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日経BP社webサイト“Realtime Retail" 連載
「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」 第4回 2005年7月15日アップ
パワーアップする消費者−第四の力、「発信力」が焦点に−

 前回、前々回と、リテールを中心とする産業サイドの変遷と現状について考えてきたが、今回は視点を変えて、消費者の変化、変質のプロセスについて考えてみたい。消費者の変化にはさまざまな側面があるが、それをリテールビジネスとの関係性のうえでとらえてみると、その流れは、消費者が時代の変遷とともにさまざまな力を獲得し、パワーアップしてきたプロセスであったことに気付く。


パワーの源となる「購買力」の向上

 消費者の消費者としてのパワーは、資産や所得に裏付けられた「購買力」が基本となる。明治期以降の近代技術の導入は、産業全般の近代化と、農業から製造業への産業構造の転換を通じて、経済全体としての生産水準の向上をもたらした。それは、国民一人ひとりにとっては、所得水準の向上につながった。
 この趨勢は、この連載の第一回でも書いたように、戦争による断絶や、経済の構造変化にともなうペースの変化はあったものの、明治期から現在にいたるまでの消費者の変化のプロセスにおいて、一種の通奏低音として響き続けてきた。1904年の三越百貨店開設で幕を開けたリテールビジネスの産業化も、そのベースのうえで展開してきたのである。
 戦前の段階では、依然として飢えや寒さに苦しむ人が少なくなかったが、都市部を中心に、稼いだお金で生活のレベルを上げていける人の層も確実に拡がっていった。近代的なリテール産業の先駆けとなった百貨店は、購買力を獲得した人々に非日常的な娯楽としての買い物の場を提供するとともに、多彩な商品を展示、販売することを通じて、欧米風の新時代のライフスタイルを提案する役割を果たしたのである。
 消費者の購買力の向上は、戦争により一旦は途絶えたものの、戦後の復興期から高度成長期にいたって再び加速した。日本人の大多数は飢えや寒さに苦しむことはなくなり、住宅や家電製品も一通り普及した。この時期に新たに登場したスーパーは、消費者の日常の買い物をもビジネスの対象にしていった。
 高度成長期を経て人々の切実な欲求はほぼ満たされたが、その後も購買力の向上は続き、2004年の一人当たり可処分所得は、高度成長が終わった1973年と比べてさえ、約1.5倍に拡大している(物価上昇の影響を除いた実質ベースでの比較)。この時期の購買力の向上は、日々の暮らしをより便利に、また快適にすること、さらには生活を楽しむことに振り向けられた。
 現在の個人消費のうち、この時期に伸びた部分は、個々の消費者の状況次第、あるいは気持ち次第で変動する「選択的消費」が大半だと考えられる。生活の基本的な領域と位置付けられてきた衣・食・住の分野も例外ではない。「食費を抑えてでも家族でディズニーランドに行く」とか「ブランドものの服を買うか、海外旅行に行くか迷う」というようなケースは、もはや珍しくない。いまやリテールビジネスは、そうしたきわめて不安定な需要のうえで事業を展開する状況になっているのである。


「機動力」と「情報力」の獲得

 とはいえ、消費者の購買力の向上は、リテールビジネスにとっては市場と収益機会の拡大であり、基本的には歓迎すべき趨勢と言える。しかし、消費者のパワーアップは、必ずしもリテールビジネスにとって有利に働くものばかりではなく、消費者とリテールビジネスの間の緊張関係を高める方向に働く力も存在している。
 その一つが、消費者の「情報力」の向上である。テレビや雑誌などのマスメディアの発達によって、消費者が受け取る情報の量は、飛躍的に増加した。高度成長期に、消費者の欲しがる三つの商品を意味する「三種の神器」の一つに数えられたテレビは、1950年代後半から急速に普及し、1960年代半ばには大多数の家庭がテレビを保有するようになった。


図1 テレビと乗用車の世帯普及率の推移


 また、1955年に3億6000万部だった雑誌の総発行部数は、60年には10億部を超え、80年には30億部、90年には50億部に達している。
 テレビや雑誌からの情報で武装した消費者は、ライフスタイルの提案よりも、低価格と買い物の利便性を望んだ。リテール産業の主役が、百貨店からGMSへと移行したのも、そうした消費者の変化が背景となっていた。
 消費者の購買活動に対するマスメディアの影響力は拡大し、近年でも、特定の人気テレビ番組が取り上げた食品が、スーパーや百貨店で急激に売り上げを伸ばすというような現象が数多く見られている。それは裏返せば、リテール産業の消費者の購買行動に対する影響力が低下したということでもある。
 消費者とリテールビジネスの間の緊張関係を高めるもう一つの力は、消費者が自由に動き回る力、「機動力」である。
 消費者の機動力は、最初の段階では鉄道をはじめとする公共交通機関の発達によってもたらされた。ただ、その段階の機動力は、鉄道やバス路線という「線」のレベルにとどまっており、「面」的な移動の自由度は限定的であった。
 その状況を劇的に変えたのが自家用車の普及であった。70年代初頭に2割程度だった自動車の世帯普及率は、70年代末には5割、90年代には8割を超えた(図表1)。それによって、消費者ははじめて面的な移動の自由という、本格的な機動力を獲得したのである。自動車を手にしたことで、消費者は遠くの店に出掛けることも、大量の商品を持ち帰ることも容易になった。
 この変化に対応して成長したのが、郊外立地のホームセンターや家電、紳士服などの大型専門店であった。逆に、消費者の足が鉄道を主体としていた時代に最高の立地であった駅周辺の市街地は、道路の混雑や駐車場の不足のために自動車でのアクセスはかえって不便で、自動車の普及にともなって、次第に優位性を失っていった。
 情報力と機動力を獲得したことで、消費活動における人々の自由度は飛躍的に高まった。裏を返せば、商品やサービスを提供する企業にとって、現在の消費者はきわめて「扱いにくい」存在になったということである。


