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チェーンストアエイジ 2004年10月1日号掲載
<特集>消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
ケーススタディ(2)
斑尾高原農場−未来形リテールのビジネスモデル−

 ジャムの製造・販売を主力とする企業である。03年度の年商は17億円。大きな企業ではない。本社は長野県三水(さみず)村。長野市の市街地から北東に車で30分走った高台に、ワイナリー、レストラン、ショップと併設されている。直営店の全国展開をはじめて、ようやく全国区の知名度を獲得しつつあるが、今の時点では長野の一地方企業と言ってよいだろう。しかし、この企業は、これからのリテールビジネスを考えるうえで、きわめて興味深い戦略と事業構造を有している。


ペンションから農場へ

 斑尾高原農場のビジネスモデルの最大の特徴は、その事業構造にある。主力のジャムやワインを作る工場。そのための原料を作る農場。そこに併設されたレストラン。首都圏や近畿圏へも展開している直営の店舗網。同社の事業は農業、製造業、小売業、サービス業と、実に幅広い産業領域にまたがった構造となっている。
 同社の創業は、大手GMSを入社1年で飛び出した久世良三氏が、1975年にスノーリゾートで有名な斑尾高原にオープンしたペンションである。現在の社名は、ペンション時代、宿泊客に出していた自家製のジャムのラベルに記したブランド名に由来している。このジャムが好評だったことから、久世氏は82年、ペンションを閉じてジャムの製造を主力とした株式会社斑尾高原農場を設立した。はじめは一種の遊び心で生まれた「斑尾高原農場」という名称は、旅先のフランスでの体験を経て、久世氏の頭の中で鮮明な事業構想として像を結んでいく。

「ペンションを辞めた後、女房と二人でフランスの田舎をレンタカーで回ったんですが、そのときにフランスの田舎の豊かさ、人々の地方の食文化に対する誇りの高さ、家庭での生活を楽しむ様子といったようなことに感銘を受けました。高度成長期の日本にはなかったものですが、いずれ社会が成熟してくれば、日本でも、食文化や農業を楽しんだり、農村自体を癒しの場として使うような時代が来るだろうと感じたのです。」(久世社長)

 久世氏はフランスから帰るとすぐ、欧州の伝統的な農場のように、農業と食品製造を一体化させた事業の創出に向けて動きはじめる。その思いに応えたのが、斑尾山の南麓に位置する三水村であった。地域の農業を基礎とする町おこしを目指していた三水村にとって、久世氏の構想はきわめて魅力的であった。
 88年、斑尾高原農場は、三水村との共同事業のかたちで、現在の本拠地にジャムの原料となる果物の畑を確保し、本社施設とジャム工場、レストランを併設した。試行錯誤の末にワイン用のぶどうの栽培とワイン醸造の事業化にもこぎつけ、ウェディングパーティのサービスもはじめた。品質にこだわった商品開発は、ドレッシング、ソース、ハチミツ、ジュースなど、次々に幅を広げていった。自己満足に陥らないようにとの考えから、モンド・セレクションなど国際的なコンクールへも出品し、数々の賞を獲得してきている。


「農・製・販・サービス」一貫型モデルの優位性

 次のステップとして、99年に軽井沢のアウトレットモールに開設した直営店の成功を皮切りに、直営店の展開を開始した。長野県内での多店舗化に続いて、既に首都圏、近畿圏、九州にも進出を果たしている。「農・製・販・サービス」一貫型のきわめてユニークなビジネスモデルが成立したのである。この事業モデルは、それぞれの事業が相互に好影響を及ぼしながら連動する仕組みとして機能している。
 良質な加工食品を作ろうとすると、良質な素材の確保は大前提となる。そのためには、自ら素材も作る農・製一貫の体制は強力な武器になる。また、素材や製法にこだわった商品を販売するには、そのこだわりをいかに消費者に伝えるかがポイントとなるため、直営店の展開は、事業構造上、きわめて大きな意味を持ってくる。

「ただ販売量を伸ばすためであれば、製造卸に徹して小売はデパートやスーパーに任せれば良かったのかもしれません。ですが、それではどんなに質の高いものを作っていても、いずれは消耗戦に巻き込まれてしまうと考えられました。当社の商品のブランドを確立し、事業として安定させるには、自分たちの手で販売まで手掛けることが不可欠だったのです。」(久世社長)

