2004年も終盤に入り、景気回復の流れはいよいよ明確になってきた。さまざまな経済指標がそれを示唆しているが、種々のアンケート調査の結果を見ると、小売企業の多くが景気回復を実感できていないようだ。
しかし、人口が減少に転じ、成長ペースがさらに鈍化するこれからの時代の標準に照らせば、04年の日本経済は、むしろ異例の好環境とも言える。この時点で業況が苦しいと言っているようでは、これからの時代に生き残っていくことは難しい。
もちろん、すべての小売企業がそうした苦境に立っているわけではない。既に新しい時代環境に適した企業戦略で、復活を果たした企業や、新たに台頭してきた企業も少なくない。裏返せば、現時点で景気回復を実感できていない企業は、新しい時代環境に適応できていないということだ。
その明暗を分けているのは、消耗戦的な安売り競争を抜け出す手立てを持っているかどうか、そのための戦略を積極的に取り入れているかどうかという点だ。
本特集では、「脱・安売り競争」をめざすうえでのキーワードとして、リテール企業の「消費者を動かす力」に注目し、優位に立つリテール企業の戦略と消費市場の潮流を改めてとらえ直してみた。
「効率化する力」から「市場を創出する力」へ
良い商品・サービスを効率的に生産し、安く提供する。あらゆる企業が社会に対して負っている使命の基本であり、そのための能力は企業の競争力の基本でもある。70年代から80年代にかけて、日本企業が世界をリードできたのも、この「生産活動を効率化する力」を愚直なまでに追求し、その力で欧米の企業を圧倒できたためであった。
しかし、時代は変わった。国外では中国をはじめとするアジア諸国の台頭。国内では規制緩和にともなう企業間競争の激化。そうしたなかで、「効率化する力」だけに固執した企業の多くが、効率性の向上分を超えた価格引下げを余儀なくされ、結局は利益を削り、さらには従業員の賃金や雇用までも犠牲にせざるを得なくなっていった。そうした消耗戦のマクロ経済面での帰結が、物価の下落と景気の悪化が連動する、デフレスパイラルの現象であった。
現時点で、景気回復を実感している産業、企業は、「効率化する力」とは異質の力を使って、消耗戦を抜け出すことに成功している。それは、従来なかった新しい商品やサービスを投入し「市場を創出する力」である。
製造業の回復も、薄型大画面テレビやDVDレコーダーをはじめとするデジタル家電を投入することで、新たな市場を開拓したことの貢献が大きい。その市場は日本国内にとどまらず、欧米やアジアの富裕層をも取り込みつつある。
高価格帯に生じた新市場
小売や外食、サービスなど、いわゆるリテールの領域でも、新しい市場の創出が復活のカギを握っていることに変わりはない。ここ数年、新たに創り出された市場を個々に見ていく限りでは、ニッチ(隙間)の印象が強いが、全体を俯瞰すると一つのまとまった市場としての輪郭が浮かび上がってくる。それは、価格競争に明け暮れている側からすると実に皮肉なことではあるが、既存の市場に比べて高品質・高価格の商品・サービスの市場である。
高価格帯での市場創出に成功した事例としては、コンビニエンスストアとハンバーガーショップが典型だ。コンビニでは高級おにぎりや高級弁当、ハンバーガーショップでは、モスバーガーの限定高級ハンバーガー「匠味」がヒットした。マクドナルドが復活の兆しを見せているのも、高級路線の「マックグラン」の投入が契機となっている。その他、デパ地下やホテイチのブーム、クイーンズ伊勢丹やザ・ガーデンなどの高級スーパーの成長も同じ流れのうえにある。
サービスの分野でも、「カリスマ美容師」がもてはやされたり、最近では各室に露天風呂の付いた新感覚の温泉宿が予約が取れないほどの人気になったりといった動きがある。
不況が生んだ「アンバランス消費」の知恵
高価格帯に新市場が創出されたといっても、人々の消費需要が全体として高価格の方向にシフトしたわけではない。低価格志向の市場は依然として一方の主軸を形成している。多くの市場で中間帯のボリュームゾーンが上下双方に分化し、二つのボリュームゾーンを持つ構造に向かっているのである。
