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日経BP社webサイト“Realtime Retail" 連載
「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」 第7回 2005年10月6日アップ
消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−

 ここまで6回にわたって、日本の消費者とリテール産業について見てきたが、今回は、それを海外の様々な国・地域と比較対照することで、あらためて別の視点から整理してみたい。


「大人の時代」を迎えた日本経済

 はじめに、その国の経済的な豊かさの指標である一人当たりGDP(国内総生産)と、経済の活力を表す経済成長率といった基礎的なデータから、世界の主要な国・地域を比較してみると、そこから浮かび上がってくるのは、成熟化の進んだ日本経済の姿である。


主要国・地域の経済の発展段階


 それぞれの国・地域においては、資本の蓄積や社会の安定、政治体制の整備などの条件が整うと、経済の発展がスタートする。条件がうまく噛み合えば、きわめて急速な経済成長を実現するケースもある。現在の中国やインドがその典型だ。そして、先進国からの技術導入や社会資本の整備が一巡し、経済の発展の結果、人々の切実なニーズが満たされてくると、「豊かさ」の実現と引き換えに経済成長は次第に緩やかなものになっていく。経済の「成熟化」の進行である。欧米や日本は、既にそのプロセスを経て、高所得だが低成長の、成熟経済の状態となっている。
 「成熟」という言葉は、経済を人や生き物になぞらえた表現であるが、日本の成熟化のプロセスを人のライフサイクルに擬してみていくと、安い円レートと政策的な産業保護・育成の下で急成長を遂げた戦後の復興期から高度成長期にかけては「幼年期」、ニクソン・ショックと石油危機を経て経済成長が鈍化した安定成長期は、筋肉質な国際競争力を身に付けた「少年期」と位置付けられる。その後、いわゆる経済のバブル化によって一時的に成長力を回復したり、逆にバブル崩壊によって極端に体調を崩したりといった混乱はあったが、その間にも経済の成熟化は着実に進行していた。
 その現実は、21世紀に入って「失われた10年」とまで呼ばれた長期不況を抜け出したことで鮮明になった。不良債権の問題に端を発した金融不安が沈静化しても、衣食住全般の基礎的な需要が満たされ、人々の切実なニーズが充足してしまった日本の市場には、かつてのようなハイペースの成長は望めないということがはっきりしてきたのである。いまや日本経済は、豊かさと停滞とが並存する、成熟した「大人の時代」を迎えている。


貧困をダイナミズムの源泉にする米国経済

 同じ成熟化のプロセスを経ていても、米国の場合には、前掲の図からも見て取れるように日本や欧州(EU)とはいささか趣を異にしている。一人当たりGDPの水準は日欧を上回っているにもかかわらず、依然としてかなりの成長力を維持しているのである。これは、図に示した直近の4年間に限った話ではない。むしろこの時期は、ITバブルの崩壊、同時多発テロ、アフガニスタンやイラクでの戦争と、米国にとってはきわめて多難な時代であった。
 それでも米国が日欧を大きく上回る成長力を示しているのは、米国が、欧州諸国や日本にはない経済のダイナミズムの源泉を有しているためだ。それは、依然として切実な需要を抱えて旺盛な消費活動を見せる低所得者層と、その予備軍とも言うべき、総人口の13%、総数3700万人にも達する貧困層の存在である。
 移民の国として成立した米国には、世界中から多くの貧しい人々が、豊かな暮らしを夢みて流れ込んできた。経済の発展に伴って貧困の状態を抜け出す人がいる一方で、貧しい移民の流入があるため、貧困者の総数は容易には減らず、常に人口のかなりの部分を占めてきたのである。
 貧困は、人道的に、また治安の悪さや都市のスラム化の原因として、駆逐されるべき問題であることは間違いない。しかし貧困層は、安価な労働力として企業セクターの選択肢を増やし、ビジネスモデルの多様化の背景ともなってきた。そして、貧しい移民は米国で仕事を見つけて懸命に働き、その稼ぎを消費に回すことで豊かな暮らしを実現していく。米国は、そうした貧困層、低所得者層の活力と旺盛な消費需要を“エンジン”にすることで、経済のダイナミズムと成長力を維持しているのである。これは、豊かな先進国の中に、貧しいけれども成長力のある発展途上の国を組み込んでいるようなものだ。
 この構図は、米国のリテール産業の状況にも大きな影響を及ぼしている。この連載の第2回で、日本のリテール産業は、消費者の「豊かさ」の向上を背景に、「百貨店の時代」「GMSの時代」「専門店チェーン」の時代を経て「ハイブリッド型商業施設の時代」へと移り変わってきたと述べた。日本よりもはるかに先に経済的な豊かさを実現した米国では、1970年代には既にNSC(Neighborhood Shopping Center、近隣型ショッピングセンター)や郊外型のショッピングモールなど、「ハイブリッド型商業施設の時代」が本格化していた。その一方で、世界一の小売企業であるウォルマートのディスカウントストアやスーパーセンターをはじめ、日本のGMSと同様に衣食住にわたる幅広い分野の商品を取り揃えた大型総合業態も、低所得層の旺盛な需要に支えられて、隆盛を誇っている。日本では幕を閉じた「GMSの時代」が、米国においては「ハイブリッドの時代」と並存する形で現在も続いている形である。


