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日経BP社webサイト“Realtime Retail" 連載
「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」 第1回 2005年4月15日アップ
パズルの大枠−「人口動態」と「豊かさ」の行方−

 2005年、日本経済は絶好調と呼ぶにはほど遠いが、経済再建の試金石と見られてきたペイオフ凍結の「本格解除」に踏み切れる程度には立ち直ってきている。そうした中で、個人も企業も将来に向けた前向きな動きを少しずつ再開し始めており、断片的ではあるが、経済や社会の将来像が少しずつ垣間見えるようにもなってきた。そこには、消費者のパワーアップの新たな展開や、リテールビジネスの進化の方向性を示唆する断片も含まれている。
 ただ、そうした将来像の断片を断片のままで見ていたのでは全体は見えてこない。また、「風が吹けば桶屋が儲かる」の例えのように、全く関係がないように見える領域同士が密接な関係を持っている可能性もあるため、そうした関係性が把握できていなければ、個々の領域についても正確に見通すことは難しい。
 この連載では、見え始めた未来の断片を拾い集めてつなぎ合わせることで、私たちの暮らしやそこに介在するリテールビジネスの領域を中心に、その未来像を描き出してみたい。
 第1回となる今回は、このパズルの大枠を構成する2つの大きな断片、具体的には「人口動態」と「豊かさ」について確認しておこう。この2つは、今後の連載でもたびたび触れることになるキーワードでもある。


高齢化と人口減少

 人口の動きは経済や社会のあらゆる面に影響を及ぼす。また、10年、20年といった期間であれば、技術や産業構造、あるいは人々の嗜好など、他のファクターに比べてかなりの確度で見通すことができる。そのため、経済や社会の動きを長い目で見ていこうとするときには、人口動態をベースに考えることが多い。近年の日本でも、「高齢化」や「人口減少社会」といった人口動態を表す言葉が経済や社会の未来を語る際、枕詞のように使われている。
 人口動態上の動きをよりストレートにとらえてみると、実際に起きているのは人々の寿命が長くなる「長寿化」と、夫婦が生み育てる子供の数が減少する「少子化」の2つが潮流ということになる(図1、2)。


図1 平均寿命の推移
  • 厚生労働省発表資料より作成

図2 合計特殊出生率の推移
  • 厚生労働省発表資料より作成
  • 「合計特殊出生率」とは、15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計した値で、一人の女性が一生の間に出産する子供の数の平均値を表す。


 これらはいずれも、総人口に占める高齢者の割合が大きくなる高齢化の要因となっている。他方、総人口に対しては長寿化が増加要因、少子化は減少要因と反対方向に働くが、どうやら2005年には少子化の効果が長寿化のそれを逆転して、いよいよ人口減少社会が現実のものとなりそうな状況だ。
 高齢化と人口減少は、いずれもどちらかというと暗いニュアンスで語られることが多い。しかし、これを長寿化と少子化に分解して考えてみると、必ずしも悪いこととは限らない。例えば長寿化は医療技術の進歩や生活水準の向上の結果、人々が長生きできるようになったということであり、基本的には喜ばしいことだ。少子化についても同様の背景で、乳幼児の死亡率が低下したことの反映という面もあり、その限りではやはり喜ばしいことだといえる。
 ただ、高齢者の割合が高まることは、社会保障のシステムが不安定化するのをはじめ、現役世代と引退世代の間の摩擦を起こしかねない。人口の減少は経済成長の鈍化を通じて、企業の存続や雇用の安定を脅かすことになる。
 また、私たち一人ひとりの人生設計においても、従来のように企業に勤めて定年を迎えたら引退というような働き方をしていると、寿命が延びた分は仕事を引退した後の余生の長期化につながり、その時期に「何をして過ごすか」「どうやって食べていくか」が深刻な問題としてのしかかってくる。準備が間に合わないと、退屈で無味乾燥な余生を送ることになるだろう。これらはやはり無視できない問題といえる。
 高齢化の進行と人口減少は、程度のブレはあってもその傾向自体はほとんど動かし難い。それは、日本の経済や社会の未来像を描き出す上での大前提となる。
 ところが、人口動態上の変化から生じる問題への対応は、政策の面でもビジネスや個人の生活様式、人生設計の面でも状況の変化に対してまだまだ立ち遅れている。これからの時代、リテールビジネスと私たちの生活の変化は、この遅れを埋めていく動きが基調をなしていくと想定される。


