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三井物産戦略研究所WEBレポート
2011年4月15日アップ
震災と向き合って−「復興後」をめぐる論点整理−

 2011年3月11日、東日本を襲った地震と津波の被害の深刻さは、日本のみならず世界中の人々を慄然とさせた。今回の震災では、発電所の被害が大きく、電力の供給力が大幅に落ち込んだことで、首都圏を含めて、地震や津波の直接の被害が及ばなかった地域にも、マイナスの影響が長期にわたって広範に及ぶ可能性が高まっている。そのため、被災地の生活と経済活動を再び軌道に乗せる復興に向けた動きが緒に就いたばかりの時点で、復興の後の段階に関する議論が、早くも活発になってきている。「復興後」をめぐる議論は多彩な領域にわたっているが、そのなかには、今後の日本を考えるうえで重要な論点も数多く含まれている。


三つの視点から「防災」を考える

 復興後をめぐる議論は、人々の「生活」、生産活動の担い手としての「産業」、それらを支える「政策」の三つの視点から提起されてきている。下の図は、それら三つの視点ごとに主要な論点をピックアップし、その関係を整理したものである。図の中央に記した「エネルギー」や「都市」などの論点は、生活と産業、政策のいずれの視点からも議論が提起されている。「就労形態」や「通勤」については産業と生活の双方から、「災害時の連携態勢」は産業と政策の共通の論点として、そして、生活と政策に重なる論点としては、被災者の支援と生活再建のカギとなる「コミュニティ」や「自治」といった論点が挙げられている。さらに、産業の視点からは震災を前提とした「拠点配置」と「調達網」、生活の視点からは災害のリスクを低減するための「住居選択」や「モラル」の問題、政策の視点からは、防災態勢整備のための「財源」と「組織」の問題が注目されている。

「復興後」をめぐる議論の概観

 図に記した論点のうち、現状で抱えている問題がとくに大きく、対応が迫られている「エネルギー」、「都市」など五つの論点に関しては、議論の内容と想定される展開を囲みの形で記載した。この他の論点にも簡単に触れておくと、「交通・物流」については、震災に際しては常に問題となるが、今回に関しては、震災直後には機能不全の懸念が広がったものの、比較的早期に復旧し、大きな議論にはなっていない。被災地における人々の「モラル」の高さや「自治」と「コミュニティ」の枠組みに関しては、震災後の混乱を最小限に抑えるうえで重要な役割を果たしたと評価されている。「情報・メディア」の領域では、SNSなどの分散型のメディアが震災直後の情報伝達に大きな威力を発揮したことが注目された一方で、流言飛語もネットを介して蔓延したことが問題視された。また、災害時の政策対応を打ち出すうえでの政府の「組織」や政府と産業の「連携態勢」に関しては、改善すべき課題が多々指摘されている。
 これらの議論の根本にあるのは、今回の震災を踏まえて、想定する自然災害の規模を大幅に上方修正したうえで、その場合にも被害やマイナスの影響を極限まで抑え込めるように備えるという、広い意味での「防災」の考え方である。それは当然、今回の被災地に限っての話ではなく日本全体を対象とした議論となる。


