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読売ADリポートojo 2002年1月号掲載
連載「経済を読み解く」第22回
そろそろ、テロについて−9月11日テロ事件の影響をどうみるか−

 この連載ではこれまで、9月11日にアメリカで起きたテロ事件を取り上げてこなかった。それは、あの事件について経済の視点で書くことに違和感があったからだ。事件で奪われた生命の重さは、経済の手法では測れない。経済の視点で書くとそれを無視したものにならざるを得ない。加えて、マクロの視点でとらえると、事件の影響はマイナスだけとは限らず、事件の「恩恵」にも触れないわけにはいかない。そういったあたりに違和感を覚えてしまうのである。
 とはいえ、スタートを切った2002年という年に世の中がどう動くのかを考えるには、このテロ事件についてきちんと理解しておくことは不可欠だ。そこで今回は、違和感に目をつぶって、テロ事件の影響について考えてみたい。


景気への影響は大きくない

 まずは景気への影響について。これは、結論から言うと、皆無ではないにしても、さほど大きくはないと考えられる。確かに、テロの被害を直接的に受けた企業や、旅客数が激減した航空業界、旅行業界、保険料の支払いが莫大なものとなった保険業界など、深刻なダメージを受けている企業、産業は存在する。
 しかし、その一方で、海外旅行が減ったのにともなって国内旅行が増えたという話もある。各地のスキー場のホテルで、久々に予約が好調らしい。海外旅行をやめたことで浮いたお金は、国内旅行に限らず、さまざまな形で使われ、多くの産業に薄く広く「恩恵」をもたらしている。また、多くの企業が海外出張を制限しているが、それは余計な経費を抑える効果を生んでいる。これらは目立たないけれども、マクロの視点でとらえれば、一部の企業、産業の深刻なマイナスを相殺する形になっている。
 もちろん、消費者の気分が落ち込んで、消費水準自体が抑えられる可能性はある。しかし、そうした気分は長くは続かないものだ。消費者の気分の移ろいやすさは、読者の皆さんが普段から痛切に感じておられるところだろう。


景気の悪化には別の理由

 ここで強調しておきたいのは、テロの影響が軽微だからと言って、今後、景気が悪くならないということでは決してないということだ。
 今、日本の経済はきわめて深刻な状況にあるが、日本経済が水面下に突っ込んでしまったのは、2001年の春ごろだ(下図参照)。また、アメリカとヨーロッパでは一昨年、2000年の後半には、景気は下り坂になっている。テロの起きた9月よりもずっと以前から、各地域とも、景気は相当悪くなっていたのである。

各地域の実質経済成長率の推移(前年同期比、単位:%)

 その要因は、アメリカでは、いわゆるITバブルの崩壊でIT関連の過剰な供給力の整理がはじまったことと、株価の上昇を背景に過熱していた個人消費が落ち込みはじめたことにある。ヨーロッパは、アメリカの落ち込みに引きずられた面が強い。日本の場合には、それに小泉改革のマイナスの影響が加わっている。
 今の景気悪化が、テロ事件の影響によるものではないということは、事件の影響が軽微だとしても、またアフガニスタンでの軍事行動が早期に終わったとしても、それによる景気の回復は期待できないということだ。日本にせよアメリカにせよ、景気を悪化させている要因はきわめて構造的な問題であり、2002年は相当厳しい年になると考えておくべきだろう。


新時代の枠組みを模索する年に

 それでは、もう少し長期的な視点に立ってみるとどうだろう。テロによって、何が変わったのだろうか。
 テロの脅威や、異なる民族間、宗教間、文化間の対立の問題が重要性を増すことは、80年代末に東西の冷戦が終わって以来、多くの人が指摘し続けてきた。テロの脅威が、9月11日の事件によって急に高まったわけではない。変わったのは、その脅威に対する人々の認識だ。自らの命を捨ててかかる人間には、これだけ大きな事件を起こせるのだという事実が、悲惨な事件によって突き付けられた。
 それにともなう最も重要な変化は、現時点では、唯一の超大国であるアメリカの政策転換だと思われる。ブッシュ政権の成立以来、アメリカは自国中心の政策を採り、地球環境や軍縮の問題で国際協調の枠組みから離脱する姿勢をみせてきた。しかし、自国だけの力ではテロを阻止できないことが明確になったことで、国際協調の重要性が改めて再認識されつつある。だからと言って簡単に協調関係が構築されるとは考えにくいが、それに向けた議論や駆け引きが再び活発化する可能性は確実に高まっている。
 議論の高まりは、各国間の利害の対立を浮き彫りにし、対立が深刻化していくかのように見えるかもしれない。しかし、どんなに激しい議論であっても、それぞれが内向きになり協調体制の構築を放棄してしまうのに比べれば、はるかに望ましい状況と言える。
 経済の不振に耐えながら、国内でも国家間でも新しい時代の枠組みを模索する。2002年は、そういう年になるだろう。


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