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ダイヤモンド・ホームセンター 2006年10-11月号掲載
WEB2.0とリテールビジネス

注目を集める“WEB2.0”

 “WEB2.0”という言葉が注目を集めている。“2.0”というのはソフトウェアなどでよく見かける、バージョンとか世代を表す表現だ。要するに、インターネットの世界が、第2世代にバージョンアップされたということを表しているのである。このWEB2.0という言葉自体は、人によっていろいろなニュアンスで用いられているが、インターネットとそれにまつわる社会やビジネスの領域が大きく変化し、新たな局面を迎えていることは間違いない。
 当初のインターネットの世界は、無限ともいえる情報空間に、誰もが好き勝手に情報をばらまいただけのカオスの状態にあった。デマや反社会的な情報、詐欺を目的とするような悪質な情報も多く、人々がネットから有用な情報を探し出すことはきわめて難しかった。“Yahoo!(ヤフー)”などのディレクトリ型ポータルサイトが助けになったが、それらがカバーする領域は、無限ともいえるネット上の情報量からすれば、ごく限られたものでしかなかった。情報を発信する側も、狙ったターゲットに情報を届けることは困難であった。多くの企業が自社の商品やサービスをプロモートするためのホームページを開設したが、期待通りの効果を上げるケースは多くはなかった。
 WEB2.0という言葉に象徴される近年の変化は、総体としてみれば、遊びにしか使えない「玩具」に過ぎなかったインターネットを、企業活動や日常生活における情報収集や情報発信、情報交換といった実用に耐える「道具」のレベルに進化させる動きと位置づけることができる。


「実用化」されたインターネット

 近年のインターネットの変貌の最大の立役者とされているのが、インターネットによる情報収集の要である検索エンジンの最大手“Google(グーグル)”だ。検索エンジンのサービス自体はグーグル以前にも存在していたが、グーグルは、ネット上の膨大なページの内容を取り込んだ巨大なデータベースと、個々のページがどこからリンクされているかを基準としたページランクの仕組みを組み合わせることで、検索の精度と実用性を大幅に向上させた。それによって、インターネットそのものの使い勝手も劇的に改善されたのである。ポータルサイトの最大手であるヤフーは、当初はグーグルの検索サービスを自社サイトに組み込んでいたが、検索サービスが競争力のカギになることを認識して、自社開発の検索エンジンに切り替えている。
 情報発信の面では“blog(ブログ)”のインパクトが大きかった。“はてな”や“ココログ”などに代表されるブログのサービスは、テンプレートと支援ツールによって、誰でも簡単に自分のホームページを開設できるようにするとともに、「コメント」や「トラックバック」の機能によって、ユーザー同士が簡単にそれぞれのページを結び付け、それぞれのページの存在を多くの人にアピールすることを可能にした。このサービスが登場したことで、インターネットで情報発信を行う人の数は爆発的に増加しはじめた。企業の側でも、ブログの発信力とカジュアルなイメージに目を付けて、情報発信ツールとして活用しようとする動きが広がっている。
 また、情報交換の領域では“SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)”が注目を集めている。日本では“mixi(ミクシィ)”が代表格だ。SNSでは、新規の入会者を既存の会員からの紹介に限るなどの方法で、身元がある程度はっきりした人に限定されたユーザー間での、密度の濃い情報交換を可能にするサービスを提供している。そうしたサービスをベースに、すでに情報交換の域を超えた、人間的な交流の場が形成されている。
 これらのサービスに共通しているのは、情報の出し手と受け手、あるいはネット上のページとページを結び付けるための高度なシステムを構築し、それをユーザーに開放したことである。それは、インターネットという基礎的なインフラのうえに、それを有効に活用するための二段目のインフラを追加したものと理解できる。この点が、基礎的なインフラを前提にサイト上でのサービスを提供しようとした旧来型のネットビジネスとの決定的な違いであり、WEB2.0と称される所以の一つでもある。WEB2.0の潮流は、常時接続のブロードバンドや携帯電話によるネット接続の普及とも重なって、インターネットを一気に「実用化」していった。