生活文化を重視する欧州

 同様の視点で欧州諸国を見てみると、ドイツではメトロなどのキャッシュ・アンド・キャリー、フランスではカルフールなどのハイパーマーケットと、いずれも大型総合業態が主役を担っている。この両国では、日本の時代区分で言えば「GMSの時代」が続いているわけだ。
 その背景には、フランスでは大型店に対する出店規制、ドイツでは小売店舗の営業時間や営業日を制限した「閉店法」と、いずれも厳しい商業規制の存在がある。1980年代までの日本において、大店法がGMS間の競争を抑制していたことで、GMSを主力とする多数の企業が並存できていたのと似た状況にあるものと考えられる。
 商業規制が守っているのは、直接的には、昔ながらの市場(いちば)や個人商店であるが、それはさらに、街の景観や雰囲気、商品の売り買いを通した地域住民間のコミュニケーションや、職業選択における個人商店主という選択肢を残していくことにもつながっている。それらを一括りに表現すると、それぞれの国の人々が歴史を通じて築いてきた「生活文化」ということになるだろう。
 その半面、商業規制の厳しい国では、大型店が少なかったり営業時間が短かったりと、そこで暮らす人々に不便を強いている面もある。加えて、大型店間、チェーン店間の競争が緩やかなため、商品の価格も高めに維持されやすい。
 各国の商業政策は、そうしたメリットとデメリットのバランスをどう取るかという国民的なコンセンサスの上に成立している。フランスとドイツの厳しい商業規制は、生活文化を守ろうというコンセンサスが国民の間で形成されていることの証といえるだろう。この連載の第5回では、日本においては産業や企業が提供するサービスの充実と引き換えに生活文化が失われてきたと述べたが、フランスとドイツの両国は、リテール産業の発展を抑えることで、意図的に生活文化を守ろうとしてきたのである。
 それに対して英国では、貴族階級や上流階級の文化は尊ばれているものの、一般大衆の生活文化を重んじる傾向が弱いせいか、商業規制は比較的緩やかであった。そのため、早くから大型総合業態よりも、テスコに代表されるスーパーストア(調理済み食品を主力とする大型食品スーパー)やブーツのドラッグストア、ネクストの衣料品店など、多彩な専門店チェーンが成長を遂げてきた。郊外型のモールの展開も始まっており、現在の日本に近い状況にあるといえそうだ。
 ただ、こうした図式にも変化が生じてきている。まず、ドイツ発祥のアルディやリドルをはじめとする、「ハード・ディスカウンター」と呼ばれる比較的小規模な食品専門のディスカウントストアが急速に台頭してきており、欧州各国の大型業態の市場を掘り崩しつつある。また、EUの経済統合の進展は、各国独自の商業規制の緩和につながる可能性もある。そうなると、大店法の緩和による競争激化でGMS企業の多くが経営不振に陥った1990年代の日本のような状況が生じることも考えられる。欧州のリテール産業は、大きな転機を迎えようとしている。


