政治や経済の話というと、難しい理屈や聞きなれない言葉が出てきて、わかりにくいことも多いものです。ですが、そうした話題のなかから流行語が生まれることもあります。そして、その種の流行語は、特別な力を持つこともあるのです。
殺し文句としての“IT”
今ではごく普通の言葉になりましたが、登場してきたころの“IT”という言葉は、ビジネスの世界では、特別なパワーを持っていました。
2000年初頭、コンピュータやインターネットの目覚しい進歩と普及に注目が集まって、“Information Technology(情報技術)”の略である“IT”という表現が、情報関連の技術やサービス、仕組みの総体を表す言葉として、一種の流行語となりました。
この時期、企業経営者の多くが、ITの分野に大きなビジネスチャンスがある一方で、ITの進歩に乗り遅れた企業は生き残れないと考えていました。そのため、“IT”と名の付くプロジェクトは優先的に実行される傾向が生じました。その結果、ビジネスマンにとっては、“IT”という言葉は、顧客や自社の経営者に、商品の購入やプロジェクトの実行を迫るための殺し文句となったのです。
「構造改革」の求心力
言葉としての“IT”のパワーは、いわゆる「ITバブル」の崩壊とともに薄らいできましたが、それと時期を同じくして、インパクトのある新しい流行語が生まれました。小泉政権の誕生で注目を浴びた「構造改革」です。
経済が停滞し、いろいろな社会不安が高まるなかで、「何かを変えなくては」というのは、日本の多くの人々に共通する思いでした。そのため、聖域を設けずにすべてを変革の対象にする「構造改革」は、多くの人々に歓迎され、政権に求心力をもたらしました。
その後、なかなか改革が進まないこともあって、小泉首相の人気が低迷した時期もあったのですが、2005年9月の衆議院選挙では、「構造改革」の合言葉は求心力を取り戻し、小泉自民党の歴史的圧勝の原動力となりました。
言葉の力の限界
“IT”にしろ「構造改革」にしろ、一つの言葉が社会に対して力を持つのは、どうやら、その言葉の正確な意味がきちんと共有されていない場合が多いようです。“IT”の場合には、無数に立ち上がった新事業の多くが破綻したことで、人々は現実に引き戻され、言葉の力は消えていきました。
「構造改革」にしても、何を変えるか、どう変えるか、といった現実的な議論が本格化すれば、総論としての改革に賛成している人の間でも、深刻な意見の対立が生まれてくるはずです。そうなれば、あいまいな「構造改革」の合言葉だけでは求心力にはならないでしょう。
とはいえ、流行語が社会を動かす力は決して無視できません。次にはどんな言葉が力を持つのか。それもまた時代の流れを考えるポイントの一つです。
関連レポート
■小泉改革を考える−復興と改革と摩擦の4年間−
(読売ADリポートojo 2005年10月号掲載)
■経済の流行語−言い訳の「バブル」、号令の「IT」−
(読売ADリポートojo 2000年5月号掲載)
|