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The World Compass(三井物産戦略研究所機関誌)
2004年5月号掲載
流通産業の歴史的展開

 今年、2004年は、日本に近代流通業が生まれてちょうど100年の節目の年である。日本の近代流通業の歴史は、1904年、東京日本橋の三越百貨店の開店で幕を開けた。今も残る日本橋の三越本店である。その後、日本の流通産業は、先進地域である欧米から様々なコンセプトや技術を取り込みながら、それを日本風に消化、アレンジすることで発展してきた。そして、100年目となった今年、奇しくも三越日本橋本店のほど近く、1999年に閉鎖された東急百貨店(旧・白木屋百貨店)の跡地に、現代の日本流通産業の象徴とも言える複合商業施設「COREDO日本橋」がオープンした。
 以下では、三越開店以来の歴史を振り返ったうえで、日本の流通産業のこれからの展開について考えてみたい。


三つの時代区分

 日本の流通産業にとってのこれまでの100年間は、太平洋戦争を挟む空白期間と復興期を除くと、三越開店以来の「近代化」の時代、スーパーマーケットの導入で始まった「効率化」の時代、そして1970年代のコンビニエンスストア(以下コンビニ)、ファストフードの登場を端緒とする「多様化」の時代と、それぞれにオーバーラップしてはいるが、概ね三つの時代に区切って考えることができる(下図参照)。

日本の近代流通産業の歴史


(1)近代化の時代
 近代化の時代の主役は、言うまでもなく、三越をはじめとする百貨店である。この時代は、流通業に限らず、日本の産業や社会全体が、欧米先進国から技術や文物を導入し近代化に邁進した時代である。百貨店は流通業としての近代化というにとどまらず、西洋風の大建築を構え、商品を展示する販売方式を導入することで、欧米の近代的なライフスタイルを日本の人々に提示するショールームとしての役割を果たした。
 今に残る開店当時の三越の広告文、いわゆる「デパートメント宣言」にも、「当店販売の商品は今後一層其種類を増加し凡そ衣服装飾に関する品目は一棟の下にて御用弁相成候様施設致し」というくだりがある。新時代の文物をあまねくそろえてお見せしましょうというわけだ。当時、百貨店に行くというのは、単に必要なものを買い求めに行くのではなく、娯楽をともなった非日常的な行事であった。今でいうテーマパークのような存在でもあったのである。
 百貨店の運営主体は、当初は三越と同様に呉服店からの業態転換が目立ったが、1930年代には鉄道会社による開設が増えていった。先駆けとなったのは、29年に大阪梅田にオープンした阪急百貨店である。ターミナル駅に百貨店を開設することで、沿線住民の利便性を高め、鉄道の利用を促すと同時に、百貨店の存在で沿線の不動産価値を高める効果もあった。日本の近代化を象徴する百貨店は、鉄道と沿線の不動産開発を加えた三点セット型の事業によって、大都市だけでなく、地方都市にまで広まっていったのである。

(2)効率化の時代
 日本の流通産業の二つ目の時代潮流は、スーパーマーケット業態の導入によってもたらされた。スーパーマーケットは、店舗、組織、流通チャネルという三つの次元での効率化を可能にする業態として、米国を視察した流通業者によってこぞって導入されていった。
 店舗の効率化を実現したのが、セルフサービス方式であった。大量に陳列した商品の中から買いたいものを来店客自らが選び取って、最後にレジで精算する方式は、店舗の人員削減によるコスト圧縮を可能にした。マネジメントの面ではチェーンオペレーションの手法が取り入れられた。チェーン本部が多数の店舗を運営することで、財務や総務といった間接部門の経費の比率を圧縮できるのに加え、一括購入により仕入れ価格も抑えられる。こうした効率化の成果は、販売価格の低下を通じて消費者にもたらされ、それが集客力の向上につながった。
 商品構成においては、あらゆる商品をそろえるという点では百貨店と同じ方向性だが、百貨店が非日常的な存在であったのに対して、スーパーマーケットは、人々の日々の買い物の利便性、効率性を高めるという実用的な側面が強かった。いわゆる「ワンストップ・ショッピング」のコンセプトである。
 スーパーマーケットは、百貨店同様に衣食住のすべての分野の商品をそろえた総合スーパー(GMS)と、食品と日用雑貨に特化した食品スーパーの二つの業態に分かれていったが、ダイエーやイトーヨーカ堂に代表されるGMSは、大量生産される工業製品の効率的な国内販売チャネルとして急成長を遂げ、72年には、GMS最大手のダイエーの売上高が三越を上回るまでになった。GMSは、大量生産・大量消費を軸とした経済発展を背景に、企業も消費者も効率を追い求めた時代の象徴となったのである。
 GMSは、その後も日本流通業の主役の地位を維持し続けたが、零細小売店を保護する目的で、百貨店法を改正する形で73年に制定された大規模小売店舗法(大店法)によって大型店の出店が厳しく制限されるようになると、成長ペースを抑えざるを得なくなった。これは反面では、大型店同士の競争を抑制することにもなり、その結果、GMSは効率化を追求するインセンティブを失っていった。
 大店法が緩和された90年代、効率化の潮流は再び盛り上がりを見せた。そこでの主役は、すでにGMSではなく、「価格破壊」を標榜する新興のディスカウンターたちであった。しかし、この頃には、効率化と低価格化だけで事業を維持できる時代は終わりを告げようとしていた。

