリスクを国外の金融機関や投資家も含めた無数の経済主体に分散させる効果も持っている。それによって、リスクが顕在化した際に、その損失が経済の枢要な一部に集中し経済全体を混乱させる可能性が大幅に低下しているのである。
 それと対照的だったのが、1990年代の日本のバブル崩壊だ。当時の日本では、不動産価格の下落にともなう巨額の損失の大部分が銀行セクターに集中したことで、金融システムの機能不全と、長期にわたる経済の不振を招いてしまった。その経験を踏まえてみれば、サブプライムローンを証券化することでリスクを分散していることの意義の大きさは、おのずと明らかだろう。言ってみれば、サブプライムローンの証券化は、ミクロレベルでの不安感を増大させる一方で、マクロレベルでは経済全体の安定に寄与する働きがあったということだ。

(注)本稿入稿後、サブプライムローンの不良債権化にともなう損害額を最大2,000億ドルとするIMFの試算が発表された。これは、従来の見込みを大幅に上回る水準であるが、ここで述べている、米国経済にとって決定的な痛手ではないとの評価に変わりはない。


新たな事業を生み出す仕組み

 これまでのサブプライムローンの扱いに関しては、ローンの条件や審査の基準設定、証券化した商品の格付けや投資家への説明の仕方等、実地での運営やそれを規制するレベルで多くの問題点があったことは間違いない。しかし、サブプライムローンとその証券化の仕組みは、利益を前提としたビジネスの枠組みのなかで、貧しい人々にも住宅を取得する機会を提供しようというものである。移民を中心とする数多くの貧困世帯を抱える米国の社会にとって、きわめて意義の大きい事業だと言えるだろう。
 今後、事態が安定すれば、単純にサブプライムローンや証券化の仕組みをすべて否定するのではなく、新たな制度設計によって、サブプライムの市場を立て直そうという動きが活発化することが予想される。
 米国においては、新しい事業や制度を導入する際には、まず実施してみて、問題が生じればそれを修正していくというプロセスが基本となっている。それは、米国が豊かさを実現し、社会を活性化させてきた仕組みの基本でもある。今回のサブプライムローンをめぐる混乱が、これまで幾度も繰り返されてきた、そのプロセスと同様の展開をたどることになるのかどうか。それは、米国社会の今後を見通すうえで、大きな焦点となるだろう。


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