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読売ADリポートojo 2003年4月号掲載
「経済を読み解く」第36回
日本の農業の未来像−DASH村モデルの将来性−

 いよいよプロ野球が開幕。松井選手の抜けたジャイアンツがどうなるか、楽しみなところだが、その裏で一つ残念なことがある。日曜夜のテレビ番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の放送が、ナイター中継と重なるため月一回程度に減ってしまうのである。この番組は、アイドルグループ「TOKIO」が出演する人気バラエティーだが、ただ面白いだけの番組ではない。番組中の企画の多くに、日本の経済、社会の未来像を考えるヒントが満載されているのである。今回は、そのなかでも人気の高い「DASH村」の企画をとおして、日本の農業の未来像を考えてみたい。


グリーン・ツーリズムとDASH村

 DASH村の企画は、山間の廃村を舞台に、TOKIOのメンバーが自分たちの手で四季折々の農作業や家づくり、村づくりに挑戦しようというものである。彼らの挑戦は、近隣の村の人々の協力と年季を積んだ「プロ」の指導のもとで進められ、今では番組の代名詞ともいえる人気企画となっている。作物を育てる。家を作る。井戸を掘る。もちろん、うまくいくことばかりではない。台風や病気で作物がダメになったり、せっかく作った露天風呂があっさり壊れてしまったり。村の中心となっていた木造家屋が火災で燃え落ちるという事件さえ経験しているが、そうした出来事の一つ一つが物語を生み、多くの視聴者を引きつけてきたのである。
 DASH村の企画は、さまざまな世代の人々に訴えかける多様な要素を持っている。上の世代には、昔ながらの農村の暮らしに対するノスタルジーがあるだろう。若い人たちには、遊びとしての農作業、遊び場としての農村というのが新鮮に受け止められている。子供たちに対しては、農作物を作る過程や、それにまつわる昔ながらの知恵、文化を楽しく伝える、教育的な価値の高いコンテンツとなっている。
 DASH村が持つ娯楽性、教育性、文化性といった特性は、DASH村に限らず、農業や農村そのものが持つ性質といえるだろう。その特性を活用しようという考え方は、ヨーロッパで生まれた「グリーン・ツーリズム」のコンセプトそのものだ。このコンセプトは、農村の活性化策として、政府や自治体が十年ほど前から盛んに取り上げてきたが、DASH村の企画はそれをきわめて鮮明に表現したものといえる。今や「グリーン・ツーリズム」というよりも「DASH村みたいな」といった方がピンと来る人が多いのではないだろうか。


DASH村が示す第三の方向性

 政府がグリーン・ツーリズムを提唱し、筆者がDASH村に注目している背景には、産業としての農業が危機的な状況に置かれているという事実がある。経済のグローバル化と輸送技術の進歩によって、生産コストの低い海外産地との競合にさらされた結果、日本の農業は、産業として成立しなくなっている。それを補助金と輸入規制によって、何とか生き長らえさせている状況だ。しかし、世界の趨勢が貿易の自由化に向かっている現在、日本がいつまでも今のままの農業を守れるとは考えにくい。
 そうした状況の打開策としては、大きく分けて三つの方向性が考えられる。第一に、徹底的に生産性を高め、輸入品との価格競争を受けて立つという方向性がある。そのためには、事業規模の拡大や企業的な経営手法の導入などの方策が必要になるだろう。第二には、品質や安全性などの点で輸入品との差別化が可能な作物、農法にしぼり「付加価値の高い」農業を目指すことが考えられる。その際には、魚沼産コシヒカリや松阪牛のようにブランド化を図ることや、流通チャンネルの選択も重要なポイントとなる。
 これら二つの方向性は、かつて日本の製造業が競争力を獲得していったパターンを追いかけるものだ。いわば、農業の産業化を推し進める方策である。それらと対照的な第三の方向性こそが、DASH村モデルである。農村が持つ娯楽性、教育性、文化性を大事にし、活用しようという行き方だ。そこでは、農産物の供給という農業本来の役割は二の次になる。ビジネスモデルとしては、観光、娯楽、教育などのモデルに近いものが想定される。このモデルが農業としての主流になることはないだろうが、日本の景観や文化を維持していくうえでは、きわめて重要な意味を持ってくるはずだ。


仕事を遊ぶ「豊かな時代」

 DASH村モデルは、食料の供給という観点からすると、あえて効率の悪い農業を温存するものであり、それは一種の「ぜいたく」でもある。それが許されるのは、私たちが、供給過剰の「豊かな時代」に生きているからだ。豊かな時代には、モノを生産する効率は落としても、そのモノから得られる満足度、さらには生産するプロセスの方から得られる喜びを押し上げる方が望ましい。
 仕事を遊ぶ、あるいは仕事のなかに楽しみを見いだすのは、単に物質的に豊かな時代を、本当の意味で豊かにしていくための正しいスタイルだと言えるだろう。これは、必ずしも農業だけに限らない。料理や日曜大工、洋裁・和裁を趣味にするというのは昔からあったが、これらは、仕事を遊ぶスタイルの先駆けといえる。DASH村モデルの農業は、その発展形、進化形というわけだ。
 生産性や効率性だけに目を奪われていると、日本の農業が持つ豊かな将来性を見落とすことになる。DASH村の企画が示してくれた農業の娯楽性、教育性、文化性。日本の農業の一部は、これらを生かすことで、現在の経済環境に適応した、まったく異質な存在に生まれ変わる可能性を秘めている。


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