日本の近代リテール産業は、その誕生からほぼ100年を経ている。その歴史は、日本経済の発展と消費者の変化への適応を繰り返す進化の過程でもあった。そのプロセスにおいては、鉄道会社の果たしてきた役割も大きい。現在、日本のリテール産業は、新たな時代に向けた転機を迎えつつあるが、そこでもまた、鉄道会社の果たす役割への期待が高まっている。
1.リテール産業の歴史
(1).百貨店からGMS、そして専門店チェーンの時代へ
近代産業としての日本のリテール産業の歴史は、1904年12月、東京日本橋の三越百貨店の開店で幕を開けた(下図)。日本の産業や社会全体が、欧米の先進国から技術や文物を導入し、近代化に邁進していた時代である。「百貨店」は、西洋風大建築の店内に商品を展示する販売方式で、欧米の近代的なライフスタイルを日本の人々に提示するショールームとしての役割を果たしていった。
日本のリテール産業の歴史 |
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そして戦後には、本格的なチェーンストアの展開がスタートする。まず、高度成長期には、新たな主役「GMS(General Merchandise Store/総合スーパー)」が台頭した。日本のGMSの原型は、1950年代末、米国を視察した流通業者によってこぞって導入されたスーパーマーケットのビジネスモデルにある。そのベースとなっていたのは、大量に陳列した商品の中から買いたいものを来店客が自分で選び取って最後にレジで精算する「セルフサービス方式」と、本部が多数の店舗を運営する「チェーンオペレーション」という二つの革新的な技術であった。
日本のスーパーマーケットは、食品と日用雑貨に特化した食品スーパーと、百貨店同様に衣食住すべての分野の商品をそろえたGMSの二つの業態に分かれていった。そのうちダイエーやイトーヨーカ堂に代表されるGMSは、「ワンストップ・ショッピング」のコンセプトに沿った衣食住全般にわたる幅広い品ぞろえで人々を惹きつけ、急成長を遂げていった。
しかし、日本経済が高度成長期から安定成長期へと移行した1970年代半ばころから、日本の消費者は効率的で安いだけの店では満足しなくなり、買い物しやすい快適な店舗、豊富な選択肢のある品ぞろえ、専門的な情報提供など、次々と要求を高度化、多様化させていった。そうした変化を受けて勃興してきたのが、コンビニエンスストア、ドラッグストア、ホームセンター、ファストフード、ファミリーレストランなどの専門店チェーンである。
そして1980年代末に実施された、大型店の出店規制の緩和が、GMSから専門店チェーンへの主役交代を劇的に進める契機となった。GMSは、出店規制の緩和を受けて一気に出店を加速させたことで売り上げは伸ばしたものの、GMS同士の競合が激化し、ついには消耗戦的な価格競争に陥ってしまった。その結果、最大手のダイエーも含めて、マイカルや長崎屋など、多くのGMS企業が経営を破綻させていった。
それに対して、専門店チェーンの多くは扱う商品分野を絞り込み、他社の店舗との差別化を進めることで極端な価格競争を回避し、成長性と収益性を維持してきた。GMSが消耗戦に陥った1990年代には、大型紳士服店、カジュアル衣料品店、100円ショップなど、多彩な専門店チェーンが台頭した。GMSが急成長した時代には出遅れた感のあった食品スーパーも、日常の「食」の領域に特化した専門店チェーンとして、その地歩を固めていった。
(2).ハイブリッドへ向かう新たな潮流
21世紀に入った現在でも、専門店チェーンが日本のリテール産業の主役の座を占めている状況は変わっていない。しかし、リテール産業の進化のプロセスを考える視点に立つと、従来とは違う新しい状況も生じてきている。
従来のリテールの進化は、商品構成や販売手法など多彩ではあったが、いずれも個々の店舗や業態の次元でのものであった。しかし、近年ではそれに加えて、複数の店舗や業態の集合体としての商業集積の次元、あるいは複数の店舗を盛り込む器としての商業施設の次元での進化が本格化してきた。その流れのなかで生み出されてきたのが、複数の有力な店舗を組み合わせた相乗効果による集客力向上を狙った「ハイブリッド型商業施設」である。
その萌芽は、百貨店と大型専門店を組み合わせた新宿の「タカシマヤ・タイムズスクエア」や価格訴求型の専門店をそろえた「パワーシティ四日市」など、1990年代半ばには見えてきていたが、その展開は21世紀を迎えたころから一気に本格化した。六本木や丸の内など都心の再開発地域の商業ゾーンが話題となり、郊外の大規模モールの開設も増えた。日常的な買い物の場としては、食品スーパーにドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた「NSC(Neighborhood Shopping Center)」と呼ばれるタイプが急増しているし、百貨店のリニューアルでも、さまざまな専門店やアミューズメント施設を組み込むスタイルが定着している。
そうしたハイブリッド型商業施設の発展によって、専門店チェーンは店舗展開の新たな舞台を得ることになる。さらに、ユニークな専門店の開業と生き残りが容易になることも期待できる。単独での店舗展開は難しくても、商業施設全体の演出やイメージアップに貢献できる個性的な店舗であれば、商業施設のコンテンツとしては成立し得るためだ。
1970年代以来の多彩な専門店チェーンの成長は、地域に根差した個人商店の存続を難しくしてきた。チェーン店がコピーのように増殖していくのに圧倒されて、ユニークな個人経営の専門店は次々に消えていった。
