注目を集めた“WEB2.0”
2006年、ビジネスの世界では、“WEB2.0”という言葉が注目を集めた。“2.0”というのはソフトウェアなどでよく見かける、バージョンや世代を表す表現だ。要するに、インターネットの世界全体が、第一世代から第二世代にバージョンアップされたということを表しているのである。このWEB2.0という言葉自体は、人によっていろいろなニュアンスで用いられているが、インターネットの世界が大きく変化し、それにともなって社会やビジネスのさまざまな領域で、世代交代を思わせるような新しい動きが生じていることは間違いない。
初期のインターネットの世界は、無限ともいえる情報空間に、誰もが好き勝手に情報をばらまいただけのカオスの状態にあった。デマや反社会的な情報、詐欺を目的とするような悪質な情報も多く、人々がネットから有用な情報を探し出すことはきわめて難しかった。“Yahoo!(ヤフー)”などのディレクトリ型ポータルサイトが情報収集の助けになったが、それらがカバーする領域は、無限ともいえるネット上の情報量からすれば、ごく限られたものでしかなかった。情報を発信する側も、狙ったターゲットに情報を届けることは困難であった。多くの企業が自社の商品やサービスをプロモートするためのホームページを開設したが、期待通りの効果を上げるケースは多くはなかった。
WEB2.0という言葉に象徴されるここ数年の変化は、ネットサーフィンのお遊びにしか使えない「玩具」に過ぎなかったインターネットを、企業活動や日常生活における情報収集や情報発信、情報交換といった実用に耐える「道具」のレベルに進化させる動きと位置付けることができる。
「実用化」されたインターネット
近年のインターネットの変貌の立役者とされているのが、インターネットによる情報収集の要である検索エンジンの最大手“Google(グーグル)”だ。検索エンジンのサービス自体はグーグルの登場以前にも存在していたが、グーグルは、ネット上の膨大なページの内容を取り込んだ巨大なデータベースと、個々のページがどこからリンクされているかを基準としたページランクの仕組みを組み合わせることで、検索の精度と実用性を大幅に向上させることに成功した。それによって、インターネットそのものの使い勝手も劇的に改善されたのである。ポータルサイトの最大手であるヤフーは、当初はグーグルの検索サービスを自社サイトに組み込んでいたが、検索サービスがポータルサイトとしての競争力のカギになることを認識して、自社開発の検索エンジンに切り替えている。
情報発信の面では“blog(ブログ)”のインパクトが大きかった。日本では“はてな”や“ココログ”などに代表されるブログのサービスは、テンプレートと支援ツールによって、誰でも簡単に自分のホームページを開設できるようにするとともに、「コメント」や「トラックバック」の機能によって、ユーザー同士が簡単にそれぞれのページを結び付け、それぞれのページの存在を多くの人にアピールすることを可能にした。このサービスが登場したことで、インターネットで情報発信を行う人の数は爆発的に増加しはじめた。
また、情報交換の領域では“SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)”が注目を集めている。米国では “MySpace(マイスペース)”、日本では“mixi(ミクシィ)”が代表格だ。SNSでは、新規の入会者を既存の会員からの紹介に限るなどの方法で、身元がある程度はっきりした人に限定されたユーザー間での、密度の濃い情報交換を可能にするサービスを提供している。そうしたサービスをベースに、すでに情報交換の域を超えた、人間的な交流の場が形成されている。
これらのサービスに共通しているのは、情報の出し手と受け手、あるいはネット上のページとページを結び付けるための高度なシステムを構築し、それを無数の一般ユーザーに開放したことである。それは、インターネットという基礎的なインフラのうえに、それを有効に活用するための二段目のインフラを追加したものと理解できる。この点が、基礎的なインフラを前提にサイト上でのサービスを提供しようとした旧来型のネットビジネスとの決定的な違いであり、WEB2.0と称される所以の一つでもある。新たに整備された二段目のインフラは、常時接続のブロードバンドや携帯電話によるネット接続の普及とも重なって、インターネットを実用の域に押し上げた。
IT革命の再起動
かつて、インターネットが玩具だった時代には、「趣味はインターネット」などと言われても違和感はなかった。しかし、インターネットが実用化された現在では、インターネットは、不可欠ではあるがごく当たり前の存在として、私たちの生活のあらゆる場面に浸透している。調べ物にはもちろん、買い物をするにも旅行をするにもネットによる情報収集は欠かせない。個人による情報発信も一般化しているし、その有用性も増してきている。小規模な企業や個人がネットで情報を発信することで、日本全国、さらには世界中から顧客を募り事業を成立、発展させることも可能になってきた。
