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日経BP社webサイト“Realtime Retail" 連載
「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」 第3回 2005年6月16日アップ
三つの競争力−脱・デフレを目指す事業戦略のために−

 前回はリテール産業の時代性について、主役業態の変遷を中心に述べたが、今回は少し視点を変えて、消費者を相手にするビジネス全般の「競争力」について考えてみたい。というのは、現代の企業には、かつてとは違う種類の競争力が求められていると考えられるからだ。


「効率化する力」の限界

 良い商品、良いサービスを効率的に生産し、安く提供する。あらゆる企業が社会に対して負っている使命の根幹であり、そのための能力は企業の競争力の基本中の基本、いわば王道である。
 1970年代から80年代にかけて、自動車や電気機械をはじめ、日本の製造業は世界をリードする地位に上り詰めたが、それを可能にしたのも、この「生産活動を効率化する力」を愚直なまでに追求し、その力で欧米の企業を圧倒できたためであった。
 「効率化する力」が重要であることは、現在においても変わりはない。しかし、時代の変化と共に、それだけでは十分とはいえなくなってきてもいる。
 国外では中国をはじめとするアジア諸国の台頭。国内では規制緩和に伴う企業間競争の激化。そうした状況の中で、「効率化する力」だけに固執した企業の多くが、効率性の向上分を超えた価格引下げを余儀なくされ、結局は利益を削り、さらには従業員の賃金や雇用までも犠牲にせざるを得なくなっていった。
 リテールの分野でも、90年代初頭には、出店規制の緩和を受けて、紳士服や家電、食品など、様々な分野の新興企業が低価格を武器に既存の流通企業、流通システムに戦いを挑んでいった。そこでの合言葉が、流行語にもなった「価格破壊」という表現である。その言葉どおり、従来の価格の常識は打ち壊され、新興勢力は急成長を遂げた。しかし、既存の流通企業が反撃に転じたことで、状況は変わった。
 低価格には低価格を。既存の大手流通企業は、新興勢力に対して価格引き下げで対抗した。大型店の出店が加速し、既存勢力同士の競合も急速に激しくなってきていた時期でもあり、新興勢力も巻き込んだ価格競争は、各社が利益を犠牲にしてつぶしあう泥沼の消耗戦の様相を強めていった。
 その結果、流通企業の利益は低迷し、90年代の末には、体力のない新興勢力だけでなく大手にも淘汰される企業が出てきた。あおりを食って商売を続けられなくなる一般の商店も増え、商店街はさびれていった。
 また、小売り段階での価格競争は、問屋やメーカーへも値引き要請の形で波及し、業績不振は企業セクター全体へと広がっていった。企業の不振は、そこで働く人々の賃金カットや雇用の削減につながり、それが消費を冷え込ませた。その結果、価格競争はますます激しくなる。物価下落と不況の循環、「デフレ・スパイラル」である。
 デフレの現象は、21世紀に入ってもしつこく日本の経済、産業を悩ませ続けており、企業にとっても、消耗戦的な価格競争を抜け出すことは喫緊の課題となっている。そのためには、王道である「効率化する力」以外の競争力が求められている。


「市場を創出する力」への期待と不安

 企業が消耗戦を抜け出すための方向性として、まず考えられるのは、従来なかった商品やサービスを投入して、新しい市場を創出していくことだ。それぞれの企業にとって、「市場を創出する力」は大きな競争力となるし、日本経済全体がデフレを抜け出すことにもつながる。
 「市場を創出する力」の働きは、2003年頃から一時的に盛り上がった景気回復局面の動きにも鮮明に表れていた。薄型大画面テレビやDVDレコーダーをはじめとするデジタル家電を投入することで、新たな市場を開拓した動きである。デジタル家電のヒットによって、それらの製品や部品のメーカーは大幅に業績を改善した。
 こうした新製品の投入による市場の創出は、昔から繰り返されてきている。高度成長期に普及が進んだテレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」、自動車、カラーテレビ、クーラーの「3C」をはじめ、近年ではパソコンや携帯電話が、その関連商品や関連サービスも含めて、巨大な市場を形成している。
 流通やサービスの分野でも、長時間営業のコンビニを展開したセブン-イレブン・ジャパン、宅配便を巨大ビジネスに仕立て上げたヤマト運輸、新しいところではエスプレッソの新しい楽しみ方を提案したスターバックスなど、新しい市場を創出することで成長を遂げた企業は数多い。これからの時代にも、「市場を創出する力」を発揮して日本経済を引っ張る企業が登場してくることは十分期待できる。
 ただ、企業間の競争が極端に厳しくなった現代では、一度創出した市場でも、あっと言う間に他企業に参入され、価格競争が始まってしまう。コンビニや宅配便の市場でも、多くの新規参入者との競合が厳しくなっているし、デジタル家電の市場でも、2004年の後半には早くもその兆候が見え始めた。
 シェアの拡大を狙うメーカー間の競争は、機能や性能だけでなく、価格面にも及んでいった。販売価格の下落は、メーカー各社の予想を上回るペースで進み、その結果、各社の利益は頭打ちとなってしまったのである。
 「市場を創出する力」といっても、単発のヒットを飛ばすだけではなく、ヒットを連発、量産する力がない限り、持続的な競争力にはならないということだ。とはいえ、消費者の衣食住に関わる基礎的なニーズがほとんど満たされてしまった現代において、次々と新商品や新サービスを生み出し続けていくことは、至難の業である。常にヒットを狙って商品やサービスの開発を続ける姿勢は重要だが、「市場を創出する力」だけに頼ることには不安が残る。


