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ダイヤモンド・ホームセンター 2007年10-11月号掲載
王者の時代−「普通」の企業に生き残る道はあるのか?!−

王者の条件

 価格破壊のブームがデフレ・スパイラルへと移行した1990年代半ば以降、日本の小売業界は、戦国時代にもたとえられるような、厳しい消耗戦を続けてきた。その過程では、最大手企業も含む多くの企業が経営を破綻させ、市場から姿を消したり、他社の傘下に入って再建を目指すことになった。
 そうした厳しい状況は依然として続いているが、そのなかでも、局面が変わる兆しも見えてきつつある。それは、戦国時代で言えば、織田信長や徳川家康のような、他を寄せ付けない実力を持った「王者」の登場と台頭である。ここで言う王者とは、各業態、各地域において、単に事業規模が大きいだけでなく、顧客が求める商品やサービスを圧倒的な低価格で提供できる、まさに小売業の王道とも言うべき路線での力に秀でた企業をイメージしている。「ウォルマートのような」と言えば理解しやすいだろう。
 彼らに共通するのは、第一に、圧倒的な価格訴求力を担保する企業体質、あるいは事業構造を有しているという点だ。そして第二に、そうした低コスト体質、低コスト構造が、事業規模の拡大にともなって一段と強化されていく、規模の経済性を備えていることもポイントとなる。この二つの条件を満たしている企業は、価格訴求力によって事業規模を成長させ、規模が拡大することで価格訴求力が一段と強化されるという、規模と競争力のスパイラル的な成長軌道を描くことができる。
 彼らがいったん成長軌道に乗ると、他社との競争力の格差は開く一方となり、彼らはそれぞれの市場において圧倒的な存在となっていく。現在は、一部の業態、あるいは地域で、そうした王者候補がほぼ絞られて、いよいよスパイラル的な成長軌道に乗りはじめた段階だ。ホームセンターのカインズ、家電量販のヤマダ電機、カジュアル衣料のユニクロなどが、有力候補である。その流れが続けば、厳しい競争環境下で、彼ら以外の企業はいよいよ窮地に立たされることになるだろう。
 王者が君臨する世界。そこで、自らが王者になれれば、何の問題もない。しかし、当然のことながら、王者となれるのは、ごく一握りの企業に限られる。多くの企業は、今後、王者のいる市場でいかに生き残っていくのか、戦略を問われることになる。


それぞれの立ち位置

 王者が君臨する世界では、単なる価格競争では王者にかなわない。王者以外の「普通」の企業が事業を維持していくための戦略は、必然的に限られてくる。下の二つの図は、そうした時代の小売業の戦略を考えるための概念図である。いずれも、図の縦軸には価格訴求力の源泉となる低コスト体質、低コスト構造の度合い、横軸には顧客を引き付ける戦略としての価格訴求と非価格訴求のバランスを取って、個々の企業のポジションを概念的にプロットしていったものである。