「豊かさ」の達成

 もう一つの大きな前提は、現代の日本人は少なくとも経済的な意味では、相当に豊かな時代に生きているということである。図3は、日本における一人当たりの可処分所得の推移を示したものである(2003年の価格水準に置き直した実質値)。つまり、消費者の経済的な「豊かさ」のレベルを示す指標だ。


図3 人口一人当たり実質可処分所得の推移
  • 内閣府「国民経済計算年報」等より作成
  • 個人消費デフレータを用いて算出した2003年基準の実質値


 この図からは、まず1990年代において日本経済が停滞していた様子が読み取れるだろう。バブル崩壊以後の景気の低迷で所得の伸びはほぼ頭打ちとなり、深刻な金融不安に見舞われた1998年以降は減少基調に転じている。とはいっても、近年の所得水準は歴史的に見れば、きわめて高い水準にある。
 戦後の復興を終え、経済白書に「もはや戦後ではない」と記された1956年と比べると、2003年の所得水準は約6倍にもなっている。製造業や流通業の急成長に伴い、商品が市場に溢れた高度成長期を抜けて、家電製品がひと通り普及した1973年と比較してみても、ほぼ5割増しの水準だ。
 言い換えれば、今の日本における個人消費の約3分の1が、衣・食・住の基礎的なニーズを満たした上に積み上げられた「ゆとり」、少し悪く言えば「贅沢」の部分にあたるということだ。このゆとりの部分は、その時々の流行や経済環境、あるいは個々の消費者の心理状態に左右されやすい、不安定な性格の需要となる。いわゆる「必需的消費」に対する「選択的消費」である。
 消費者が豊かになるにつれて、この不安定な選択的消費のウエイトが大きくなってくるため、消費の動向を見通すことは難しくなる。消費者を相手にする企業の立場からすると、消費者の潜在的なニーズを見つけること、あるいは消費者の欲求をかき立てることは、彼らが豊かになればなるほど難しくなっていく。このことは、今後の消費とリテールビジネスの展開を考えるうえで重要な前提条件となる。
 消費者のニーズがどのように変化していくかは、リテールビジネスだけでなく日本経済全体の未来像を描き出す上でも大きなカギとなる。そして、それを見通すには消費市場のトレンドにとどまらず、経済や社会の様々な側面から検討していくことが必要だ。


高齢化がもたらす「豊かさ」の停滞

 ここで取り上げた人口動態上の変化と「豊かさ」の達成は、いずれも経済や社会の未来像を描き出す上での大きな前提条件となるが、それらは相互に密接な関係を持ってもいる。
 過去においては、豊かさの達成が人口動態上の変化を引き起こすという関係性が顕著だった。長寿化と少子化の背景となった生活水準の向上が、豊かさの賜物であることはいうまでもないだろう。さらに、豊かさがレベルアップしたことで、お金で買える楽しみが多様化、高度化し、子育てに時間とエネルギーを費やすことを躊躇したり、出産の時期を遅らせる傾向が生じている。これが人口を維持できないレベルにまで少子化を進行させた可能性も高い。
 他方、将来を考える上では、人口動態の変化が豊かさに及ぼす影響は重要性を増してくる。高齢化の進行は生産活動に参加する人の割合を低下させることにつながるので、経済全体としての需給逼迫をもたらす(図4)。その結果、日本人の豊かさは減退する可能性こそ小さいものの、その向上ペースがスローダウンすることはほぼ確実な状況である。今後は「豊かな時代」であることに変わりはないものの、そのレベルは頭打ちで、人口減少に伴う経済成長の鈍化とも相まって、停滞感、あるいは閉塞感が高まることも考えられる。


図4 人口構成の推移
  • 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成14年1月推計)」における中位推計のデータ等より作成


 人口動態と豊かさという二つの大きな断片をつなぎ合わせてみると、高齢化と人口減少、豊かさと停滞、といった日本の未来像の大枠が見えてくる。次回からは、そこにより具体的なピースをはめ込んでいくことにしよう。


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連載「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」

第1回 パズルの大枠−「人口動態」と「豊かさ」の行方−(2005年4月15日)
第2回 リテール産業の時代性−時代がうながす主役交替−(2005年5月16日)
第3回 三つの競争力−脱・デフレを目指す事業戦略のために−(2005年6月16日)
第4回 パワーアップする消費者−第四の力、「発信力」が焦点に−(2005年7月15日)
第5回 「豊かさ」の代償−経済発展の光と影−(2005年8月11日)
第6回 これからの「仕事」−人生モデルの変容と新しい「豊かさ」−(2005年9月22日)
第7回 消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−(2005年10月6日)
最終回 消費とリテールの未来像−舞台は「心」の領域へ−(2005年10月20日)


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