米国経済は短期的にはソフトランディングの可能性が高い
米国経済は、前年の大型減税とによって加速した勢いを保って04年のスタートを切った。春先には、遅れが指摘されていた雇用の回復にも弾みがつき、いわゆる「ジョブレス・リカバリー」の状態を脱却したものと見なされていた。それを受けて、FRBは極端な景気刺激態勢にあった金融政策を平時の態勢に戻す方向に舵を切り、政策金利であるFFレートの誘導目標水準を徐々に引き上げる政策に転じた。
ところが、年半ばあたりから回復の鈍化をうかがわせる指標が目立ちはじめた。4-6月期の実質成長率は、設備投資の伸びは加速したものの、個人消費が停滞した影響が大きく、全体では2.8%とほぼ潜在成長率並みの水準に減速した。雇用の拡大ペースも6月以降は再び鈍化しつつあるし、住宅着工も引き続き高水準を維持してはいるものの、減少傾向が少しずつ鮮明になりはじめている。加えて株価も頭打ちの状況で、ダウ平均は、年央には一時1万ドルを割る局面も経験した。その後も1万ドルを超えたあたりでほぼ横ばいの推移となっている。
こうしたやや停滞した現状は、前年の大型減税の効果が剥落したことと、年初の高成長の反動、さらには原油価格の高騰や金融政策の転換の影響といった理由で説明できる。問題は、この状況が、一時の急回復から巡航速度へソフトランディングするプロセスで生じたものなのか、それとも再び失速する兆しなのか、ということだ。
状況はきわめて微妙ではあるが、ここまでの減速の程度であれば、企業収益が好調を維持していることもあり、基本的には経済政策のコントロールの範囲内に収まっていると考えられる。現状程度の落ち込みであれば利上げのタイミングを遅らせる程度で下支えは可能であり、現状は成長率3%程度の巡航速度に向けたソフトランディングの局面と判断できるだろう。
もちろん、それには経済政策、とくにFRBの金融政策が的確に行われることが前提となる。FFレートは6月30日と8月10日にそれぞれ0.25%引き上げられたが、それでもまだその水準は1.50%とインフレ率を下回る水準にとどまっている。今後の展開としては、景気やインフレ、原油価格などの動向をにらみつつも、3%前後まで引き上げていくというのがメインシナリオだ。問題はそのペースとタイミングである。それを誤ると、ソフトランディングのシナリオは崩れ、景気は失速することになる。グリーンスパンFRB議長の“神話”が再び試されることになるわけだが、過去の実績から言って、それを大きな不安材料とするにはあたらないだろう。
金融政策の面で懸念されるのは、原油価格がさらに上昇するケースだ。原油価格は、すでに経済環境要因、すなわち全体的な需要拡大だけでは説明できないレベルまで上昇してきているが、それがさらに上昇する場合には、市場に迫られる形で利上げを早めざるを得なくなるなど、機動的な金融政策を行えなくなる可能性がある。そこに住宅価格の急激な落ち込みといったネガティブな要素が重なるようなことにでもなれば、景気の鈍化は政策でコントロールできる範囲を超える可能性もなくはない。ただ、それには複数のネガティブな要因が重なることが前提であり、そうしたシナリオが実現する可能性は限られていると見てよいだろう。
貧困層の存在は米国経済のダイナミズムの源泉でもある
米国経済がソフトランディングに向かうと判断している理由の一つは、米国が、欧州諸国や日本にはない経済のダイナミズムの源泉を有していることである。それは、総人口の12.5%、約3,600万人にも達する貧困層の存在である。
米国では、市民としての最低限の生活を衣食住などの各分野ごとに細かくモデル化し、それを実現できる年収レベルを毎年、世帯構成別に測定している。03年の例で言えば、65歳以下の単身者で約1万ドル、子供2人の4人家族で1万9千ドル、子供6人の8人家族で3万ドル等となっている。そして、世帯の年収がそれを下回る層を「貧困」と定義し、その総数をはじめ、地域別、人種別などの統計データを公表している。貧困に関してここまで詳細な統計を整備しているのは米国だけだ。そのことからも、米国の貧困の問題が他の先進国に比べてはるかに深刻であることがわかるだろう。