(3)多様化の時代
 多様化の潮流は、効率化時代の主役GMSが流通産業のトップに昇りつめた70年代前半に、すでに萌芽を見せ始めていた。多様化の時代への移行を後押しした最大の原動力は、所得水準の向上に伴う、消費者の要求水準の高度化である。安いだけの店では、消費者は満足しなくなっていった。買い物しやすい快適な店舗、豊富な選択肢のある品ぞろえ、専門的な情報提供、従来にない目新しい商品やサービスの提供など、消費者のニーズ自体が多様化したのである。
 それを受けて流通産業の側でも、70年代初頭から、コンビニ、ドラッグストア、ホームセンター、ファストフード、ファミリーレストラン等、様々な業態が新たに登場したり、チェーン展開を加速させ始めた。多様化の時代の幕開けである。その代表格が、71年に1号店をオープンさせたマクドナルドと、74年に1号店を出したセブン-イレブンである。
 効率化時代の主役であったGMSは、80年代末の大店法緩和を受けた出店ラッシュに伴う消耗戦的な価格競争に陥った。日常的な商品を幅広く品ぞろえするGMSは、ユニークな商品による差別化戦略を採り難く、価格競争に陥りやすい性格を持っていた。出店規制が厳しかった時代には、その性格が顕在化することはなかったが、大店法が緩和されて本格的な競争の時代に入ったことで、それが表面化したのである。その結果、マイカルや長崎屋をはじめ、多くの企業が破綻し、市場からの撤退を余儀なくされた。
 それに対して、多様化時代の主役である各種の専門店チェーンの多くは、品ぞろえを絞り込み、他社の店舗との差別化を進めることで成長性と収益性を高める戦略を採っていた。それが、競争の時代を生き抜くうえでは有利に働いた。GMSが消耗戦に陥った90年代には、家電量販店や、大型紳士服店、カジュアル衣料品店、100円ショップなど、多彩な専門店チェーンが急速に台頭した。GMSが急成長した時代には出遅れた感のあった食品スーパーも、日常の「食」の領域に特化した専門店チェーンとして、その地位を固めている。
 90年代に台頭した新業態、新興企業の中には、効率化時代のままの発想で、GMS以上の効率性と低価格を武器に展開した企業も少なくなかった。しかし、低価格プラス・アルファの優位性を持てなかった企業は、消耗戦に巻き込まれ、姿を消していった。多様化の時代に効率化の要請がなくなったわけではないが、それだけで生き残れる時代ではなくなったということの証である。


第四の時代潮流−「複合化」の時代へ−

 近代化と効率化の潮流は、すでに時代の主潮ではなくなったが、それぞれの時代の主役であった百貨店とGMSは、多様化の時代にあっても、その多様性の一部として、主要な地位を占めている。厳しい競争環境の下で、競争力を失った企業と店舗が淘汰、整理される業界再編のプロセスは続いているが、生き残った企業が残存者利得を手にできる局面も近付いてきている。
 他方、多様化の潮流は、全国に広がっていく途上にある。70年代以降に登場した新業態の多くは、先鞭を付けた企業の地元地域を皮切りに、徐々に全国に広がるという展開をたどっている。
 こうした現状を他の流通先進国と比べてみると、現時点では、英国の状況がもっとも近いと考えられる。英国では、スーパーストアと呼ばれる大型食品スーパーを主力とするテスコやセインズベリーといった大手企業をはじめ、衣料品のNEXT、ドラッグストアのブーツ、ビューティケアのザ・ボディショップなど、多彩な専門店チェーンが全国展開を果たしている。この状況は、多様化の途上にある日本の流通産業の将来を予感させるものと言えるだろう。
 さらにその先の未来を見通すうえでは、流通産業の発展プロセスの最先端を行く米国の状況が参考になる。米国発の専門店チェーンの多彩さと展開力は、英国のさらに上を行っている。日本市場に参入しているチェーンに限っても、マクドナルド、トイザらス、GAP、スターバックス、オフィス・デポと、枚挙に暇がない。
 その米国で、英国や日本に先駆けて進行しているのが「複合化」の潮流である。英国の専門店チェーンが主として都心部の商業地域、いわゆる「ハイストリート」に展開しているのに対して、米国では、さまざまな形態のショッピングセンターやショッピングモールといった商業集積が専門店チェーンの主舞台となっている。複数の業態の店舗を組み合わせ、その相乗効果で集客力を向上させようという発想である。
 日本においても、商業集積の発達を原動力とする「複合化」の動きが、多様化に続く第四の時代潮流になりつつある。商業集積のバリエーションは、郊外のアウトレットモールや、多数の専門店に映画館などのアミューズメント施設を加えて娯楽性を高めたタイプ、六本木ヒルズや04年オープンのCOREDO日本橋に代表される都心の再開発地域のショッピングゾーンなど、急速に広がりを見せてきた。
 日常的な買い物の場としても、米国のウォルマートが開発した業態に倣って、食品スーパーとホームセンターを組み合わせた「スーパーセンター」や、食品スーパーを核店舗としてドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた「NSC(近隣型ショッピングセンター)」は、すでに多くの企業が展開を開始している。


