ハイブリッド戦略への傾斜
2006年、日本経済は久々に確かな復活の手ごたえを感じながら新年を迎えることができた。そうしたなか、リテール業界においても、先行する企業群は、デフレ経済の主因でもあった消耗戦的な価格競争を抜け出し、次なる競争のステージに入ろうとしている。それは、時代とともに高度化を続ける消費者のニーズに応え得る新たなビジネスモデル、あるいは新たな業態をいかに迅速に打ち出していけるかの競争である。
かつてのリテール業界の新業態開発においては、百貨店であれば巨大な店舗に多彩な商品を陳列するショールーム機能、スーパーの場合にはセルフサービス方式とチェーンオペレーション、コンビニの場合にはフランチャイズ方式を前提とした長時間営業、といった具合で、いずれの場合も画期的なイノベーションが前提となっていた。これらに続く多彩な専門店チェーンや外食チェーンの場合にも、スーパーやコンビニほど画期的ではないにしても、それぞれに他社店舗との差別化の核となる、なんらかの新機軸を打ち出すことが不可欠であった。
それに対して、近年目立ってきているのは、一つの商業施設に、複数の異なる業態の特性を盛り込むことで、新たな競争力を獲得しようという動きである。それは、既に存在している業態の遺伝子を組み合わせることで、新しいビジネスモデル、新しい業態の開発を加速させようという試みだ。農業や畜産業でいえば、人為的な品種改良によるハイブリッド、交配種の創出である。
本格化する複合型商業施設の展開
リテール産業におけるハイブリッド戦略の原始的な試みは、複数の有力業態を一つの商業施設に組み込んだ、複合型商業施設の展開である。JRや私鉄各社が古くから進めていた駅ビルの開発のほか、東京新宿に「タカシマヤ・タイムズスクエア」がオープンした90年代半ば以降は、百貨店の新規出店やリニューアルにあたっても、集客力向上のために複数の大型専門店を導入する戦略が定着している。六本木や丸の内など都心の再開発地区のショッピングゾーンの構築においても、有力テナントを組み合わせるハイブリッドの発想が基本になっている。
加えて、イオン・グループや三井不動産をはじめとする不動産企業による、郊外型のショッピングモールの開発も急増している。GMSとしては最強の競争力を誇っていたイトーヨーカ堂も、GMS核のモールのみならず、食品スーパー核のNSC(近隣型ショッピングセンター)まで含んだ商業施設の展開に着手した。地方勢力を見ても、食品スーパーへの転換とモール事業の展開を並行して進めてきたベイシア・グループ(群馬)をはじめ、平和堂(滋賀)、イズミ(広島)といった有力地方GMSは、すでにモールの展開を進めている。また、食品スーパーを展開する企業も、日常的な買い物の場として、自社店舗を核としてドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせたNSCの展開を本格化させつつある。
加速する融合型新業態の開発
複数の業態を一つの商業施設に同居させるスタイルから一歩踏み込んだ形態として、複数の業態を一つの店舗として融合させ、新しい業態を創出する方向性もある。ウォルマートに範をとって、ディスカウントストアやホームセンターに食品スーパーを組み合わせる形で開発された日本型スーパーセンターもその一例だ。その他、食品スーパーとドラッグストアや、コンビニと自動車用品など、さまざまなハイブリッド業態が試みられてきた。
さらに、複数の業態の機能や特質を融合させた事例もある。近年急成長中の九九プラスが運営する「ショップ99」がその典型だ。ショップ99の店舗は、商品カテゴリーでは生鮮を主力とする食品スーパー、店舗規模や立地特性はコンビニ、販売手法は100円ショップと、それぞれの業態の機能や特質を併せ持つ業態として開発された。また、新業態開発とまではいかないが、食品スーパーなどが進めている長時間営業化はコンビニの特質を取り込んだものであるし、食品スーパーの対面販売強化やコンビニの配達サービスは、個人商店の特質をそれぞれの業態に組み込むことで、ビジネスモデルの改良を目指したものである。これらもまたハイブリッド型の競争力強化策と言えるだろう。
高度化する企業間関係
複合型の商業施設の展開であれ、融合型の新業態開発であれ、リテール産業のハイブリッド戦略においては、業種、業態の異なる複数の企業間の機能分担関係の構築が重要になる。
複合型の商業施設の展開では、用地や施設を保有する企業と、それをデザインし運営する企業、そこに店を開いてリテール事業を行う企業といった機能分担が想定される。これが単発の商業施設であれば、基本的には、不動産の賃貸借関係を土台とする大家と管理人と店子の関係である。しかし、NSCのようにある程度標準化された複合型商業施設を多数展開していくことを考えると、その所有企業や開発・運営を受け持つ企業が、有力なテナント企業との間に、より密接な関係を築いていくことも想定される。
融合型の新業態開発においても、事業ノウハウや商品の供給、確立したブランドの活用などを目的として、さまざまな形の企業間連携が構築されることは十分考えられる。これまでのところは目立った実績はないが、今後は複数の企業が共同して業態開発にあたるケースも出てくるだろう。
複雑な機能分担やノウハウの移転を前提とする企業間関係の構築においては、資本関係にまで踏み込むことも選択肢となる。これまでは、規模拡大や弱者救済を目的とした同業種間のM&Aが中心であったが、これからは異業種間M&Aのウェイトも大きくなってくるものと考えられる。
カギとなるフランチャイズ方式
その一方で、ハイブリッド戦略の多角的、機動的な展開を志向するうえでは、フランチャイズ方式の活用が有力な選択肢となる。フランチャイズ方式の本質は、異質な経済主体が独立性を保ちながら、それぞれの持つ資源を出し合うことで事業展開を加速させることにある。これは、消費者の変化にあわせた業態開発と店舗展開の迅速さが問われるこれからの時代に、打ってつけの手法と言えるだろう。
複合型商業施設の展開においては、その施設を所有している企業や運営している企業が、有力テナント企業のフランチャイジーになる形が想定される。具体的には、すでに大型店を展開してきた百貨店やGMSなどのリテーラーに加えて、「駅」という優良立地を多数抱えている鉄道会社や、広大な遊休地を抱えている製造業企業などだ。
また融合型新業態の開発においても、フランチャイズ方式は効力を発揮し得る。異業態の特質を自社店舗に加えようとする企業が、対象となる業態を展開している企業からノウハウを得るために、フランチャイズ契約を結ぶ形である。
いずれのケースでも、フランチャイジーはある程度の事業規模を持った企業である。また、フランチャイジーの側が、複数のフランチャイザーと契約するケースも出てくるだろう。そうした点では、個人や個人商店を主なフランチャイジーとして店舗網を広げていった、従来のフランチャイズ・チェーンの展開とは一線を画すことになる。それぞれの持つ資源を出し合うという本質は不変でも、契約の内容や条件は自ずと違ってくるはずだ。
そうした動きから生み出されるであろう新たなスタイルのフランチャイズ方式は、これからのリテール産業の展開を考えるうえで、きわめて重要なカギとなるだろう。
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