ローカル色の強い地方の老舗でも、事業を維持できないケースが少なくなかった。専門店チェーンの多様化が進んだ反面、個人商店まで含めて大きくとらえると、むしろ全国一律の画一化が進んできていたのである。
ハイブリッド型商業施設の台頭は、ユニークな専門店の事業環境を改善することで、そうした状況を大きく変えていく可能性がある。より大きな意味での多様化の幕開けととらえることもできるだろう。
2.鉄道会社とリテール産業
(1).主役の一翼を担った百貨店時代とGMS時代
ここまで見てきた日本のリテール産業の進化の歴史においては、鉄道会社も大きな役割を果たしてきている。
百貨店の時代には、当初は三越をはじめ、呉服店からの業態転換が目立っていたが、1930年代には鉄道会社による開設が盛んになった。先駆けとなったのは1929年、大阪梅田にオープンした阪急百貨店だ。ターミナル駅に百貨店を開設することで、沿線住民の利便性を高め、鉄道の利用をうながすとともに、百貨店の存在で沿線の不動産価値を高める狙いがあった。鉄道会社による百貨店の展開は、沿線の不動産開発を加えた三点セット型の事業によって地方都市にまで広まり、近代化の潮流を大都市から地方へと波及させる役割を担ったのである。
戦後のスーパーマーケットの導入においても、食品や衣料品などの小売業者が先行したが、鉄道会社もそれに続いていった。日本各地の鉄道会社は、スーパーを運営する子会社を設立し、食品スーパーや小型のGMSを展開していった。鉄道、リテール、不動産の三点セットのリテール部門にスーパーを加えた形である。百貨店の開設は主要なターミナル駅に限られていたが、チェーンオペレーションによる多店舗展開を前提とするスーパーの事業では、路線の駅周辺に多数の店舗が開設された。
このような形で、百貨店の時代からGMSの時代にかけては、鉄道会社のリテール事業は日本のリテール産業において大きな地位を占めていた。しかし、1980年代あたりからはじまる専門店チェーンの時代には、次第に影が薄くなっていく。その最大の要因は、自動車の普及(下図)による店舗の立地条件の激変であった。
乗用車の世帯普及率の推移 |
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1970年代に入って急速に普及の進んだ自動車は、人々の「買い物の足」としても使われ、リテールの立地条件としては駅の周辺よりも、大きな駐車場を確保できる郊外や車での来店に便利なロードサイドの方が有利になった。それに対応して、GMSや食品スーパー、さらにはこの時期に勃興してきた多彩な専門店チェーンがこぞって郊外やロードサイドでの店舗展開を進めていった。また、専門店時代の主役の一つであるコンビニが、フランチャイズシステムを活用して、駅周辺以上に人々に身近な住宅地で急速に店舗を増やしていった。
こうしてリテールの立地条件が激変するなか、多くの鉄道会社系スーパーは、優位性を失った駅周辺に取り残される形で成長性、収益性を低下させていったのである。
(2).再び期待を背負うハイブリッド時代
専門店チェーンの時代には影の薄かった鉄道会社のリテール事業も、ハイブリッド型の時代の到来によって、再び大きな期待を背負う局面を迎えている。鉄道会社が駅および駅ビルという、ハイブリッド型の展開に好適な立地を豊富に確保しているためだ。既に長年にわたり駅ビルにおいて商業施設を運営してきた実績もある。JRグループには、「ルミネ」や「アトレ」といった確立されたブランドもある。
ハイブリッド型の商業施設の運営には、施設トータルでの集客力を最大化するために、組み込む専門店のラインアップを考え、その配置や全体の雰囲気をコーディネートする機能が必要になる。この機能をどれだけ高められるかが、ハイブリッド時代の主役争いのカギとなる。
その点での競合相手を見ていくと、郊外型の大型ショッピングモールの展開では、GMSからモール運営に事業の軸足を移すことで業績を維持してきたイオングループが先行している。また、不動産会社や専業の商業デベロッパーに加えて、1960年代に日本初の本格的なショッピングセンターと言われたSC玉川高島屋を開設して以来、商業施設の運営の実力を蓄積してきた高島屋グループをはじめ、百貨店も有力だ。
優良な立地を確保している鉄道会社にとっては、これらの競合相手と手を組む展開も十分考えられる。ただ、競合するにしても連携するにしても、鉄道会社にとって重要なポイントは、駅および駅周辺の中心市街地の立地条件がどうなるかだ。自家用車での買い物が依然として主流を占めているなかで、買い物客を中心市街地に向かわせることは容易ではないが、政策的な後押しは期待できる。ここにきて、出店規制の見直しも含めて、荒廃した中心市街地の再建に向けた政策的な動きが本格化しつつある。これは、高齢化時代の到来を視野に入れた動きでもあるが、駅周辺での事業展開の追い風となるだろう。
具体的な施策においては、道路や駐車場の整備による自動車のアクセスの改善に加え、住宅地と市街地とを結ぶ公共交通機関の拡充、医療や介護といった公共サービスも含む多彩なサービス機能の導入など、人々を惹きつけるトータルな「街づくり」の次元での戦略が求められる。そうなると、話はリテール産業の枠を大きく超えることになるが、その成り立ちから公共性を掲げてきた鉄道会社が取り組む必然性の大きい事業と言えるだろう。
そこでは、政府や自治体との連携に加えて、鉄道会社としてもグループの総合力を結集させることが求められる。従来からのリテール、交通、不動産の三点セットを大幅に拡張し、高度化させるイメージだ。経済が発展し、消費者のニーズが高度化するなか、リテール産業と同様、鉄道会社にも新時代に向けた進化が求められている。
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