コンテンツ供給源としては地方と大陸欧州にも注目

 複合化の時代には、商業集積を開発し、そこに組み込む専門店のラインアップを考え、その配置や全体の雰囲気をコーディネートするような役割、ビジネスが重要になる。その担い手としては、専業のデベロッパーのほか、GMSからの転換を図るイオングループの動きが目立っている。
 そうした商業集積全体の運営にあたる立場からすると、商業集積の集客力につながる個性的な店舗を次々と開発、発掘していくことは、きわめて重要な課題となる。そこでは国内のチェーン店はもちろん、すでに多店舗展開を実現し企業として成長している米国や英国の専門店チェーンの導入も図られるだろう。
 加えて、複合化の時代には、単独での多店舗展開は難しくても、個性的で、商業集積全体の演出やイメージアップに貢献できる店舗、企業であれば、商業集積のコンテンツとして多店舗化し得る。リテールの分野において、ビジネスとして成立する範疇が格段に広がっていくということだ。その意味で期待が高まるのが、国内の各地方に根ざした専門店と、大陸欧州の流通業者である。
 国内各地方の老舗と呼ばれる専門店や個性的な専門店については、彼らの店舗をショッピングセンターのコンテンツとして導入する動きはすでに広まっている。消費者の要求水準の高度化が、本物志向、文化志向を高めてきたことで、地方発のコンテンツは、消費者のニーズに応える重要な要素としてクローズアップされてきたためでもある。
 多彩な専門店チェーンの成長を原動力とする70年代以来の多様化の潮流は、地域に根差した個人商店や、地方色の強い専門店の存続を難しくしてきた。産業としての流通業が多様化する反面、個人商店まで含めてとらえると、むしろ全国一律の標準化、画一化が進んできたと言うこともできる。これは、規制緩和によって流通産業の発展を促したことの必然的な帰結ではあるが、決して歓迎できる流れではない。多様化に続く複合化の潮流は、それに歯止めをかける可能性を持っているわけだ。
 地方発のコンテンツと同じ文脈で、海外からのコンテンツ導入でも、専門店業態の標準化とチェーン展開が進んでいる米国や英国だけでなく、専門店チェーンが未発達なフランスやドイツをはじめとする大陸欧州諸国にも期待できる。フランスとドイツの両国は、伝統的な生活文化を守るために、流通産業に厳しい規制を課してきた。そのため、流通産業の発展段階という意味では、日本で言えば、効率化の追求がストップした大店法時代に近い状態にある(詳細は本誌02年9月号「商業規制−マクロの視点と生活者の視点−」を参照のこと)。しかし、それは同時に、それぞれの国、あるいは地方の生活文化を色濃く反映した専門店が、豊富に残されているということでもある。
 そうした専門店は、米国や英国の専門店チェーンと違って、独力で日本へ進出することは考えにくい。しかし、その中には、日本企業が手を貸して商業集積のコンテンツとしてアレンジすることで、日本での事業機会を開拓できるケースもあるだろう。フランス、ドイツ、さらには南欧や北欧の国々は、日本の商業集積の運営主体が個性的で目新しいコンテンツを開発していくうえでの、重要な供給源となる可能性を秘めている。
 すでに、多くの外資系流通企業が日本市場に参入し、業界再編の行方をも左右し始めているが、複合化の時代には、彼らとは違う文脈で、海外の流通業者が日本の流通産業の発展に影響を及ぼすことになるだろう。それは、国内の流通企業、あるいはその周辺で事業を展開する企業にとって、新しいビジネスチャンスが生まれるということでもある。


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