消費者の身近な立地と長時間営業という、きわめて分かりやすい機能のために、コンビニは消耗戦的な価格競争には巻き込まれずにすんできた。しかし、店舗数が増えてコンビニ同士の競争が次第に激しさを増してきたことで、近年は成長性、収益性、いずれにも陰りが見えてきていた。そうした停滞局面を抜け出すために、最大手セブン−イレブン・ジャパンが採った戦略は、同社の創業以来の基本的な理念の追求から生み出されたものであった。
原動力は「消費者を知る力」
セブン−イレブンの実力の基盤となっているのは、同社が創業以来磨き続けてきた「消費者を知る力」である。セブン−イレブンといえば、巨大な店舗網で収集したPOSデータの分析力の卓越性が知られているが、同社の強みは自店以外での幅広い調査活動の力にもある。
人気を集めたり話題になっている店や商品は、商品開発の担当者が必ずそこを訪れ、自分の目や舌で確かめる。その作業も、かつては担当者個人の勘に頼る部分が大きかったが、近年では科学的な分析手法を取り入れるなど、進歩を続けている。その成果が売場作りや商品開発に活かされ、他社を圧倒する収益力として結実してきたわけだ。
そうした活動を通じて、彼らが高品質・高価格商品の新たな市場が生まれてきていることを意識しはじめたのは、99年から2000年にかけてのことであった。「価格破壊」という言葉は既に忘れられつつあったが、その代わりに「デフレ経済」という言葉が悲観的なニュアンスで使われるようになった頃である。
この時期、セブン−イレブンでも、代表的な商品である「おにぎり」の価格を引き下げて消費者を惹きつけようという試みがなされた。しかし、そこで明らかになったのは、値下げした商品は一時的には確かに売り上げを伸ばすものの、その効果は長続きしないということであった。その事実は、低価格化路線の継続は消耗戦に陥る危険が大きいことを示していた。
そこで浮かび上がってきたのが、まったく逆の発想である高付加価値化の方向性であった。90年代後半以降、インターネットの普及で情報力を飛躍的に高めた消費者は、美味しいと評判のレストランやラーメン店、パン屋、ケーキ屋などに、各地で行列をつくっていた。そうした状況から、「消費者は安いものだけではなく、本当に美味しいもの、品質の高いものを求めているのではないか」、さらには「コンビニで売る商品だからこの程度で十分というような甘えは許されなくなりつつあるのではないか」という仮説が提起されたのである。
高品質・高価格へのトライ
こうした仮説の下でスタートした高付加価値路線の試みとしては、日清食品と組んで、札幌の「すみれ」や博多の「一風堂」などの有名ラーメン店の味をカップめんで再現した「名店仕込み」のシリーズが先駆と言える。00年4月に発売されたこのシリーズは、一般的なカップめんよりも7割程度高い248円という価格でも消費者に受け入れられ、現在もバリエーションを増やして有力な売れ筋商品となっている。
独自開発の商品では、01年12月に本格投入された「こだわりおむすび」が代表格だ。いくらや真鯛といった高級具材と高品質の米を使い、製法も、従来の塩水で炊く方式から、真水で炊いて後で塩を振る方式に改善し、パッケージは高級感のある和紙を使用した。
本格投入の前には、複数の店舗でさまざまに価格を変えて販売するテストマーケティングが行われ、その結果、従来商品より6、7割高い価格水準が設定された。当初は170円の「いくら」と160円の「キングサーモン」でスタートしたが、旬の素材を具材として使うため、商品は数カ月ごとに入れ替えられ、松茸や真鯛飯、タラバガニなども登場させている。価格帯も広げられ「かに飯」や「真鯛西京焼」など200円の商品も登場した。「こだわりおむすび」のシリーズは顧客に歓迎され、近時では、おにぎりの売り上げ全体の2割近くを占めるまでになっている。