米国に貧困の問題が根深く残っている背景には、「移民国家」としての成り立ちが深く関わっている。米国は建国以来「新世界」であり続け、世界中から多くの貧しい人々が、豊かな暮らしの夢を抱いて流れ込んできている。02年までの10年間に米国が受け入れた移民の数は800万人を超える。02年の総人口を3%押し上げた計算だ。もちろん、そのすべてが貧困層ということではないが、その一方で、統計外の不法移民が年間30万人から50万人も流入し、不法滞在者の総数は800万人から1,400万人と推計されている。こちらの方は、大部分が貧しい人々だと考えられる。
いずれにしても、経済の発展にともなって貧困の状態を抜け出す人がいる一方で、貧しい国からの移民の流入があるため、貧困者はなかなか減らない。それは、米国の建国以来の基本的な構造だ。貧困は、人道的に、また治安の悪さや都市のスラム化の原因として、駆逐されるべき問題であることは間違いない。しかし、そこから這い上がろうとする人々の活力は、常に米国経済のダイナミズムの源泉となってきたという側面もある。
貧困層は、低廉な労働力として企業セクターの選択肢を増やし、ビジネスモデルの多様化を支えた。また、経済が成長し、人々の生活水準が向上しても、次々に貧しい移民が流入してくることで消費市場の成熟化は回避され、彼らの旺盛な需要が経済を活性化させてきた。日本や欧州では既に過去のものとなった「作れば売れる」市場が米国には残っているのである。
たとえば近年でも、00年の調整局面において米国経済が深刻な不況に陥らずにすんだのは、耐久財消費や住宅投資を中心とする家計セクターの旺盛な需要の貢献が大きかった。それには、90年代の好調期に仕事を得て貧困状態を抜け出した人々を中心に、満たされていない切実なニーズが相当程度残されていたことが背景となっていた。貧困層は、その予備軍と位置付けられる。貧困層やそこを抜け出したばかりの人々は、さまざまな商品や住宅に対して、株価が下がったくらいでは抑えられない切実な欲求を抱えている。その欲求は、金利の低下や減税によって容易に現実の需要として顕在化する。そうした潜在的な需要を保持していることは、米国経済が深刻な需要不足の局面に陥らない大きな要因となっている。
貧困層の欲求をエネルギーとするメカニズムは、米国民が意図したものではないにせよ、経済のダイナミズムを維持することに貢献してきた。その構造は、経済の成熟化にともなうダイナミズムの喪失に悩む日本や欧州諸国に比べて、米国経済の大きな「強み」である。貧困にともなう治安の悪さや都市のスラム化といった問題は、そのための代償ということもできる。
貧困は、米国経済を前進させる主要なエンジンの一つであり、貧しい移民を受け入れるのは、その「貧困エンジン」に燃料を送り込むことを意味していたわけだ。それは同時に、世界レベルの貧困問題への貢献でもあった。途上国への資金援助を軸とする日本の国際貢献が「豊かさの輸出」であるのに対して、米国のそれは、いわば「貧困の輸入」による貢献と言えるだろう。
貧困を輸入して経済のダイナミズムに転換する「貧困エンジン」は、移民国家である米国に特有のメカニズムであったが、近年では、それぞれタイプは違うが、貧富の格差を利用して経済を活性化させようという戦略が世界の主流になりつつある。一つは、近年の中国の成長戦略である。13億もの人口を抱えた中国経済を均等に豊かにしていくことは難しい。そこで選ばれたのが、条件の整っている沿海部を先行して発展させ、それに引っ張らせる形で内陸部の成長を促す戦略だった。外資も含めた集中的な資本投下で沿海部を豊かにし、貧困を抜け出す成功パターンを確立することで人々のモチベーションを高めていく。90年代以降の中国の目覚ましい発展は、この成長戦略の結果もたらされたものである。