これらの変化は、かつて大きな期待を集めながらも、その後停滞していた「IT革命」を再起動させる動きと位置付けることもできる。IT革命という言葉が世をにぎわしたのは2000年、インターネットの利用が普及し、それが人々の生活や企業活動、さらには経済構造、社会構造までを大きく変えそうだという認識が広まったためであった。この時期には、膨大な情報に簡単にアクセスできるようになるとか、誰もが自由に社会に向けて情報発信できるようになる、経済活動の効率が飛躍的に向上する、新しいビジネスが発展する、といった明るい未来が提示されていた。
そうした展望は、当時のインターネットの実用性が低レベルにとどまっていたために、2000年の段階では現実のものとはならなかった。この時期に時流に乗る形で立ち上げられた無数のネットビジネスも、多くは経営を軌道に乗せることができずに姿を消していき、2001年には「ITバブル」という言葉も広まった。
しかし、インターネットに対する過剰な期待がしぼんでいく一方で、ここで取り上げたような各種のサービスの登場によって、インターネットの実用性は急速に向上していった。その流れは、WEB2.0というキーワードが与えられたことによって、改めて広く認識されるとともに、頓挫したかにみえたIT革命を再び起動させる契機となっている。
ロングテール化する経済
そこで主流となる変化は、小規模な企業や個人による、いわゆる「マイクロビジネス」の台頭をはじめとする、経済活動の裾野の大幅な広がりだと考えられる。インターネットが進化し、広範囲の消費者に情報を発信して顧客を募るうえで強力な武器になってきたことで、ユニークな商品やサービスを擁する無数のマイクロビジネスが事業を発展させてきている。その事業分野も、ファッション関連や家具、雑貨、食品など趣味性の高い領域を中心に、広範囲に及んでいる。
加えて、その流れのなかで、ネット上のページが、金銭的な価値を持つケースも増えている。ページに盛り込まれた情報自体が売れるケースもあるが、より一般的なのは、広告を掲載するスペースとして利用されるケースだ。ネット上の個々のページは、新聞やテレビなどの既存の広告媒体とは違い、少数ではあるがある程度興味や属性の絞られた人に見てもらえる安価な媒体となる。無償の趣味的な活動に過ぎなかった個人の情報発信が、少額といえども収入を生み出す生産活動の性格を持ちはじめたのである。
このような動きが生じるうえでは、広告媒体としての個々のページと広告の出稿者を的確にマッチングする機能が必要になるが、グーグルはすでに、検索結果のページに広告を掲載することで大きな収益を上げているのに加えて、他者のページに広告を配信する事業もスタートさせている。他の検索エンジンやブログ、SNSのサービスを提供する企業もそれに追随しようとしている。
こうした生産活動と情報発信の裾野の広がりは、「経済全体のロングテール化」と位置付けることができる。「ロングテール」という言葉も、WEB2.0と同様、一種の流行語となっている。一般的には、ネット通販の“アマゾン”などで見られるような、個々の企業の売上構成における顧客層や商品の裾野の広がりを表した表現であるが、その意味でのロングテールは、ネットをベースとするビジネスならではの構造であって、一般の多くの企業に当てはまる普遍的な話ではない。それに対して、マイクロビジネスの台頭と個人の情報発信の一般化にともなう経済全体のロングテール化は、経済や社会のさまざまな領域に影響を及ぼす動きだ。個々にみれば取るに足らない小規模のビジネスでも、数が増えれば市場へのインパクトは大きなものとなる。その動きは、「生産活動は企業」、「情報発信はマスメディア」といった従来の常識、秩序を根底から掘り崩すものであり、まさに革命と呼ぶにふさわしい。
変化は続く
WEB2.0の流行語としてのインパクトは、2000年の「IT革命」にははるかに及ばない。しかし、現実の動きという意味では、停滞していたIT革命の流れを受け継ぐ形で、社会や経済のさまざまな領域に影響を及ぼしてきている。その変化は、すでに顕著になっている部分も大きいが、全体としてはこれからさらに進んでいくものである。
情報収集、情報発信、情報交換の道具としてのインターネットの実用性は、各種のサービスのさらなる進化によって今後ますます向上していくだろう。マイクロビジネスの台頭も、さらに加速していく可能性が高い。
あらゆる面で、状況は変化し続けている。半年先、1年先にはまったく違う状況が生まれている可能性もある。企業戦略を立案するうえでは、インターネットのインフラ整備の進展や、それを土台としたネットビジネス、さらにはそれを利用する消費者サイドの変化をウォッチし続けることが必要だ。変化の向かう先を読みながら常にさまざまな可能性を探っていく姿勢が、これまでになく重要になっている。
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