最近、新聞や雑誌、テレビで、「デフレ」という言葉を目にする機会が多い。「デフレーション」の省略形で、「物価の持続的な下落」を意味する言葉である。確かにここ数年、物価は下落基調にある(下図)。この現象は私たちにどのような影響をもたらすのだろうか。
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全国消費者物価上昇率の推移 |
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- 全国消費者物価指数(総務省統計局)の対前年度比上昇率の推移
- 97年度の上昇には消費税率引上げの影響が含まれている
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デフレの功罪
消費者の立場からすると、物価が下がるというのは、たとえ収入が同じでも、より多くの商品やサービスを手に入れることができるようになるわけで、これはうれしい話だ。
ところが、商品を作ったり売ったりする供給サイドに立つと、同じ量、数の商品を売っても、収入が減るわけで、こちらにとっては困った話ということになる。一番ストレートに影響を受けるのは中小企業のオーナーや商店主だ。また、大企業でも、収入の減少に対応するためにコスト削減を迫られ、従業員の給与を引き下げたりリストラしたりということになり、サラリーマンにも悪影響が及んでくる。
大多数の人々は、買う側、すなわち消費者としての立場と、売る側、すなわち生産者としての立場の両方を持っている。したがって、本来デフレには、私たちにとって良い面と悪い面の両方があるということになる。
デフレ・スパイラルへの道程
物価の下落基調は、94年の後半から95年にかけて鮮明になってきたが、そのころ、「価格破壊」という表現が流行語となっていた。紳士服や家電、食品など、さまざまな分野の新興量販店が、低価格を武器に、既存の流通業者、流通システムに戦いを挑んできた。その合言葉が「価格破壊」である。その言葉どおり、従来の価格の常識は打ち壊され、新興勢力は消費者の支持を受けて急成長を遂げた。このころは、物価下落は人々に歓迎されていたのである。
しかし、既存の流通業者が反撃に転じたことで、状況が変わってきた。低価格には低価格を。既存の大手流通業者は、新興勢力に対して価格引き下げで対抗した。ちょうどこのころ、規制緩和にともなって大型店の出店が加速し、既存勢力同士の競合も急速に激しくなってきていた。新興勢力も巻き込んだ競合は際限のない値下げ競争となり、各社が利益を犠牲にしてつぶしあう泥沼の消耗戦がはじまったのである。
その結果、流通業者の利益は低迷し、体力のない新興勢力だけでなく、大手にも淘汰される企業が出てきた。あおりを食った一般の商店も商売を続けられなくなり、商店街はさびれていった。また、小売り段階での価格競争は、問屋やメーカーへも値引き要請の形で波及し、業績不振は企業セクター全体へと広がった。
企業の不振は、そこで働く人々の賃金カットや雇用の削減につながり、それが消費を冷え込ませる。その結果、価格競争はますます激しくなる。物価下落と不況の循環、「デフレ・スパイラル」である。90年代末、ユニクロやマクドナルド、100円ショップのダイソーなど、価格破壊の新たなヒーローが脚光を浴びる一方で、物価の下落は、不況の原因として疎まれるようになった。
崩壊の止まるとき
今、企業間の値下げ競争にともなう物価の下落は、だれにも止められない状態になっている。最近では「価格破壊」という表現は使われなくなったが、それは、物価下落の性格が、だれかの意図による「破壊」から、制御不能の「崩壊」とでもいえるような状況になってきたためだ。
それでは、この「価格崩壊」にブレーキは掛かるのだろうか。それを考えるには、そもそも、なぜ物価が下がりはじめたのかを明らかにする必要がある。
「価格破壊」は、新興量販店の挑戦からはじまった。しかし、それは根本の原因ではない。原点に立ち返ってみると、商品の値段は、「売りと買い」、「供給と需要」のバランスで決まる。供給が過剰であれば下がり、需要が過剰であれば上がる。80年代末から90年代の日本では、供給過剰が急激に拡大したのである。
まず、80年代後半からの規制緩和を受けて、海外、とくに東南アジアや中国などからの供給圧力が高まった。その背景には、東西冷戦の終結によって、世界中の経済活動が資本主義経済の枠組みの下で一体化に向かう、いわゆる「経済のグローバル化」の流れがある。そのなかでは、日本だけが規制によって国内市場を守っていくわけにはいかなくなったのである。
そこへ、バブル崩壊にともなう需要の低迷が重なった。それらの結果、日本は急激に供給過剰の状態に陥ってしまった。これが今日まで続くデフレの根本的な原因であり、その構図は今でも変わっていない。
それを前提にすると、企業が値下げ競争の泥沼を抜け出すには、人々を引きつける魅力的な商品やサービスを生み出していくほかにない。そして、経済のエネルギーの多くがその方向へ振り向けられることが、価格崩壊脱却の第一歩となるだろう。
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