カギを握る「消費者を動かす力」

 そうした状況下で、多くの企業が「ブランド」の持つ可能性に注目している。「ブランド力」とか「ブランド・マネジメント」といった表現は、一種の流行語にもなった。


日経四紙に登場した「ブランド力」という言葉を含む記事の件数
  • 使用した値は、日経テレコン21(日本経済新聞社が運営するデータベースサービス)の新聞記事検索サービスによる、日経四紙(日本経済新聞朝刊・夕刊、日経産業新聞、日経流通新聞MJ、日経金融新聞、日経地方経済面、日経プラスワン)を対象としたキーワード検索で得られた結果に基づく。


 従来、多くの日本企業の基本戦略は「良い品を安く作って安く売る」ことであり、実際、それで事業を発展させることが十分可能であった。ブランドなどという「得体の知れない」ものを扱うのは、ファッション関連など一部の業界と、広告やマーケティングの専門家に限られていた。
 しかし、90年代後半のデフレの深刻化に伴って、利益を犠牲にしてまで安く売ることを強いられるようになった企業は、「高く売る」あるいは「安売りせずに売る」ことの重要性に気付かされた。その流れの中で、高額商品を売り続けているルイ・ヴィトンやエルメスといった、いわゆる「スーパー・ブランド」の戦略に対する関心が高まったのである。
 ヴィトンやエルメスほどではなくても、ブランドの力をうまく使えば、泥沼の価格競争を抜け出すことも可能になるかもしれない──そうした認識が、多くの企業の間に広まっていった。
 消費者を惹きつけるブランドの構築も含めて、広くとらえると、競争が激化したデフレの時代の企業に求められているのは、「消費者を動かす力」ということになるだろう。たとえ高品質の商品であっても、その品質を的確に伝えられなかったり、それが価格に見合うことを消費者に納得させられなければ、供給側の独り善がりに終わってしまう。
 消費者を動かすには、魅力的な商品・サービスの投入に加えて、その魅力を消費者に納得させることが必要になる。それには、単に正確に伝えるとか、広く伝えるというだけでは十分ではない。消費者の心に響くかたちに情報を編集・演出し、それを的確な手法で発信して初めて、消費者を動かすことができる。
 ヴィトンやエルメスやなどのスーパー・ブランドはいずれも、創業者自身の伝記や技術開発にまつわる逸話、セレブリティーとのエピソードなどが一種の物語として成立しており、それがブランドの確立に決定的な役割を担っている。
 身近なところでは、スーパーの青果売場などで見られる「○○さんの畑の」といったPOP広告(店頭販促広告)の例がある。これは、情報として十分とはいえないが、単に「△△県産」と表示するのに比べると、顧客の想像力を喚起する物語的な手法といえる。
 現代における商品やサービスの価値は、その基本的な機能に基づく部分をベースとして、そこに高品質とか高性能、安全性といった機能面の付加価値が乗り、その上に様々な「情報」が乗った三段階の構造になっている。商品やサービスを販売する際の価格は、付加価値の大きさに左右されることは当然であるが、その付加価値を消費者に納得させるだけの情報が乗っていない場合には、付加価値に見合った価格を設定できない事態も生じる。逆に、情報の乗せ方次第では、ほとんどコストをかけずに大きなプレミアムを乗せることさえ不可能ではない。
 現時点では、この情報のレベルでの競争力が「消費者を動かす力」の中核を成している。業種や業態によって発信できる情報には限界があるが、その範囲のなかでどれだけ効果的な情報発信ができるかで、「消費者を動かす力」は、大きく変わってくる。


問われるのは総合力

 ここまで、消費者を相手にするビジネス全般の競争力を、「効率化する力」、「市場を創出する力」、「消費者を動かす力」の三つに分けて考えてみた。それらのうち、「効率化する力」と「市場を創出する力」の二つは、以前から多くの企業が競争力として意識してきた力だ。それに対して「消費者を動かす力」は、近年のデフレ経済の中で、その重要性が広く認識された力といえるだろう。
 「消費者を動かす力」は、デフレ化の消耗戦を抜け出す上でカギとなる力であることは間違いないが、基本的には単独では機能しない。巧みな宣伝・広告やイメージ戦略で一時的に市場を獲得することはできても、その裏付けとして、消費者を納得させられる品質や斬新さを持った商品、サービスがなくては、獲得した市場を維持していくことはできない。「消費者を動かす力」は、あくまでもベースとしての「効率化する力」や「創出する力」と組み合わせることで、初めて機能する力といえるだろう。
 結局のところ、これからの時代には「良いものを安く」という愚直な努力だけ、単発のヒットだけ、あるいは口先の情報戦略だけでは、事業を維持できないということだ。バランスの違いはあっても、三つの競争力をトータルした総合力が問われることになる。消費者を相手にする事業を展開する企業には、そうした時代背景を踏まえた上で、経営資源の配分を再検討することが求められている。


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連載「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」

第1回 パズルの大枠−「人口動態」と「豊かさ」の行方−(2005年4月15日)
第2回 リテール産業の時代性−時代がうながす主役交替−(2005年5月16日)
第3回 三つの競争力−脱・デフレを目指す事業戦略のために−(2005年6月16日)
第4回 パワーアップする消費者−第四の力、「発信力」が焦点に−(2005年7月15日)
第5回 「豊かさ」の代償−経済発展の光と影−(2005年8月11日)
第6回 これからの「仕事」−人生モデルの変容と新しい「豊かさ」−(2005年9月22日)
第7回 消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−(2005年10月6日)
最終回 消費とリテールの未来像−舞台は「心」の領域へ−(2005年10月20日)


関連レポート

■本当に、日本の労働生産性は低いのか?
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■競争力を考える−三つの力と日本の課題−
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