小売企業の戦略ポジションの概念図


 左側の図は、王者候補が成長軌道に乗るまでの時代の状態を示している。この段階では、多くの企業が、低コストから高コストまで層を成して散らばり、低コストの企業ほど価格訴求戦略を志向し、そうでない企業ほど非価格訴求戦略を取る傾向が緩やかに存在しているものと考えられる。したがって、図上に個々の企業をプロットすると、低コスト・価格訴求の右上のゾーンから、高コスト・非価格訴求の左下にかけて緩やかに伸びた星雲状に分布することになる。
 それに対して、右側の図は、王者が君臨する時代の状態を示している。王者の存在が確立してしまうと、コスト面では彼だけが圧倒的に優位なポジションに突き抜けてしまい、その他の企業は、いささか乱暴な切り分けではあるが、程度の差はあっても、すべて高コスト体質、高コスト構造の範疇に入ってしまうことになる。そうなると、戦略面でも中途半端なポジションは許されなくなり、個々の企業のポジションは、自ずと、上下左右の四つの象限のいずれかに分化していくことになる。
 まず図の右上、低コスト体質・低コスト構造で価格訴求戦略という小売業の王道を歩むこのゾーンは、言うまでもなく王者の領域である。ここにプロットされるのは各業態の1社か2社、小売業界全体でもごくわずかな一握りの企業に過ぎない。その意味で、左側の図に比べて、このゾーンは小さく描かれている。
 それ以外の大多数の企業は、図の下側に入ることになるが、単なる価格訴求だけでは、いずれ王者との競合に敗れて市場から退場する運命になる。王者のいる時代に生き残る企業は、価格以外の何らかの優位性を持ち、非価格訴求戦略を採り得る企業に限られる。図の左下のゾーンである。
 残る右下、左上の二つのゾーンに入る企業は、きわめて例外的な存在ということになる。高コスト・価格訴求戦略の右下は、基本的には王者に抵抗できない敗者のゾーンであるが、小売業でロスを出しても、それが小売以外の事業の収益に結び付くような事業構造になっていれば、その限りではない。たとえば、GMS(総合スーパー)をはじめとする大規模店を運営する企業が、自社店舗を集客力の要とした商業集積を開発し、その不動産収入で稼ぐスタイルが挙げられる。いわば、「脱・小売戦略」だ。ただ、これまでの段階では、それ以外のスタイルは登場してきていないことから、あくまでも例外的なポジションということができそうだ。
 他方、左上のゾーンに入るのは、低コストであると同時に非価格訴求力も有し、きわめて高い収益力を持つ超優良企業である。ここはほとんど例がないが、一時期のユニクロがそれに近い存在であったと言えそうだ。2000年頃の同社は、中国での生産体制を背景とした低コストの事業構造を確立するとともに、テレビCMなどによるイメージ戦略の成功によってブランド力をも強化し、高収益と急成長を実現させていった。しかし、あまりの急成長のために陳腐化の速度も速く、ブランド力は次第に失われていった。その結果、現在のユニクロは、図の右上、典型的な王者のポジションに落ち着いている。


普通の企業はオリジナリティがカギ

 こうして整理してみると、王者以外の普通の企業が採り得る戦略は、図の左下、王者の価格訴求力に対抗できるだけの何らかの非価格訴求力を確立する戦略に限られてくる。その路線では、個々の企業が武器とする訴求力にはさまざまな可能性があるが、そのすべてに共通するポイントもある。
 まず、非価格訴求戦略に共通する基本的な前提条件となるのが、オリジナリティの確立だという点である。何か、他者にマネのできない特別な優位性を築ければそれに越したことはないが、最低限、王者の店舗との差別化を実現できるだけのオリジナリティを持つことは、王者のいる時代に生き残っていくうえで不可欠な条件だ。
 王者の店舗は、それ以外の普通の企業にとっては、脅威であると同時に、差別化を考えるうえでのベンチマークともなる。というのは、企業としての王者はごく少数の突出した存在だが、成長軌道に乗って店舗網を拡大させた王者の店舗は、消費者から見ると、最もありふれた、最も当たり前の店舗ということになるからだ。
 オリジナリティの内容という意味では、一般的には、オリジナル商品を開発してラインアップしていくことが、顧客に対するアピール力は最も強いと考えられるが、それ以外にも、提供するサービスの内容、品ぞろえの幅と奥行き、店舗のデザイン、立地特性など、オリジナリティの方向性は無数にある。ただし、それが単に他と違うというだけでは、顧客に対する訴求力とはならないことは言うまでもない。たとえ一部の顧客に対してであっても、そのオリジナリティが他よりも選好されてはじめて、訴求力の源泉となるわけだ。
 そうした競争上の意味のあるオリジナリティを獲得し、それを訴求力の核としていくという意識が企業内部で共有されると、そのオリジナリティは企業にとってのアイデンティティとなる。そして、アイデンティティの確立は、企業全体が一丸となって大きな戦略に沿って走りはじめるための起点でもある。
 さらに、企業のアイデンティティが一つの統合的な意味を持って顧客に理解され浸透していけば、それはブランドとしての力を持つことにもつながる。確かなオリジナリティに裏打ちされたブランドの力は、非価格訴求戦略においては、きわめて重要な戦力となる。それを手に入れるためには、積極的なPR戦略、イメージ戦略を展開していくことも選択肢となるだろう。
 それぞれのオリジナリティを企業としてのアイデンティティ、さらにはブランドへと発展させていくプロセスは、非価格訴求戦略に共通する理念形と言えるが、それを実践することは必ずしも容易ではない。しかし、多くの業態、多くの地域では、王者が圧倒的な力で席捲するまでにはまだ時間がある。自ら王者を目指す戦略がまだ有効であるケースもあるだろう。いずれの道を目指すにしろ、すべての小売企業にとって、ここ数年の戦略的な展開が、その後の発展と生き残りに向けて、きわめて重要な意味を持つことになるだろう。


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