課題となる活用策

 実用化されたインターネットは、すでに私たちの生活のあらゆる場面に浸透している。調べ物にはもちろん、買い物をするにも旅行をするにもネットによる情報収集は欠かせない。個人による情報発信も一般化しているし、その有用性も増してきている。小規模な企業や個人がネットで情報を発信することで、日本全国、さらには世界中から顧客を募り事業を成立、発展させることも可能になってきた。変化は生活文化や社会構造、産業構造、企業戦略などさまざまな領域に及んでいる。
 もちろん、消費市場やリテールビジネスも例外ではない。“アマゾン”や“楽天”に象徴されるネット通販の浸透に加え、人々の消費活動におけるネットからの情報、それも個人が発信する口コミ情報の影響力がきわめて大きなものとなってきている。消費者を相手にするビジネスであれば、そうした変化と無関係でいることは不可能だ。インターネットの進化がもたらすさまざまな変化にどのように対応していくか。これは、業態や企業規模、事業領域などによって状況は異なるが、消費者を相手にするすべての企業に共通する課題といえるだろう。
 具体的には、実用的な道具としてのインターネットをいかに活用するかを再検討することが第一歩となる。そこでは、自社の店舗や商品、サービス、ブランドへの認知度、好感度を高めるために、自社サイトのみならず個人のサイトやブログの動員も含めて、インターネットの活用を図る視点が中心となる。店舗を構えた小売業の場合、店頭での商品展示や接客が情報発信の中枢であることに変わりはないが、それを補完するために、インターネットを使った情報発信、さらには顧客との情報交換、情報交流を行うことが意味を持つケースは少なくないだろう。消費者とのネットを通じたコミュニケーションから、彼らの潜在的なニーズを探り出し、店舗の運営やMDに活かしていく方向性も想定できる。
 加えて、ネット通販の展開の可能性も視野に入れておく必要がある。WEB2.0の時代を迎えてインターネットの実用性が飛躍的に高まるのにともなって、ネット通販の事業性も向上し続けている。自社のオリジナル商品がある場合はもちろんだが、一般の小売企業の場合でも、実店舗での事業を通じて培ってきた顧客からの信頼や認知度を活かすことができれば、ネット通販の仕組みを有効に活用できる可能性はある。


ロングテール化する経済

 もう一つの大きな課題は、小規模な企業や個人による、いわゆる「マイクロビジネス」の台頭への対応である。インターネットが進化し、広範囲の消費者に情報を発信して顧客を募るうえで強力な武器になってきたことで、ユニークな商品やサービスを擁する無数のマイクロビジネスが事業を発展させてきている。その事業分野も、ファッション関連や家具、雑貨、食品など趣味性の高い領域を中心に、広範囲に及んでいる。この流れは「経済全体のロングテール化」と位置付けることができる。
 「ロングテール」という言葉も、WEB2.0と同様、一種の流行語となっている。一般的には、個々の企業の売上構成における顧客層や商品の裾野の広がりを表した表現であるが、その意味でのロングテールは、必ずしも多くの企業に該当する話ではない。それに対して、マイクロビジネスの台頭にともなう経済全体のロングテール化は、広範な企業に影響を及ぼすことになる。個々にみれば取るに足らない規模のビジネスでも、数が増えれば市場へのインパクトも大きなものとなる。人口の減少や経済の成熟化によって消費市場全体の伸びがほとんど期待できない状況ではなおさらだ。
 新たに登場するマイクロビジネスは、既存のリテールビジネスにとって、限られた市場を奪い合う競争相手であることは間違いないが、場合によっては、事業パートナーとなり得る存在でもある。たとえば、マイクロビジネスが提供するユニークな商品を、既存の小売企業が実店舗で販売するスタイルが考えやすいだろう。既存企業は消費者を惹きつける魅力的な商品を、マイクロビジネスの側は安定的な販売ルートを確保できる、双方にメリットのある関係だ。クラフト系や食品系のマイクロビジネスに対して、既存小売企業が素材を提供するスタイルもあるだろう。


変化は続く

 ここで見てきたインターネットとそれにまつわる社会やビジネスの変化は、すでに顕著になっている部分も大きいが、全体としてはこれからさらに進んでいくものである。情報収集、情報発信、情報交換の道具としてのインターネットの実用性は、各種のサービスのさらなる進化によって今後ますます向上していくだろう。ネット通販の事業性も同様だ。マイクロビジネスの台頭も、2006年時点では、まだまだ兆し程度に過ぎないが、今後さらに加速していく可能性が高い。あらゆる面で、状況は変化し続けている。
 こうしたなかでは、現時点では手を打つ必要はない、あるいは打つ手がないということであっても、半年先、1年先にはまったく違う状況が生まれている可能性もある。企業戦略を立案するうえでは、インターネットのインフラ整備の進展や、それを土台としたネットビジネス、さらにはそれを利用する消費者サイドの変化をウォッチし続けることが必要だ。変化の向かう先を読みながら常にさまざまな可能性を探っていく姿勢が、これまでになく重要になっている。


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