さらに、EUも新たに「貧困エンジン」を搭載しようとしている。04年春、EUが新たに迎え入れた新規加盟国は、その大半は従来の加盟国に比べてはるかに貧しい国々だ。一人当たりGDPでみると、従来の15カ国では、スペイン、ギリシャ、ポルトガルの3カ国が1万ドル台とやや低いものの、他はすべて2万ドルを超えている。それに対して新規加盟国は、キプロスとスロベニア以外は1万ドルを下回っており、半数は5,000ドルにも達していない。これは、既に成熟し停滞している国々が、貧しい国々の経済発展を支援しつつ、彼らの活力を取り込もうという戦略だ。EUがこうした戦略を採るのも、米国経済の活力に対抗するには、経済格差をダイナミズムの源泉として活用するほかにないという考えが背景にあるためであろう。
住宅価格と株価は懸念材料に
貧困層の存在をダイナミズムの源泉とするメカニズムの存在は、米国経済がソフトランディングに向かううえでの大きな好材料であるが、懸念材料も依然として残されている。足元の問題として挙げられるのは、住宅価格と株価の行き過ぎた上昇、いわゆる「バブル」の懸念だろう。
特に住宅価格については、かなり行き過ぎた部分があると見る向きも多い。これは、現在の米国経済の大きなリスク・ファクターと言える。とはいえ、住宅価格高騰のかなりの部分は貧困の状態を抜け出した層の旺盛な需要でもたらさたものであり、加えて貧困層の潜在的な需要も存在している。この状況は、主として企業による思惑買いで不動産価格が高騰したバブル期の日本の状況とは大きく異なっており、今後、米国の住宅価格が急落する場合にも、下落幅は限定的だと考えられる。
もちろん、住宅価格の上昇を背景に借り入れを増やして消費を拡大していた部分は剥落することになる。しかし、それと同時に、潜在的な購入層が価格の低下を受けて動き出し、それが住宅投資や家具、家電などの消費を押し上げることで、ダメージのかなりの部分が相殺される可能性が高いだろう。
他方、株価について考えるうえでは、90年代のきわめて大きな構造変化に注目しておく必要がある。70年代から80年代前半には、株式市場が相場のうえでも、また金融仲介の機能の面でも低迷し、「株式の死」という言葉まで使われていた。その状況は80年代後半から徐々に変化していき、90年代には、株式市場と金融理論が経済を動かす力学体系の中心に位置するまでになった。
その変化を主導したのは、年金や投資信託などのファンド型の金融ビジネスであった。家計セクターの金融資産の内訳をみると、80年代後半以降、ファンド型商品が大幅にウェイトを高め、99年以降は、家計の金融資産の4割以上がファンド型商品で占められている。株式よりも小口投資が可能でリスクの小さい投資信託や年金ファンドなど、リスクの大きさや性格を異にするファンド型の金融商品が多彩に品揃えされたことで、80年代後半以降の米国では、富裕層に限らず、多くの国民が自身の経済状態に応じてリスクを取ることが可能になった。それは、経済全体としてのリスク許容力を最大化させ、新たなビジネスの創造や、企業の技術開発や資本設備の増強に向けた投資を後押しし、米国経済を活性化させた。
ファンド型の金融ビジネスは、経済全体を活性化させただけでなく、株価そのものを押し上げる結果をももたらした。一般の個人株主の場合には、株式からの収益は、配当であれ値上がり益であれ、あくまでもその企業の業績次第であった。しかし、ファンドは大株主として、企業の経営を厳しく監視し、場合によっては役員の人選や経営戦略の選定、さらには経営者の交代など、直接的に経営を動かして自ら企業価値の向上を追求することができる。株価水準が低かった80年代には、買収した企業を解体して売り払うことで収益を得るケースも頻発した。それが企業経営に緊張感を与え、企業活動の効率化を促し、企業価値の向上、すなわち株価の上昇が実現されたのである。
また、M&A(企業の合併・買収)によって企業価値の最大化を目指す動きもファンドが基点になることで活発化した。ファンドという大株主が、自ら企業価値の向上に向けて積極的に動きはじめたことで、企業の合併や解体でしか実現され得ない潜在的な企業価値までもが株式市場での評価に算入されるようになった。そして、個人株主もまたファンドの存在と機能を前提に株式の価値を評価するため、株式市場全体で、株価の尺度が、従来の零細な個人投資家のものから、自ら企業を動かし得るファンドのものへと移行していった。
