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読売ADリポートojo 2002年3月号掲載
「経済を読み解く」第24回
競争力を考える−三つの力と日本の課題−

 前回は、経済と競争の関係について述べたが、今回はもう少し視野を広げて、経済における競争の特質と、そこでの競争力とは何かといったあたりを考えてみたい。


洗練された闘争

 人々の間で競争が行われるのは、なにも現代に限ったことではない。命懸けで食べ物や土地を奪い合う時代は長く続いたし、今でも地球上のかなりの地域で、そうした状況が続いている。そういう原始的な競争、これはむしろ闘争といった方がぴったりくるが、これと今日の経済における競争との間には、大きな違いがある。
 第一に、経済競争は、自由競争とはいっても、それは決して、手段を選ばない野放しの競争ではないということだ。ルールに従った「洗練された闘争」ということができる。その意味ではスポーツに似ている。スポーツでもビジネスでも、勝負に勝てば嬉しいし、他人と競い合うこと自体に喜びを感じることもある。私たちの闘争本能を満たしてくれるということだろう。
 経済における競争のもう一つの特徴は、原始的な闘争のように富そのものを直接的に奪い合うのではなく、富を得るための仕事を奪い合うものだという点にある。そのため、ライバル同士が直接力をぶつけ合うのではなく、顧客という第三者に対して力を発揮し、そこでどれだけ高い評価を得られるかの勝負になるわけだ。


三つの競争力

 それでは、顧客を惹きつけるための競争力とは何か。そこにはいろいろな要素があるのだが、突き詰めると、三つの力に整理できる。
 第一は、「新しいものを生み出す力」である。それまでになかった新しい商品やサービスを提供することで、顧客を惹きつけるわけだ。トランジスタ・ラジオやウォークマンなど、次々と新しい商品を生み出し続けているソニー、24時間営業のコンビニを展開したセブン・イレブン、エスプレッソの新しい楽しみ方を提案したスターバックスなどが、その典型と言える。
 第二は、「良いものを安く作る力」だ。最も普遍的、基本的な力である。すべての企業が、この力を身に着けようとしているが、トヨタ自動車のカンバン方式のような象徴的な事例もある。「作る」といっても、商品の製造に限った話ではない。店舗や輸送の作業を徹底的に効率化し、圧倒的な低価格販売で世界最大の小売企業となったアメリカのウォルマートの競争力も、この「安く作る力」に分類できる。
 そして三つ目は、「高く売る力」である。いわゆるブランド力がその典型だ。先日、パリのエルメス本店で、革製の携帯囲碁セット(碁石は木製)を見つけた。いかにも使いにくそうで、だれが買うのかとも思ったが、その値段は何と1,180ユーロ、約13万円。洒落や遊びでおいそれと買える値段ではない。
 この、顧客に媚びない姿勢と強気の価格設定の背景にあるもの。それこそがブランド力なのだろう。誇りを持って商品を作り、誇りを踏まえた値段で売る。それが人々に受け入れられている限り、これはたいへんな競争力になる。エルメスやヴィトンといったファッション関係に限らず、ベンツやBMWなどの自動車や、家具、家電などさまざまな分野の企業がこの力を武器にしている。いずれも、際立った演出力や、歴史、文化を背景にした物語など、モノ作りの能力以外の「何か」を持った企業だ。


追いつめられた日本の競争力

 これら三つの力を、国の単位でみていくと、いささか大雑把だが、全体的な傾向として、「新しいものを生み出す力」が強いのはアメリカで、「安く作る力」が日本、「高く売る力」がヨーロッパという色分けができるだろう。
 これは、たまたまそうなっているということではなく、税制や教育制度といった社会の仕組み、さらには各国の文化の違いが背景になっている。個性と挑戦を尊び、ベンチャー企業を育てる仕組みが整っているアメリカ。平等と協調を優先し、平均的な教育水準を向上させてきた日本。それぞれの文化にこだわり、産業を文化に連動させてきたヨーロッパ。
 これら三つの力そのものに優劣があるわけではないが、ここ10年というもの、日本の競争力は格段に低下した。バブルの崩壊にともなって企業活動が萎縮した面もあるが、より構造的な問題として、「安く作る力」の面で、東南アジア諸国、さらには中国というきわめて強力なライバルが登場したことが大きかった。今や、アメリカ、中国、ヨーロッパに、三つの力で包囲された状態とさえ言える。
 どうするか。難題である。おそらく短期間で何とかする手はない。「安く作る力」が有効なうちに、他の二つの力を蓄えるしかないだろう。個性を尊重した教育制度への転換と個人の挑戦をサポートできる金融システムの構築。加えて、憧れの目で見られるような文化と国のたたずまいを作り上げていくこと。これらは、今取り組まれている構造改革の、最終的に目指すべきゴールを示すものでもある。


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