共通するキーワードは「分散」

 ここで挙げた種々の論点において、それぞれに想定される動きを整理すると、その多くに共通するキーワードが「分散」である。一般に、平時における効率性、安定性の面では「集約」のメリットが大きいが、非常時における安全性の面では、すべてを失う最悪の事態を回避するための「分散」の意義が大きい。これは、人口分布や経済活動にも、行政機能や企業の本社機能、生産拠点の配置や電力供給、情報網・メディアの態勢にもあてはまる。今回の震災を踏まえて、備えるべき災害の規模と影響度の想定が大幅に上方修正されることで、多くの領域で、集約による平時の効率性・安定性と、分散による非常時への備えのバランスが、分散の方向に修正されることが想定される。
 既に切迫した状況が生じている電力供給の面では、深刻な事故によって原子力への逆風が強まる一方で、化石燃料の価格高騰、供給不安の問題を抱える火力への依存にも限界がある。そのなかで、首都圏で大規模停電の可能性が示唆され、実際に計画停電を経験したことで、企業、地域、住宅のいずれにおいても、省エネルギーの一層の推進と並んで、太陽光をはじめとする再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせた分散型電力供給システムを導入する機運が高まってきつつある。
 また企業においては、本社機能や生産拠点、原材料の調達先の分散を進める動きが目立ってきている。今後は、近年の円高の進行や、予想される電力料金の上昇、防災コストの増大を勘案して、製造拠点や、場合によっては本社機能を海外に移転する動きが加速する可能性もある。
 さらに、より大きな課題としては、人口や経済活動、企業の本社機能、行政機能が極端に集中、集約されている首都圏の防災態勢の整備が挙げられる。今回のような大規模な地震、津波が首都圏で発生する事態を想定すると、住宅やオフィスビル、公共施設等の耐震性能の向上に加えて、東京への一極集中の状況を緩和し、分散の方向に向かわせることも検討の対象となるだろう。
 その一方で、財源に限りがあるなかで被災地の復興や地方都市の防災態勢の整備を進めるうえでは、分散していた人口をある程度は集約し、公共サービスの提供や各種インフラの構築を効率化しようという、いわゆるコンパクトシティの考え方に立って、各種建築物の耐震化や、避難所や堤防の建設などを一定の範囲に集中して実施していくことが効果的であると考えられる。全体としては分散の方向に向かうとしても、分野によっては集約の方向性が必要なケースもあるということだ。


時代潮流との共鳴

 ここで挙げた動きは、震災から1カ月しか経っていない現段階では議論の域を出ていない。当面はすべてに優先して、原子力発電所の事態の安定化と被災者の生活の再建に取り組む必要がある。そして、その局面を抜けても、必ずしも分散を基調とする防災に向けた動きが現実のものとなるとは限らない。分散の方向性は、平時の効率性と安定性を犠牲にしなければならず、コストも含めて痛みが大きいからだ。加えて、復興の段階を抜けて日常の活動が戻るにつれて、防災に向けた意識と覚悟が薄らいでいくことも考えられる。
 しかし今回は、震災以前から動いていた時代潮流と共鳴することで、事態が動く可能性もある。気候変動問題への対応と化石燃料価格の高騰を受けた低炭素化の潮流は、震災前から、分散型を含む再生可能エネルギーの開発・導入の大きな促進要因となっていた。また、近時の円高の定着や新興国市場の高成長、さらには日本の政治に対する不安感の高まりは、多くの日本企業にとって、生産拠点や本社機能の国外シフトを真剣に検討せざるを得ない環境をもたらしていた。コンパクトシティの構築は、地方における高齢化対応として浮上してきていた考え方であるし、被災地の復興に加えて全国的な防災態勢を拡充するための財源確保をめぐる議論は、従来からの財政再建に向けた増税論と連動してくることが考えられる。
 こうした時代潮流との共鳴を前提にすると、自家発電の導入による電力供給源の分散と、企業の事業拠点の海外展開を含む再配置に関しては、相応の規模感、スピード感をもって進む可能性は十分ある。それに対して、都市をめぐる問題、取り分け東京一極集中の是正については、難航が予想される。それは、サービス産業を主力とする現代の経済においては、人口の集積は事業機会を生み、それが一層の人口の流入を呼ぶというスパイラルが、人口を集中させる強力な圧力となっているからだ。その圧力に抗って東京への一極集中を是正するうえでの障害とコストは、きわめて巨大なものになる。しかし、東京一極集中の是正は、日本全体の防災を考えるうえで避けて通れない課題である。今後、防災に向けた動きが、この課題への取り組みにまで行き着くか否かは、震災に見舞われた日本が、それと正面から向き合い、乗り越えていけるかの試金石となるだろう。


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