 商品を販売する際には、こだわった素材、それも自社で育てた農産物を使っているという事実は、店と商品の信頼性を高めるうえで有力なセールスポイントとなる。しかも、その農場にはウェディングパーティまでできる洒落たレストランがあって、誰でもそこに行って自分でそれを確かめられるということになると、信頼性を超えて、物語的な色彩をも帯びてくる。直営店のスタッフを通じて、事業の背後にあるメッセージを伝え、顧客のイマジネーションをかきたてることで、同社の「消費者を動かす力」は一段と強力なものとなってくる。

「県外の直営店のスタッフも含め、新しく入った社員は全員、本社での研修を課しています。そこでは個々の商品についての知識よりも、当社の事業の原点に触れながら、それに対する私たちの『思い』を学んでもらいます。それが当社で働いてもらううえで一番重要だと思っているからです。」(久世社長)

 さらに、農場のスタッフが首都圏や近畿圏に出向いていって、直営店や通信販売の会員を招いてワイン講習会を開催したり、顧客に実際の農場に触れてもらえるように、作物の収穫やワイン作りを体験できるツアーも企画している。受け入れ体制に限界があるため、今の時点では年間数百人単位の規模にとどまっているが、企画の多様化も含め、今後はさらに積極的に取り組んでいく考えだ。
 このような「農・製・販・サービス」一貫型のモデルは、リテールビジネスの未来形であるとともに、グローバル化時代の日本の農業の将来像を考えるヒントでもある。海外産地との競争にさらされる、これからの日本の農業が生き残りを模索するうえでは、単に作物を生産するだけではなく、付加価値の高い食品製造業との融合、さらには、農業や農村自体をサービス業のコンテンツや舞台として活用していくことは、有望な選択肢になると考えられる。


さらなる進化に向けて

 現在、斑尾高原農場の直営店は、国内各地で新たに開設される複合商業施設のテナントとして引く手あまたの状態で、レストランや卸売りも含めた04年度の年商は、前年を3割以上上回る23億円台を予想している。「農・製・販・サービス」一貫型の事業構造を構築したことで、新たな発展段階に入ったものと評価できるが、基本となる商品やサービスのクオリティの追及にも余念がない。

「誰もが簡単に海外に行って、本物に触れて来られる時代ですから、私たちもそうした国際的な水準での人材育成をしていかないと、お客様に満足していただくこと、まして感動を与えられるような店づくりやサービスはできないと思っています。そこで、できる限り多くのスタッフを、ヨーロッパや米国に視察や研修に出して、私たちがモデルにしてきた農場やワインの技術、ビジネス、レストランやショップの先進的なサ−ビスを学んできてもらうようにしています。」(久世社長)

 業容が拡大し、また多彩になっていくと、人材の重要性は従来以上に高まってくるが、斑尾高原農場は人材を吸収するうえでの優位性も有している。同社の社員のうち県外出身者は約6割にも達している。人材の面では既に全国区だ。これは、現代版の農場という事業構想の魅力と、久世氏をはじめとする社員の事業に対する「思い」への共感が、多くの若い人材を惹きつけていることの証と言えるだろう。
 県外出身比率の高さは、地域振興の視点からすると、雇用の受け皿になっていないということでもある。しかし、日本のさまざまな地域から異なった生活文化を背負った若者たちを村に呼び込むことは、地域の魅力を再発見し、それを全国に向けて、さらには世界に向けて発信することにもつながる。それは、経済が成熟した現代の日本では、雇用創出以上の貢献ともなり得る。
 リテールビジネスの視点からだけでなく、日本の新しい農業や地域振興、地方文化や食文化の維持・承継を考えるうえでも、斑尾高原農場の今後の展開からは目が離せない。


特集の構成

■消費者を動かす力−脱・安売り競争時代のキーワード−
■ケーススタディ(1):セブン−イレブン・ジャパン−「知る力」と「動かす力」のハイブリッド−
■ケーススタディ(2):斑尾高原農場−未来形リテールのビジネスモデル−
■三つのヒント−物語性、ライフシーン、学び−


関連レポート

■日本の農業の未来像−DASH村モデルの将来性−
 (読売ADリポートojo 2003年4月号掲載)

●斑尾高原農場のホームページへ


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