カギを握るパブリック・ニーズ

 ここまで見てきたように、経済の発展した先進諸国でも、消費市場やリテール産業の状況は、日本と米国、欧州の間で大きな相違が存在している。さらに、それぞれの国、地域の社会や人々の暮らしへと視野を広げていくと、そこからは日本の将来像を考えるうえでのヒントも浮かんでくる。
 欧米との比較で鮮明になるのは、日本では一人当たりGDPの水準ではほぼ肩を並べる水準にありながら、生活における総合的な豊かさでは、見劣りのする部分が多いということだ。それは、国土の狭さという動かし難い制約条件のためでもあるが、それ以上に、日本においては、経済や産業の発展に伴って満たされてきたのが、個々人が消費を拡大することで充足される「プライベート・ニーズ」の部分に偏っていたことが大きいものと考えられる。これは裏返せば、社会の成員の多くが共通して抱えていながら、消費者一人ひとりの消費活動では充足されないニーズ、「パブリック・ニーズ」に関しては、欧米諸国と比べて、相当大きな部分が満たされないままになっているということだ。
 もちろん、コミュニティの成員を内外の危険から守る国防や警察のサービスを原点として、道路や港湾などのインフラ整備、交通や通信などのサービス提供と、基本的なパブリック・ニーズは、様々な公共事業の形で充足されてきた。しかし、地方自治の仕組みが十分に発達していない日本においては、未充足のパブリック・ニーズがかなりの規模で残されている。
 例えば、豊かになった日本人の暮らしでも、住環境の貧しさは依然として大きな不満として残っている。住宅そのものについては個人の資金で質を高めていくことが可能だが、地域全体でのバリアフリー化や景観の改善、さらには地震や台風などの自然災害への備えといったトータルな住環境の整備は、個人の力で改善できるものではない。利便性の高い公共交通機関や医療、介護サービスの高度化、地域としてのセキュリティ・システムの構築など、サービス面でのニーズもある。
 このような潜在的なパブリック・ニーズを充足させていくことは、人々の生活を真に豊かなものにしていくだけではない。企業にとっては新たなフロンティア、新たなビジネスチャンスとなり、停滞する経済に新たなダイナミズムをもたらすことにもつながる。というのも、パブリック・ニーズへの対応は、政府や自治体だけの仕事ではないからだ。むしろ、財政赤字が累増し、「小さな政府」を目指す改革が進むこれからの日本では、むしろ企業やNPOが事業主体となるケースが主流となるだろう。
 既に、英国で生まれたPFI(Private Finance Initiative)やPPP(Public Private Partnership)といった手法、考え方に代表されるように、事業主体としてサービスを提供するのは民間の企業やNPOとし、政府や自治体はその利用者としての国民、地域住民を代表して、事業主体にサービス提供を委託する事業モデルも導入されている。今後も、先行する欧州諸国や米国の事業モデル、社会モデルに学ぶところは大きいだろう。
 パブリック・ニーズの充足は、経済の面では成熟した日本が、より包括的な意味で成熟し、本当の意味での「大人の時代」を迎えるための試金石でもある。これもまた、日本の消費市場、リテール産業の未来像を描き出すうえでのカギとなるピースの一つである。


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連載「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」

第1回 パズルの大枠−「人口動態」と「豊かさ」の行方−(2005年4月15日)
第2回 リテール産業の時代性−時代がうながす主役交替−(2005年5月16日)
第3回 三つの競争力−脱・デフレを目指す事業戦略のために−(2005年6月16日)
第4回 パワーアップする消費者−第四の力、「発信力」が焦点に−(2005年7月15日)
第5回 「豊かさ」の代償−経済発展の光と影−(2005年8月11日)
第6回 これからの「仕事」−人生モデルの変容と新しい「豊かさ」−(2005年9月22日)
第7回 消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−(2005年10月6日)
最終回 消費とリテールの未来像−舞台は「心」の領域へ−(2005年10月20日)


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