FRBのグリーンスパン議長が96年12月議会証言で「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」と評したのは、株価を従来の尺度で算定していたためと考えられる。そして、それ以降にも株価が上昇し続けたのは、企業価値を算定する方程式が、従来とは一変してしまっていたことの証左と言えるだろう。ただし、それもあくまでも潜在力という一種の“期待”に基づくものである。それを「バブル」と呼ぶかはともかく、“期待”が“幻想”であったと認識されるような局面になれば、90年代の日本で見られたような大幅な株価下落の可能性も否定できない。その意味で、株価もまた米国経済のリスク・ファクターであることは念頭に入れておくべきだろう。
中長期的には「双子の赤字」の解消が課題になる
中長期的な視点からは、財政収支と経常収支の「双子の赤字」の問題が懸念材料となる。90年代後半には、民間セクターの旺盛な需要拡大の結果として経常収支の赤字が膨らむ一方、好調な税収に支えられて財政収支は健全さを維持していた。その後、00年後半からの景気の停滞とアフガニスタン、イラクと続いた戦争の費用のため、01年以降は、財政赤字も急増した。
赤字の累増は、どこかの段階で大規模な「米国売り」を生じさせ、株価とドルの急落、長期金利の急上昇という深刻な事態の要因となりかねない。赤字が積み重なった要因や時期は違っても、それがもたらす危機という点では、「双子の赤字」は一つの問題と認識できる。この問題の特徴は、いつ、どの段階で危機的な動きが起こるのかを特定し難いことにある。これは、際限のないロシアンルーレットのようなもので、時間が経過するほど、危機が生じる可能性が高まると同時に、危機のインパクトも大きくなる。
このロシアンルーレットのもう一つの特徴は、危機を生じさせない限界は、赤字の規模自体ではなく、世界の他の国、地域の経済との相対的な比較のうえで決まってくるということだ。米国の国債や株式に代わる投資対象がない限り、大規模な「米国売り」は生じようがない。これまで中南米やアジア諸国の通貨危機が発生したのも、ドルという基軸通貨が物差しとなり、米国債という受け皿があったからこそだ。
ドルの急落という意味では、85年のプラザ合意後の展開が最も顕著な事例と言えるが、このときには、初期のレーガノミクスにおける財政拡大と高金利の結果として生じた経常収支赤字の増大に、ドル安に向けての先進国間の合意というきっかけ、日本という資金シフトの対象の存在、といった要素が重なっていた。
それに対して、今回の米国の赤字拡大局面では、これまでのところドルの急落は発生していない。それは、経常収支赤字が膨張しはじめた90年代後半以来、米国の需要拡大が世界経済を牽引する構造が続いているためだ。とくに、00年までのIT革命の時期には、完全に米国の独り勝ちの状態となっていた。産業の視点から見ると、米国のIT革命の本質は、ITの急速な発展を契機とした産業間、企業間の経営資源の再配分と機能分担関係の大幅な見直しによって生産効率を大幅に向上させた点にある。そうした動きの一環として、従来は戦力化が難しかった未熟練の労働力を、ITツールを活用することで戦力化していく道が開けた。その多くが低賃金の就労機会であったが、それによって百万人単位の人々が失業状態、貧困状態を抜け出した。
それらの結果として、生産性向上の加速と雇用拡大が同時に進行する形で、マクロのレベルでは、高成長と低失業を実現しながらもインフレは加速しないという、きわめて良好な経済環境が生じたのである。ただ、急速な需要拡大の結果として、経常収支の赤字が膨らんだ。この時期、それをファイナンスしていたのは、主として欧州からの資金流入であった。欧州の企業と投資家は、米国の企業と市場の将来性を買うのとあわせて、米国式IT革命の世界化と欧州への導入を視野に入れて、米国企業への投資とM&Aを大幅に拡大させたのである。