高付加価値路線での市場開拓は、おにぎり以外の総菜や弁当などの分野にも及んでいる。04年4月には、700円前後の炭火焼き弁当のシリーズが投入され、夏には首都圏のみの予約限定販売ながら、1,380円の「炭火焼うなぎ蒲焼重」が発売されている。
その一方で、従来の価格帯の商品の品質向上も進められている。03年夏に商品化された「おにぎり革命」のシリーズもその一例だ。具材をのせて型に押し込む従来方式ではなく、具材を真ん中に包み込む方式で、おにぎり本来の「ふんわり感」を出し、また、成型した後で塩を表面に振る方式へと、順次、おにぎりの本来の製法に近付ける方向に改良されてきた。
顧客のニーズは店舗や時期、時間帯などによって異なる。高価格帯商品の開発・投入は、従来捉えきれていなかったニーズへの対応であり、従来価格帯の商品と組み合わせることで、より幅広い消費者層の取り込みを目指す施策と位置付けられている。
商品の良さを伝える仕掛け
高付加価値路線の市場開拓を進める一方で、もう一つの重要な施策が開始された。03年春に、全店舗にあてて会長・社長連名のメッセージのかたちで打ち出された接客重視の方針である。具体的には、顧客に対して積極的に声を掛ける、お薦めの総菜の試食コーナーを設ける、といった内容だ。これは、必ずしも高付加価値商品へのシフトだけを意識した施策ではなかったが、結果的には、この二つの動きは大きな相乗効果を生んでいる。
長時間営業や消費者の身近に店があるという利便性を顧客に納得させるには、ただそこで店を開けているだけで、なんの説明も要らない。しかし、商品の品質の高さを伝えるには、何らかの方策が必要だ。セブン−イレブンの場合、突飛さを求めず実質を追う商品開発が基本で、見た目だけではその味の良さを伝えづらいため、情報発信の重要性は、一段と大きい。
そこで活きてくるのが、声掛けや試食だ。商品情報を伝える手段として、単なる顧客とのコミュニケーション以上の効果が期待できる。それにはもちろん、加盟店のオーナーや店舗のスタッフに、お薦めの商品のセールスポイントをきちんと伝えることが前提となる。そこでは従来から培ってきたFCの運営ノウハウが大いに活かされ、商品の開発者から営業や店舗相談員を通じて店舗スタッフにいたる情報の経路が成立している。総菜や弁当の場合には、言葉にした情報だけではなく、店舗相談員や店舗スタッフも実際に試食して、それぞれの感覚でその商品の良さをつかんでいく。自分で確かめた商品だからこそ、自信を持って顧客に薦めることができるわけだ。
顧客に薦めたい良質の商品があるからこそ意味のある接客ができる。同時に、きちんとした接客ができるからこそ高付加価値の商品を販売できる。高付加価値化と接客重視の二つの施策は、相互に好影響を及ぼしあって、高度な情報発信力に結び付いている。
それに加えて、これまでの商品開発の実績が消費者に評価されていることの効果も見逃せない。良い商品を次々に出してくる店だという認識が顧客の間に定着していたことが、高付加価値の商品を投入した際にも、顧客に「一度は試してみよう」という気持ちを起こさせる下地となっていた。それは一種のブランド力である。
いまやセブン−イレブンは、「消費者を知る力」をベースとする卓越した商品開発力に、一万を超える店舗網をメディアする情報発信の仕組みと、過去の実績の結晶であるブランド力を加えることで、「消費者を動かす力」においても、きわめて有力な一社となりつつある。
特集の構成
■消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
■ケーススタディ(1):セブン−イレブン・ジャパン−「知る力」と「動かす力」のハイブリッド−
■ケーススタディ(2):斑尾高原農場−未来形リテールのビジネスモデル−
■三つのヒント−物語性、ライフシーン、学び−
関連レポート
■コンビニ進化論−巨大店舗網にひそむ陥穽−
(読売ADリポートojo 2000年7月号掲載)
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