2004年の前半には、景気は回復基調で推移した。それを受けて、景気刺激のために極端な緩和状態にあった金融政策を、通常の状態に戻していこうという議論が盛り上がってきた。そこでのコンセンサスは、経済がデフレの状態を完全に脱却したところで、金融政策も平時のものに戻そうというものであった。今、経済政策を考えるうえでは、デフレの行方がきわめて重要なポイントとなっている。
デフレ脱出は微妙な状勢
しかしこの先、デフレの状態を抜け出せるのかどうかは、きわめて微妙な状況になってきた。これまでの景気回復の動きは一部の産業、企業にとどまっているし、リードしていたはずの電気機械産業の業況にも陰りが見えるなど、先行きの不透明感が強まっているからである。
2005年には景気は再び失速するという見方もある。そこまでではなくても、このまま、はっきりしない状態がしばらく続くということも十分考えられる。
ただ、そうした議論が重要な意味を持つのは、あくまでもマクロレベルの経済政策を考えるうえでの話である。現実にビジネスを運営している立場からは、日本経済全体のデフレを業況不振の言い訳にできる時代は、すでに終わっている。
景気回復はモザイク模様
今回の景気回復は、経済のすべての分野が明るくなるような力強い拡大にはなっていない。明るい部分と暗い部分が入り混じった、いわば「モザイク型」の回復である。自動車産業や中国向けの輸出に支えられた素材産業、そしてデジタル家電をヒットさせた家電や電子部品のメーカーなどが明るさを増す一方で、その他の多くの産業が暗い状態で取り残されている。
リテールの業界も、全体としては暗い部類に入っている。しかし、そのなかにも好調だった企業や復活を遂げた企業も少なくない。同一の産業のなかでも明暗の入り混じるモザイク模様が形成されているのである。
好調だった産業、企業では、高品質・高価格の商品で新しい市場を開拓した企業が目立つ。薄型大画面テレビなどで売り上げを伸ばした電機産業がその典型だ。リテールの領域でも、高級おにぎりをヒットさせたコンビニや、限定ハンバーガーで盛り返したハンバーガーチェーンの例がある。
これには、所得が伸びないなかで最大限の満足を得るために、「これぞ」という分野や、「ここぞ」というときには高額の出費もいとわない、メリハリのある消費行動をとる消費者が増えてきたことが背景にある。このトレンドを捉えて高価格帯の市場を開拓した企業は、すでに自らの経営をデフレの呪縛から解き放っている。
事業戦略はデフレを忘れることから
人口が減少に転じ、大部分の商品やサービスで需要が減るのが普通になるこれからの時代には、今回のようなモザイク型が、景気拡大の標準的なスタイルになるだろう。今後はたとえ好景気であっても、成長するのは新しい商品やサービスを開発して新しい需要を生み出した、一部の産業や企業に限られる。
モザイク型の拡大においては、経済成長率や物価上昇率など経済全体の平均的な数値は、個々の企業経営を考えるうえでは、ほとんど意味をなさなくなる。それどころか、デフレだから価格引下げだとか、デフレが終わったから単価を上げようというような、世間の平均に目を奪われた事業展開をしていては、それ自体が敗因となりかねない。
これからの時代、経済や社会のトレンドをつかむには、単純化した平均値に注目するのではなく、明暗の入り混じるモザイク模様の全体像をそのままの形で把握することが必要だ。その第一歩として、デフレだという思い込みをひとまず捨てて、それぞれの市場を冷静な目で再検討することで、次の展開に向けたヒントが見えてくるのではないだろうか。
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