第四の力、「発信力」

 1990年代の末から世紀の変わり目にかけて、日本の消費者は、これまで獲得した「購買力」「情報力」「機動力」の三つに続く第四の力を手に入れつつある。不特定多数の人々に対する「発信力」である。背景となっているのは、言うまでもなくインターネットの浸透である。
 総務省の調査によると、1997年には総人口の1割に満たなかったインターネット利用者は、その後、急速に増えて、2004年には6割を超えるまでになっている。数で言えば約8000万人だ。高齢層でも、ネットを使う目的でパソコンをはじめる人が増えており、今やインターネットは、日本人の生活に完全に溶け込んだと言えるだろう。


図2 インターネットの普及状況


 インターネットの普及は、人々の消費活動にも大きな影響を及ぼしている。それは単にネット通販の台頭だけにはとどまらない。
 ネット上の価格比較サイトや掲示板サイトには、一般の消費者が発信した、膨大な量の情報が積み上がっている。何を買うか、どこで買うかといった選択に際して、そうした一般消費者からの情報を頼る消費者が増えたことは、現在のリテールビジネスにとって、きわめて大きな意味を持っている。これは、消費者に対する影響力が、リテールビジネスからマスメディアを経て、今度は消費者自身へと移行したということだ。
 いつの時代にも、消費者は企業に対して疑いの目を向けがちだ。それは、リテールビジネスに対しても同様である。どれだけ消費者の味方だと標榜し、本気でそれを実践していても、消費者の信頼を得ることは容易ではない。一旦仕組みが整えば、消費者が消費者発の情報に頼る傾向が生じるのも、ある種、必然的な動きと言えるだろう。
 ただ、これだけであれば、消費者の「情報力」が一段と強化されたというだけに過ぎない。もちろん、それだけでも大きな変化ではあるが、消費者の「発信力」は、さらに大きな変化の可能性をはらんでいる。


「発信力」のポテンシャル

 2003年時点で、自身のホームページを作っている人は、すでに数百万人の規模に達していた。従来よりもはるかに簡単にホームページを作れる「ブログ」のサービスが定着したことで、その数はさらに拡大しつつある。
 また、“Google”や“YAHOO!”などの検索サービスが強力になったおかげで、彼らが発信する情報が多くの人の目に触れやすくなってもいる。誰もが不特定多数のネットユーザーに向けて、自在に情報を発信できる時代になってきているのである。
 多くの人に自分の考えや感じたことを伝えたり、作品を見てもらうのは、一種の楽しみともなる。従来は、その楽しみは学者や作家、芸術家など、一握りの人だけに許された特権であった。
 インターネットの普及は、その楽しみの一端をすべての人に開放したのである。その意味では、消費者のインターネットを通じた情報発信は、消費活動の一環と位置付けられる。
 その一方で、自らの発信力を、消費者自身が「事業化」する動きも目立ってきている。その背景には、趣味の世界を中心とするさまざまな分野で、「達人」とか「カリスマ」と呼ばれるリーダー的な消費者が増えているという状況がある。一般の消費者が、彼らを既存の権威と同等、あるいはそれ以上の存在としてとらえる状況が生じているのである。
 そして、彼らの発信する情報が、ビジネスのための資源となるケースが増えてきた。そのビジネスモデルとしては、サイトの閲覧を有料にすることもできるし、オリジナルの画像や音楽を有償でダウンロードさせることもできる。
 発信するのは、電子情報とは限らない。自身のサイトにeコマースのシステムを組み込んで、オリジナル商品を販売することさえ難しくはなくなった。また、自分のサイトにバナー広告を掲載して、その掲載料を徴収するスタイルに加えて、ユーザーを企業サイトに誘導して商品の購入を促すことで対価を得る「アフィリエイト」の仕組みも一般的になってきている。
 時間や距離に縛られないネットの世界では、事実上はビジネスであっても、ゲーム感覚で楽しみながら、気軽に手を出せる。そうした活動は、消費活動の一環ではあるが、生産活動の要素も含んでいる。消費活動と生産活動の中間、あるいはその双方の融合とでも位置付けられる。
 この流れの延長線上では、発信力を備えた消費者と企業との関係は、買い手と売り手というシンプルなものから、まったく異質なものへ変質する可能性がある。その帰趨はまだまだ不透明であるが、消費とリテールの未来像を描き出すうえでは、見逃せない動きの一つと言えるだろう。


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連載「消費とリテールの、過去、現在、未来を読み解く」

第1回 パズルの大枠−「人口動態」と「豊かさ」の行方−(2005年4月15日)
第2回 リテール産業の時代性−時代がうながす主役交替−(2005年5月16日)
第3回 三つの競争力−脱・デフレを目指す事業戦略のために−(2005年6月16日)
第4回 パワーアップする消費者−第四の力、「発信力」が焦点に−(2005年7月15日)
第5回 「豊かさ」の代償−経済発展の光と影−(2005年8月11日)
第6回 これからの「仕事」−人生モデルの変容と新しい「豊かさ」−(2005年9月22日)
第7回 消費とリテールの国際比較−経済の成熟化とパブリック・ニーズ−(2005年10月6日)
最終回 消費とリテールの未来像−舞台は「心」の領域へ−(2005年10月20日)


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