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読売ADリポートojo 2005年3月号掲載
連載「経済を読み解く」第55回
ブランドとしての通貨−メジャーの不安とローカルの胎動−

社会の認知が価値の源泉

 円、ドル、ユーロ、ポンド、元、通貨は経済圏ごとに無数に存在しているが、その価値の源泉は、市場のあらゆる商品と交換できる機能にある。そして、それが可能なのは、誰もがそういう通貨の力を信じているからにほかならない。通貨のそうした性質は、商品の機能や品質が世の中に認知されてはじめて価値を持つ、「ブランド」の本質と重なる。その意味で、通貨とは一種のブランドであると考えることもできる。
 企業が自らのブランドを確立、維持していくのに長年の努力が欠かせないのと同様、通貨への信認を維持するには、その通貨を管理する政府や中央銀行が、常に健全な経済運営を続けていくことが必要だ。また、それを的確にマーケットに伝えていくことの重要性や、長期にわたって築き上げてきた信認が一度の過ちで一気に失墜してしまいかねないという点も、通貨のブランドとしての一側面と言えるだろう。
 ブランドが力を失うと、そのブランドの商品は売れ行きが鈍り、メーカーには痛手となる。日本のようにブランドを消耗する傾向の強い市場では、そうしたケースは数え切れない。同様の事態は通貨にも起きている。通貨が社会の信認を失うと、その価値は低下しインフレが発生する。極端な場合には、物価が短期間に何倍にも跳ね上がり、経済活動全体が取引の基準を失って、たいへんな混乱に陥ってしまう。いわゆるハイパーインフレである。第一次世界大戦後のドイツや、ソ連崩壊直後のロシアなどがその典型だ。


不安が高まる先進国通貨

 通貨のブランド力は、それを管理する国家の、政治力や軍事力を含む国力に左右されるため、敗戦国や政府が崩壊した国の通貨が価値を失うのは当然だ。そこまでではなくても、経済の運営に失敗し、経済のどこかに深刻な歪みが生じたような場合にも、通貨への信認は失墜する。とくに問題視されるのは、その国の政府の借金と、その国全体としての外国からの借金の多さである。あまりにも借金が大きくなると、新たな借り入れが難しくなったり、返済を迫られたりした場合に経済活動が行き詰まる可能性が高まると考えられているからだ。
 この点で、近年、先進諸国のメジャーな通貨の多くが、かなり不安な状態にある。経常収支(海外との取引の収支)と財政収支の双子の赤字が過去にない水準まで膨らんでいるアメリカ。経常収支こそ黒字ながら、経済規模との対比でみた財政赤字ではアメリカを大きく上回っている日本。新通貨ユーロをデビューさせたEUでは、そのブランドを確立させる狙いもあって、加盟各国の財政赤字をGDPの3パーセント以下に抑えることを宣言していたが、中核のドイツ、フランスが、3年にわたってその公約を守れない状態にある。
 経済の基礎的な諸条件から考えると、当面はこれらの国の通貨の価値が極端に下落する必然性は乏しい。しかし、経済の歪みがどこまで大きくなったら通貨への信認が失われるのかは予想し難い。商品のブランドと同様、通貨への信認にも、市場に参加する多数の人々の集団としての心理状態がきわめて重要な意味を持つためだ。その意味では、市場との対話でカリスマ的な存在感を示してきたアメリカのグリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の貢献が大きいとの見方もあるが、その任期が06年1月に迫っていることで、むしろ懸念材料となっている面もある。


広がりを見せるエコマネー

 近年では、円、ドル、ユーロなど国家が管理するメジャーブランドの問題だけでなく、NPOなどが発行する「エコマネー」とか「地域通貨」と呼ばれるローカルな新ブランドの登場が話題になっている。
 通貨におけるメジャーブランドとローカルブランドの対照は、ブランド力の強弱の違いもあるが、それぞれが持つイメージやテイストの違いが大きな意味を持っている。従来型のメジャーブランド通貨は、いずれも、「安全」とか「便利」「効率的」といったポジティブなイメージがある一方で、「冷たい」「欲得」「不人情」など、ネガティブなイメージも強い。
 「愛はお金では買えない」という言葉があるが、そうした認識があるため、介護や医療、教育、育児などの領域では、お金の話を持ち出しにくい雰囲気がある。そのため、これらのサービスの供給には市場メカニズムが働かず、非効率が温存されやすい。エコマネーや地域通貨は、そうした状況を変えるためのツールとなり得る。
 通用する範囲を特定の地域や商品、サービスに限定することで、通貨の持つネガティブなイメージを払拭する。それによって、従来は経済取引の対象になりにくかった商品やサービスについても擬似的な市場を成立させることで、その生産を効率化させるとともに、潜在的な需要と労働力を顕在化させることができるという発想だ。日本をはじめ、需要が飽和しつつある成熟した経済の活性化に貢献することも期待される。
 使える対象が限定されたエコマネーや地域通貨は厳密には通貨とは呼べないが、人々の信認を基盤として経済取引を媒介するツールという意味では、従来の通貨と同様の機能を持ちながらも、イメージやテイストにおいては差別化された新機軸、新ブランドと位置付けられる。こうした試みは、近年、次々と登場し、その多くは試行錯誤の段階にあるが、テイストに重点が置かれるだけに、従来の通貨以上に、ブランドとしての展開が重要になるものと考えられる。
 社会の認知が基盤であるという、通貨のブランドとしての側面は、良くも悪くも、これからの経済を考えるうえでの重要なカギの一つとなるだろう。


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