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読売ADリポートojo 2005年6月号掲載
連載「経済を読み解く」第58回
人口の減少と集中と−高度成長の重いツケ−

 このところの日本の人口の推移をみると、どうやら今年、2005年は、日本の人口が最も多かった年、あるいは減りはじめた年として記録に残ることになりそうだ。
 もっとも、その変化はきわめて微妙で、日常のビジネスや生活において実感されるようなものではない。また、人口動態に関しては地域的な格差が大きいために、時間的な変化が目立たないという面もある。


都会の少子化、田舎の高齢化

 2004年、日本の人口は0.05パーセントとごく小幅ながら増加した。これを都道府県別にみると、増加しているのは12の都府県に過ぎない。多くの県はすでに人口減少時代に入っているわけだ。
 しかし、増えている都府県の多くが、人口が集中している地域にあたるため、日本の総人口のほぼ半数が、人口が増えている都府県に居住している形になっている。さらに、減少している県でも、県庁所在地など、人口の集中している都市部では人口が増えている場合が多い。そのため個人のレベルでは、自身の生活空間において人口減少を経験している人は、依然として少数にとどまっているのである。
 ただ、人口が減っているのは田舎であるが、人口減少の最大の要因である少子化の進行では、都会の方が先行している。
 子育て段階にあると想定される20歳から49歳の大人一人に対する子供の数をみると、都会(ここでは、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、京都、兵庫、滋賀、愛知の9都府県を想定)では0.21人であるのに対して、田舎(上記以外の道県)では0.25人となっている(下表参照)。これは、少子化の傾向は都会でも田舎でも明らかに見られるものの、その程度は都会の方がより甚だしい、あるいは先行しているということだ。
 にもかかわらず、田舎の方が先に人口を減らしはじめているのは、子育て世代の比率が低い一方で、高齢者の比率が高いためである(表)。要するに、子育て世代の人々それぞれが生み育てる子供の数は田舎の方が多いが、その世代の人が少ないため、出生数が死亡数と県外移出数に追いつかず、人口が減っているのである。
 「少子高齢化」とひとまとめに言われることが多いが、その進行という意味では、少子化は都会、高齢化は田舎が先行する形で、地域的には大きな違いがあるわけだ。


都会と田舎の比較


遠因は高度成長期の大移動

 都会と田舎で人口構成が大きく違っているのは、日本経済が高度成長を遂げた1950年代から60年代にかけて起きた大規模な人口移動の結果である。
 この時期には若年層を中心に、田舎から都会への人口移動が進んだ。それは一言でいえば、国の中核産業が農業から製造業へと移行するのにともなって生じた、新たな仕事を獲得するための移動であった。この大移動は、急速な経済成長を可能にしたのと同時に、田舎の高齢者比率を押し上げ、さらには現在の日本社会の悩みの種である少子化の遠因となった可能性もある。
 1950年代から60年代の高度成長においては、欧米先進国からの技術導入に加えて、労働生産性と所得水準の高い製造業への人材の移行が急速に進んだことの寄与が大きかった。その移行は、田舎から都会への人口移動と表裏一体の関係にある。人口移動がなければ、この時期の高度成長は限定的なものにとどまった可能性が高い。
 人口の集中にともなう住宅事情の悪さや生活コストの高さは、都会で少子化が先行した要因の一部と考えられる。田舎と違って、親やコミュニティーに子育ての支援を期待することができないことも関係しているだろう。高度成長期の人口移動は、子供を産み育てる年代の人々を、子育てしにくい地域へ導く形になったのである。
 さらに、経済成長の結果、所得水準が向上した都会では、お金で買える楽しみが多様化、高度化したことも、子育てに時間とエネルギーを費やすことを躊躇させる一因となった可能性がある。また、そもそも、子育てや家庭を築く喜びよりも、経済的な成功やお金で買える楽しみを重視する傾向の強い人ほど都会に集まったということもあるかもしれない。
 これらを含め、因果関係は相当に複雑ではあるが、都会で先行的に生じた少子化の傾向は、経済的な豊かさと、それを重視する価値観とともに、次第に田舎へも伝播していったものと考えられる。


根深い構図

 こう考えると、少子化の根は深い。それを逆転させることは相当に難しそうだ。人口が都会に集中する趨勢も続いている。
 農業が中核産業であった時代には、仕事は土地に付随し、人々は土地に縛られていたが、製造業が主力になると、仕事は資本設備に付随して生み出され、人々は資本に吸い寄せられて都会へと移動した。そして、サービス産業や、製造業でも管理部門や、販売、開発などの仕事のウエートが大きくなった現在では、人が集まっていること自体が仕事を生む形となり、集中が集中を呼ぶ循環的な構造が成立している。
 こうした状況が変わることがあるとすれば、そこでは、産業構造や仕事のあり方、あるいは仕事と生活についての人々の価値観の変化が前提となるだろう。その変化は、いつ、どのような形で生じるのか。それまでの間に、日本の人口はどこまで減少と集中を続けるのか。
 人口の動向は、さまざまな時代潮流を反映する一方で、それとは逆に、経済や社会の多くの領域に影響を及ぼす面もある。人口の動きをめぐっては、常に原因と結果が複雑に絡み合っている。その難解なストーリーを読み解くことは、日本の将来像を描き出す作業そのものと言えるだろう。


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