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コンピレーションCD「オーラ〜美しい感動〜」対外資料
進化する感動消費のマーケット

広がる「感動消費」

 ここ数年、日本の消費市場では、「感動」をカギとした商品やサービスのヒットが目立っている。いまや「感動消費」は、消費市場の主役と呼べる存在になってきているが、これまでの流れには、日本経済全体の変化が密接に関わっている。
 人々の暮らしが次第に豊かになっていくにつれて、消費者のニーズは、必要最低限の「基礎」の領域から、より快適な暮らし、便利な暮らしを求める「機能」の領域、さらには、楽しさや安らぎ、自己実現といった「心」の領域へと高度化してきた。その「心」の領域のなかでも、長引く不況下にあった1990年代後半には、先行きへの不安感や閉塞感を映して「癒し」が大きなキーワードとなったが、経済が明確に上向きはじめた2004年あたりから、「感動」が新たな主役として浮上してきた。「セカチュウ(世界の中心で愛を叫ぶ)」や「冬ソナ(冬のソナタ)」のブームがあり、アテネ・オリンピックでの日本選手の大活躍で日本中が盛り上がった年である。
 その後も、スポーツのイベントや映画、ドラマ、音楽、ゲーム、旅行など、感動を生み出す商品やサービス、情報の市場は活況を維持し、現在の日本経済において最もホットな市場となっている。ただ、感動消費の市場規模を特定することは容易ではない。というのも、感動がカギを握る市場は、消費のあらゆる分野に及んでいるからだ。例えば、日常的な消費活動においても、お菓子や飲料などの娯楽的な要素の強い食品や雑貨などでは、「こんなの見たことない」とか「出会えてラッキー」といった、ささやかな感動が購入を促すカギになるケースが増えている。競争の激化が著しいコンビニやドラッグストアでは、そうした「プチ感動」をどれだけ提供できるかが競争力の重要な要素になっている。
 また、薄型大画面テレビやDVDレコーダー、デジタルカメラなどのデジタル家電のブームも、迫力のある画面で見ることで感動をより大きなものにしようとか、記録に残して何度も楽しもうといった、感動に対する欲求の高まりが背景となっている。
 こうした領域まで含めると、感動消費の市場は、趣味や娯楽の分野はもちろん、生活の基本的な分野まで、きわめて広範囲に及んでいるといえるだろう。これは言い換えれば、消費市場の一部が感動消費の領域であるというよりも、消費市場全体が感動消費化してきているということだ。


「感動する力」の強化

 感動消費の市場には、従来の消費市場とは大きく異なる特徴がある。それは、消費者自らが、感動を得られるイベントやコンテンツが提供されるのを漫然と待つのではなく、感動を最大化するための主体的な動きを活発化させている点である。感動した映画やイベントのテーマ音楽を繰り返し聴いたり、映画やドラマの舞台となった場所を旅してみたりといった行動が典型だが、デジタル家電で感動を増幅する体制を強化しているのもその一環だ。
 また、多くの人々と感動を共有することで、それを増幅しあうスタイルも目立っている。独りテレビで見るよりも、会場に行ってみんなで一緒に歌ったり踊ったり応援したりする方が、より大きな感動を得られるものだ。イベントの前後に、周囲の人々と、あるいはインターネットの掲示板サイトや個人のブログを通じて、そのイベントに関するそれぞれの思いを語りあうことにも、大勢での共有によって感動を増幅する意味合いがあるだろう。オリンピックやW杯で日本選手、日本チームを応援する際には、日本中で感動を増幅しあうことになるわけだ。
 さらに、ただ単にスポーツを観戦したり、映画や音楽を鑑賞したりするのではなく、それにまつわる情報を収集して理解を深めることで、より大きな感動を得ようとする方向性も一般化している。それは、「マニア」や「オタク」と呼ばれる人々の活動ともオーバーラップする。また、時代を超えて人々を感動させてきた、古典とかクラシックといったタイプの映画、小説、音楽を、最初はとっつきにくくても、勉強して受け止めてみようという動きも広がっている。これらはいずれも、消費者の「感動する力」の強化と位置づけることができるだろう。


共鳴する企業と消費者

 感動消費のマーケットでは、消費者自らが感動力の強化を目指してさまざまな活動を行っているが、それに共鳴する形で、企業の事業展開も多彩なものとなっている。メインとなるイベントやコンテンツの提供に加えて、消費者が感動を増幅させたり、感動する力を蓄えたりといった活動をサポートするさまざまな商品やサービスも生み出されてきている。
 感動を大勢で共有するスタイルでは、試合のないスタジアムの巨大画面を使って大勢でテレビ観戦するパブリック・ビューイングの試みや、スポーツ中継を大画面で流すスポーツバーといった、「場」を提供するビジネスが盛り上がっている。感動する力の蓄積をサポートする試みとしては、さまざまなメディアを通じた情報提供や学習機会の提供が行われている。消費者の古典回帰への対応としては、初心者のとっつきにくさを緩和させたり、受け入れやすくするための入門編の提供に加えて、クラシック音楽を現代風にアレンジしたり、往年の名作映画のリメイクや、人気作家による海外文学の新訳本の出版といったような動きも目立っている。
 こうした企業サイドの展開が、感動を求める消費者の活動をさらに活発化させている。消費者と企業の行動が共鳴しあうことで、感動消費の市場は一段と拡大し、質的にも多様化と高度化が進んでいるわけだ。その流れは、社会全体からすると、文化の醸成という意味合いも持ってくる。感動消費の市場は、個々の消費者の心の領域と、社会全体の文化の領域とを巻き込みながら進化を続けていくことになる。その進化の展開は、日本の今と未来を考えるうえでの重要なカギとなるだろう。


 この文章は、東芝EMI社から、新たに発売するコンピレーションCD「オーラ〜美しい感動〜」(アマゾンの紹介ページへ)の対外説明資料に使いたいとのことでご依頼いただいたものです。特定の商品の宣伝用の文章は書いたことがなかったので、どうしたものかと思ったのですが、このCDについては意識せずに、現在の消費市場における「感動」というキーワードについて書けばよいとのことでしたので、お引き受けしました。
 それはともかく、このCD、私自身は非常に気に入ってしまいました。曲のリストを見たときには「好きな曲がいくつか入っているけど半分以上は知らないなあ」と思ったのですが、聴いてみて、ずいぶんと新たな出会いがありました。好きな曲、好きなアーティストが入っているな、と思われた方、聴いてみられると、新しい“お気に入り”と出会える可能性はかなり高いと思います。


「オーラ〜美しい感動〜」(アマゾンの紹介ページへ)


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