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読売ADリポートojo 2002年12月号掲載
「経済を読み解く」第32回
ブランドと企業戦略−期待されるデフレ克服のヒント−

 「ブランドの重要性」などといっても、広告やマーケティングの世界では当たり前過ぎる話だろうが、最近では、企業会計や企業全体の経営戦略の視点で、改めてブランドの意義が再認識されはじめている。それは、ブランドが、企業、さらには国や地域の競争力の源泉になり得るという認識が広まってきたためである。


戦力としてのブランド

 「アパレルメーカー○○が新ブランド『□□』を発表」といった表現の場合には、「ブランド」という言葉は、商品群や店舗群の単なる「名前」として扱われている。私たちだれもが名前を持っているように、どんな商品、店舗でも「ブランド」を名乗れるわけだ。ところが、「ブランド品」とか「ブランド物」といった言い方をする場合には、「ブランドではない物」の存在が暗黙の前提となっている。「ブランド」と呼べるのは一部の商品、企業に限られるという、「ブランド」を特別視したとらえ方だ。
 言うまでもなく、競争力の源泉として想定されているのは、特別な存在としてのブランドである。単なる名前のレベルでも、その響きや字面の良し悪しが商品の売れ行きを左右することはある。しかし、その名前が、信頼性の高さとかセンスの良さといったポジティブなイメージをともなって広く認知されると、消費者を引きつけるパワーはけた違いに大きくなる。ルイ・ヴィトンやエルメスといったスーパー・ブランドほどではなくても、「そのブランドだから」というのが顧客に対する訴求力になる例は多い。そうなるとブランドは、それ自体が企業の戦力として、無視できない存在になる。


脚光を浴びた背景はデフレの深刻化

 とはいえ、ブランドが幅広く注目を集めはじめたのは、それほど昔のことではない。従来、多くの日本企業の基本戦略は「良い品を安く作って安く売る」ことであり、ブランドなどという「えたいの知れない」ものを扱うのは、ファッション関連など一部の業界と、広告やマーケティングの専門家に限られていた。
 ところが、90年代後半のデフレの深刻化にともなって状況は一変した。長引く消費の低迷、激化する一方の価格競争。利益を犠牲にしてまで安く売ることを強いられるようになった企業は、「高く売る」あるいは「安売りせずに売る」ことの大切さに気付かされた。その流れのなかで、ブランドの威力に対する関心が高まったのも当然のことと言えるだろう。
 どうすれば自社の持つブランドを、単なる「名前」から消費者を引きつける「戦力」に高められるのか。戦力化したブランドを最大限に活用するにはどのような管理手法、経営戦略が有効なのか。企業経営の視点からはこうした議論が活発化してきている。


ブランド価値の測定

 ブランドの経営資源としての重要性が認識されるのにともなって、ブランドの経済効果や価値を測定しようという試みも目立ってきた。
 ブランド価値を測定する作業は、企業の利益にブランドがどれだけ貢献しているかの推計が第一歩となる。ブランドの利益貢献としては、前に述べた「高く売る力」が第一だが、強力なブランドを持っていれば、優秀な人材を確保しやすくなることや、そこで働いている人々の目的意識を一体化させやすくなるといった貢献もある。このあたりは、かつて流行したCIのコンセプトとも重なる。ただ、実際にこれらの利益貢献を数値化することは容易ではない。現時点では、多くの研究機関やコンサルティング会社が測定手法の開発を競い合っている段階だ。
 さらに、ブランドを企業の資産として評価しようとすると、一段とやっかいな問題がある。ブランドの利益貢献の将来予測である。ブランドに限らず、経営資源の将来の利益貢献は、過去の実績をベースに推計するのが一般的だ。歴史に培われた伝統のあるブランドであれば、過去の実績並みの貢献を将来にわたって前提にすることも許されるだろう。しかし、消費者の気まぐれで、もてはやされたかと思うと急速に飽きられてしまうブランドも少なくない。一時の流行でブランド力が水ぶくれする、いわばブランド・バブルだ。ブランドを資産として認識する際には、このバブルも含めて、ブランド力の不安定さの見極めがきわめて重要かつ困難なポイントとなる。


注意を要するブランド力の変動

 一方、流行り廃りを前提に、ブランドを消耗品的に扱う戦略もある。次々にブランドを育てて、飽きられれば捨てる。ブランド・ポートフォリオ戦略だ。その場合にも、ブランド力の変動を把握しておくことは欠かせない。というのも、ブランド力の変動は、他の経営資源とのバランスの崩れから、企業の経営を動揺させる可能性があるからだ。例えば、バブルで水ぶくれしたブランド力に見合った生産能力や店舗網をそろえてしまうと、バブルがはじけた後、過剰雇用、過剰設備に苦しむはめになる。バブル崩壊後に不良資産に悩まされている日本経済と同じパターンだ。急成長の後に突如売り上げ不振に見舞われたユニクロがその典型といえる。
 こうした事態を避けるためにも、ブランド力の変動には注意を要するわけだが、不特定多数の消費者との関係のなかから生まれるブランド力の実態には、まだまだ不可解な部分が多い。しかし、そこを解きほぐしていく作業からは、日本企業に欠けていた「高く売る力」の要素を鮮明にし、デフレ・スパイラルからの脱出策を打ち出すためのヒントが浮かび上がってくることも期待できる。マクロ経済を見る立場からも、ブランドを巡る議論から目を離せない。


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