しかし、米国のIT革命は、企業内の組織と労働力の流動性の高さと、貧困層のダイナミズムという、米国に特有の構図が前提となっていた。その事実が明らかになったところに、いわゆる「ITバブル」の崩壊が重なり、01年以降、欧州からの資金流入は大幅に減退した。その結果、ドルの下落圧力が生じ、03年には為替介入を余儀なくされた日本の公的部門が米国の経常赤字を支える最大の資金供給者の役割を担う形となった。03年以降のドル買い介入の額は35兆円を超えている。
04年に入ってからは、米国の回復力の強さが鮮明になったため、ドルの下落圧力が弱まり、日本の大規模な為替介入は打ち切られた。しかし、年半ばに米国経済の失速懸念が生じたことで、状況は再び、世界の他の国、地域との相対比較が必要な、微妙な段階に入ってきつつある。現時点では、ITと金融技術でリードし、貧困層という潜在的なダイナミズムの源泉を抱える米国が依然として優位に立っていると判断できる。しかし、そのリードはIT革命の時期に比べれば、かなり小さくなってきていると言えそうだ。
まず第一に挙げられるのは、EUの存在感の高まりである。共通通貨ユーロを円滑に導入できたことで、基軸通貨としてのドルの地位を相対化させることにもつながった。また、04年の東方拡大で、EUも経済格差と貧しい国の潜在的なニーズをダイナミズムの源泉とする方向性が明らかになった。もちろん、新規加盟国の活力をEU全体で享受できるまでには、まだ相当の時間が必要であり、そのためには超えるべき課題も多いが、そこへ向けて大きな一歩を踏み出したことは間違いない。
第二は、日本の回復である。薄型大画面テレビやDVDレコーダーに代表されるデジタル家電が新しい市場を開拓したことで、久々に日本の製造業の実力が発揮された。財政赤字の拡大や、社会保障などの制度不安といった構造問題は依然として大きいが、金融危機の可能性すら生じていた一時の最悪期は、ほぼ脱したと言えるだろう。
第三には、エマージングマーケットの拡大である。中国が急成長を続け、投資対象としての規模の面でも無視できない存在になりつつある。さらに04年に登場した“BRICs”という言葉に象徴されるように、中国に続く存在として、インド、ロシア、ブラジルといった潜在的な経済大国への注目も高まっている。これらはいずれも巨大な人口と膨大な天然資源を擁する国々であり、今後はさらに投資対象としてのプレゼンスを上げてくるものと考えられる。
現時点では、欧州、日本、BRICsのいずれも、その経済成長の相当部分を米国の需要拡大に依存しており、米国経済が危機に陥れば彼らもまた苦境に立たされると想定できることから、当面は大幅で持続的な資金シフトが発生するとは考えにくい。しかし、彼らの存在によって、米国経済の中長期的なリスク・ファクターとしての「双子の赤字」の意味合いが一段と大きくなってきたことは間違いない。
短期にはソフトランディング、長期には赤字の解消へ向けた調整へ
ここまで述べてきたように、現在の米国経済はひとまずは巡航速度である3%程度の成長ペースへソフトランディングしていく可能性が高い。そして、その後は、90年代後半以降に膨らませてしまった「双子の赤字」の処理という、長期的なソフトランディングを目指す調整がはじまることになる。赤字が縮小していく過程では、ドル安が進むことは避けられないが、そのペースが欧州、日本、エマージングマーケットの需要の拡大と見合ったものである限り、世界経済全体が後退したり、ドルの暴落を誘発するような状況が生じる可能性は低いだろう。
とはいえ、米国経済が多くの懸念材料を抱えていることも確かだ。短期的には、原油価格の上昇、住宅価格の下落、株価の下落、金融政策の失敗等。長期的には、「双子の赤字」の累増を背景とした大規模な「米国売り」の発生が最たるものだ。イラク情勢をはじめとする地政学的なリスクは、短期、長期いずれにおいても大きな変動要因と位置付けられる。
依然として世界経済の牽引役の役割を担っている米国経済が、大統領選挙という大きな節目を挟んでどのように動いていくのか、目の離せない状況であることに変わりはない。
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