バブル期にも似たような現象が起き「一点豪華主義」と呼ばれたが、近年の二極分化の現象では「プチ・ゴージャス」という言葉が使われている。バブル期の現象が主として車や家具、服飾品など高額な耐久消費財に偏っていたのに対して、近年のプチ・ゴージャス消費では、食品や雑貨類、サービスなど、より日常的な領域にまで、その傾向が広がっているのが特徴と言えるだろう。
一点豪華主義とプチ・ゴージャスに共通するのは、日々の生活に、あえて贅沢と節約というアンバランスを持ち込むことで暮らしにメリハリを付け、限られた予算で効用を最大化しようという考え方だ。それが生活の多くの場面で見られるようになったのは、ちょっと頑張れば手に入れられる程度の贅沢で、どれだけ心が満たされるかということに、多くの消費者が気付いたためだろう。
近年の日本の消費者は、所得水準こそ高いものの、その伸びが頭打ちになったのに加えて、日々の暮らしや仕事のなかで感じる不安やストレスを膨らませ続けている。そうしたなかで、食べ物であれサービスであれ、「ちょっとした贅沢」はある種のイベントとして、頑張った自分へのご褒美や、疲れた自分への励ましとして、消費者一人一人に大きな意味を持つようになってきたのである。
アンバランスな消費行動は、低迷する経済環境に適応するための消費者の知恵であり、決して非合理的なものではない。そのことは、近年の高価格帯へのシフトが、単なるテイスト志向だけではなく、「健康」や「安心」といった機能面の要素を多分に含んでいることからもうかがえる。経済が停滞するなかで高価格帯に新市場が生まれるという、一見不自然にも見える傾向が生じたのは、こうした背景があってのことである。
高付加価値路線のカギは「消費者を動かす力」
消費市場が二分化することを前提にすると、リテールビジネスを展開する企業の方向性も大きく二つに分かれることになる。一方は、「効率化する力」を追求する路線。これは、商品分野ごと、あるいは業態ごと、地域ごとの最強の企業だけに許される道だ。それ以外の大多数の企業にとって、この路線は、これまでと同じ消耗戦をさらに続けていくことを意味している。
結局、大多数の企業にとっては、高価格帯を狙って市場創出に向かう以外に生き残る道はない。こちらの路線では、市場は細分化され、多くの企業がそれぞれの個性と工夫を活かして居場所を確保するかたちになると予想される。そのなかに食い込むためには、消費者を惹き付ける付加価値の高い商品やサービスを提供することが大前提となる。しかし、たとえ高品質の商品であっても、その品質を的確に伝えられなかったり、それが価格に見合うことを消費者に納得させられなければ、供給側の独り善がりに終わってしまう。
価格の安さを伝えるのにさしたる工夫は必要ないが、品質の高さを納得させるのは容易なことではない。価格競争を抜け出すには、魅力的な商品・サービスの創出に加えて、その魅力を消費者に納得させる必要がある。それには、単に正確に伝えるとか、広く伝えるというだけでは十分ではない。消費者の心に響くかたちに情報を構成・演出し、それを的確な手法で発信してはじめて、消費者を動かすことができる。
この「消費者を動かす力」は、消費者のニーズが不明確になるなかで、いちだんと重要性を増してくる。リテールビジネスを展開するうえでは、その流れを踏まえたうえで的確な戦略を打ち出していくことが必要だ。
特集の構成
■消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
■ケーススタディ(1):セブン−イレブン・ジャパン−「知る力」と「動かす力」のハイブリッド−
■ケーススタディ(2):斑尾高原農場−未来形リテールのビジネスモデル−
■三つのヒント−物語性、ライフシーン、学び−
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