緒に就いた雇用の回復
2010年10−12月期に金融危機前の実質GDPの水準を回復した米国経済は、2011年に入ると、成長ペースは減速した。2011年1−3月期の実質GDPを需要項目別に見ていくと、個人消費と設備投資が減速し、住宅投資は再びマイナスに転じ、政府消費はマイナス幅が拡大しており、すべての項目が悪化する形となっている。
米国の実質成長率の推移 |
|
2008年の金融危機に際して大幅に落ち込んだ自動車と住宅の市場を見ると、自動車販売台数が5月には一時的な要因で落ち込んでいるものの趨勢としては2010年終盤から回復感を強めている一方で、住宅着工は依然としてきわめて低い水準で横ばいの状況が続いており、回復の兆しは見られない。
米国の自動車販売台数の推移 |
米国の住宅着工件数の推移 |
|
|
|
|
その一方で、雇用者数の増加基調は鮮明になっている。2月から4月までの非農業雇用者数の前月比増加数は毎月20万人前後で推移し、5月には5.4万人と減速したものの、前年来の雇用者数の増加は180万人に達している。10%近い水準で高止まっていた失業率は9%前後にまで低下しており、前年来の需要の回復が、雇用の拡大に結びついていることがうかがえる。ここまでの雇用者数の増加は、後退局面で失われた875万人の2割に過ぎず、厳しい状況が今後もしばらく続くことは間違いないが、いわゆる"Job-loss Recovery"や"Job-less Recovery"の局面を脱しつつあることは、前向きに評価できるだろう。
米国の非農業雇用者増加数の推移 |
米国の実質GDPと雇用の推移 |
|
|
|
|
限定される経済政策
雇用の改善傾向は見られるものの、米国経済全体の回復は依然として力強さを欠いていると見られており、FRBは事実上のゼロ金利政策を当面は継続するとしている。しかし、インフレ率が再び上昇してきたこともあって、2010年11月から実施した量的金融緩和の第二段、いわゆる"QE2"は当初の予定通り、2011年6月で終了することが決まり、インフレが政策の制約要因となる局面に入ったことが鮮明になった。
他方、財政政策においても、巨大な景気刺激策にともなう赤字の拡大から、限界が近づいてきつつある。既に5月の段階で、連邦債務は法定上の上限である14兆2,940億ドルに達しており、与野党の合意がない限り、国債の追加発行ができず、政府機能が麻痺する可能性が生じてきている。債務上限の引き上げを主張するオバマ政権と民主党に対し、歳出削減による上限堅持を主張する共和党の対立が続いており、何らかの妥協が得られるとしても、相応の歳出削減は避けられない状況となっている。
雇用の回復が緒に就いたばかりの段階で、金融と財政の両面で経済政策が制約を受けることで、米国経済の回復のテンポは緩やかなものに止まる可能性が高い。ただし、米国の景気が大幅に悪化するような事態になれば、インフレ圧力が減退し金融政策の制約は軽減されることが予想される。財政政策の方も、与野党の危機対応的な調整を経て、機動的な対応が打ち出されていくことが期待できる。2011年後半からの米国経済は、極端な落ち込みを回避しつつ、緩やかな回復を続けていくことが想定される。
総論
■2011年後半の世界経済展望−回復の持続と高まるインフレ懸念−
関連レポート
■米国経済の現状
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2010年6月11日アップ)
■2009年の米国経済
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2008年12月12日アップ)
■米国株価下落に見る世界金融危機−歴史的転換点を求める局面−
(投資経済 2008年12月号掲載)
■世界の金融産業を変えるリーマン・ショック−サブプライム問題は最終局面へ−
(投資経済 2008年11月号掲載)
■米国経済に潜むトリプル・スパイラルの罠
(投資経済 2008年7月号掲載)
■サブプライムローン問題のインプリケーション
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年12月14日アップ)
■サブプライム・ショックをどう見るか−金融市場の動揺と実体経済−
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年8月31日アップ)
■新たな局面を迎えた米国経済
(The World Compass 2006年7-8月号掲載)
■米国経済は巡航速度に向けてソフトランディングへ−「貧困層」の存在がダイナミズムの源泉−
(商品先物市場 2004年11月号掲載)
|