下図は、日本の一人当たり可処分所得の推移を示したものである(2001年の価格水準に置きなおした実質値)。日本の消費者の「経済水準」を示す指標だ。
この図からは、1990年代の日本経済の停滞の様子が読み取れるだろう。バブル崩壊以後の景気の低迷で、所得の伸びはほぼ頭打ちとなり、深刻な金融不安に見舞われた98年以降は減少基調に転じている。とは言っても、近年の所得水準は、歴史的に言えば、依然としてきわめて高いレベルにあることも見ての通りだ。戦後の復興を終え、経済白書に「もはや戦後ではない」と記された56年と比べると、01年の所得水準は約6倍にもなっている。製造業や流通業の急成長にともない商品が市場に溢れた高度成長期を抜けて、家電製品が一通り普及した73年との比較でみても、ほぼ5割増しの水準だ。
言い換えれば、今の日本の個人消費の約3分の1が、衣・食・住の基礎的なニーズを満たしたうえに積み上げられた「ゆとり」、悪く言えば「贅沢」の部分だということだ。当然この部分は、その時々の経済環境や消費者一人一人の心理状態に左右されやすい、不安定な性質を持っている。いわゆる「必需的消費」に対する「選択的消費」である。
消費者が豊かになるにつれて、この選択的消費の割合が高まってくる。趣味とか娯楽、教養、文化といった領域の消費需要が伸びてきたのもその流れに沿うものだ。ところが、所得が伸び悩んだ90年代にも、趣味や娯楽の部分の比率は上昇を続けている。それと引き換えに削られているのは、基礎的な需要と位置付けられてきた衣・食・住の各分野である。01年の消費額は、90年代半ばのピーク時に比べて、食品(外食は含まない)は5%、家具や家電、家事サービスなどの住関連は2%、衣料品にいたっては22%も減少している(いずれも実質ベース)。
これは、本来基礎的な消費需要である衣・食・住の領域にも選択的な部分が大きくなっていたということだ。そして選択的な需要のなかでも、衣・食・住より趣味や娯楽が優先されているということでもある。「食費を削ってでもディズニーランドに行く」とか「ブランド品を買うか海外旅行に行くかで迷う」というのは、もはや特殊なケースではない。所得や消費の総額は停滞を続けているが、その中身は変容を続けている。その動きを読むのは容易ではない。
「豊かさ」のなか、停滞しつつも不安定化し変容を続ける現在の消費市場は、消費者を相手にする企業にとって、もっとも厳しい環境なのかもしれない。
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