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読売ADリポートojo 2000年5月号掲載
「経済を読み解く」第2回
経済の流行語−言い訳の「バブル」、号令の「IT」−

流行語としての「バブル」

 経済の話というと、難しくて取っ付きにくいイメージで、とかく敬遠されがちだ。その要因の一つに、言葉の問題がある。何の分野でもそうだが、専門用語というのは取っ付きにくいものだ。
 しかし、私たち一人一人が、経済の動きに生活を左右されるということもあって、時には、経済の分野から、インパクトのある流行語が生まれることもある。さかのぼれば「列島改造論」や「石油ショック」などの例もあるが、現役の言葉では、なんといっても「バブル」。これに尽きるだろう。「バブリー」という応用語も含め、経済用語の枠を超えて、時代を象徴する言葉となっている。
 この言葉がここまで受け入れられたのは、当時の経済状況をビジュアルなイメージとして浮かび上がらせるからだ。実体のない経済活動が膨張し、それが急激に縮小に転じた流れは、シャボン玉が膨らんでパチンとはじけるイメージとぴったり重なる。むしろ、そのイメージが、この時代の経済についての国民的な共通認識として定着したのだともいえる。
 その共通認識を前提に、浮かれてしまった反省も、仕事や暮らしがうまくいかなくなった言い訳も、「バブル」の一言で片付くようになった。「バブルに踊らされた」「バブルがはじけてどうしようもなくなった」。こういう形で、だれもが便利に使うことができたため、「バブル」という言葉はすっかり日常的な言葉として定着したのである。
 「バブル」に少し遅れて「リストラ」という言葉も日常化した。元々は大幅な構造改革といった意味だが、人員整理、首切りという意味の方がすっかり定着した。そこでも「バブル」が言い訳に使われた。「バブルがはじけたせいなんだ。あきらめてくれ」といった具合だ。
 「バブル」にしろ「リストラ」にしろ、本来は一過性の性格で、不況が終われば忘れ去られる言葉だったはずだ。ところが、私たちはバブル崩壊から10年近くたった今でも、不振の言い訳のために「バブル」という言葉を必要としている。そのこと自体が日本経済の病状の深刻さを示している。


「IT」のブレーク

 日本がようやく「バブル」の痛手から抜け出そうとしている今、新たな時代へ向けて、新たな流行語がブレークしつつある。"Information Technology" の頭文字をとった「IT」という表現だ。今のところは「情報技術」という注釈付きで使われている段階だが、昨年の後半から今年初めにかけて、ビジネスの世界での使用頻度は急速に高まった。一般の新聞、雑誌にも登場しはじめているし、ビジネスの世界では、もはや知らないと恥ずかしいくらいの流行語だ。
 「バブル」が言い訳に使われたのに対して、現時点での「IT」は号令用の言葉である。「IT時代に乗り遅れるな」とか「ITの力で不況を突破しよう」といった形で、企業のトップが好んで使っている。そのため、ただの流行語以上に「知らないと恥ずかしい」という雰囲気になっている。その意味では、少し前にはやった「グローバル・スタンダード」という言葉と似ている。
 流行語としてのインパクトは別にして、経済、社会を揺るがすパワーという点では、「IT」には「バブル」以上のポテンシャルがある。「バブル」の傷跡は、政策対応のまずさもあって10年もの間日本を苦しめてきたが、本質的には一過性の現象に過ぎない。
 それに対して「IT」は、単なる景気拡大の起爆剤にとどまらず、産業革命以来の激変をもたらすものと考えられている。既に「IT革命」という言葉も生まれている。


「IT」の同床異夢

 「IT」という表現は、「バブル」や「リストラ」あるいは「価格破壊」や「ビッグバン」に比べて、無味乾燥というか、言葉としての面白味に欠けている。ビジネスの枠を超えて、一般的、日常的な言葉として定着するのは難しそうだ。ただ、その無味乾燥さこそが、「IT」という言葉の持ち味なのかもしれない。
 直感と概念的な理解で号令を発する経営トップと、コンピューター世代の若手ビジネスマン、それらに挟まれた中高年層。彼らの間には、IT時代の経済について共通の認識はないし、それが形成されるときには、深刻な利害対立があらわになるだろう。IT革命は、革命という表現に違わず、下克上的な動きも含めて、秩序の解体・再構築という面を間違いなく持っている。
 「バブル」という言葉が、その強烈なイメージで、だれもに共通の認識をもたらしたのと対照的に、「IT」という言葉は、何のイメージも与えないことで、潜在する利害対立から人々の目をそらし、時代を覆う同床異夢を演出する。
 人々がその夢から覚め、IT革命の現実に直面するとき、「IT」に代わって、もっと鮮明なイメージを持った新しい言葉が生まれてくるのではないだろうか。


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 (The World Compass 2006年11月号掲載)
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