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読売ADリポートojo 2002年5月号掲載
「経済を読み解く」第26回
商業政策の明と暗−規制で守る生活文化−

市場のある街

 以前、この連載で、「経済の原点は市場(いちば)にある」と書いたことがある。経済とは、「人々が暮らしていくうえで、お互いに支えあう枠組み」のことであり、人々が仕事の成果を持ち寄って売買する市場は、経済の原型ととらえられる。
 今の日本では、一部の地域を除いて、人々の暮らしの中での市場の役割は、きわめて限られたものとなっている。商店街が市場に代わり、さらには、スーパーやコンビニなどのチェーン店がそれに取って代わっている。市場は、もはや例え話でしかなくなっているわけだ。
 もちろん、技術の進歩にともなって、生産様式が高度化、複雑化した現代では、だれもが市場に集まって、仕事の成果を交換しあうというスタイルは維持できない。商品流通を効率化させようとすれば、個人商店よりもチェーン店や大型店が優位であることも確かだ。
 ところが、ヨーロッパの多くの街では、商店街の個人商店が、そして市場も、依然として人々の生活にしっかりと根付いている。フランスやドイツのような、世界規模の巨大流通企業が存在する国でもそうだ。これは、どういうことなのだろうか。その答えは、それぞれの国の商業政策にある。


背景には各国の商業政策

 フランスでは、街の景観を守ることを目的に、大型店の開設は厳しく規制されてきたが、その規制は90年代半ばに一段と強化された。フランス最大の流通企業であるカルフールは、ここ数年、国内に大型店をまったく出店できない状況になっている。フランスで市場や個人商店が残っているのには、こうした背景があるわけだ。
 一方、ドイツでは、個人商店の存在を守るためという理由で、小売店の営業日、営業時間が制限されてきた。日曜日はほぼすべての小売店が休業、平日も以前は午後6時半、現在でも午後8時には店を閉めることが定められている。そのため、企業経営のチェーン店は、長時間営業で顧客を引きつける戦略が採れず、個人商店に対して決定的な差を付けることができない。
 それもあって、ドイツの流通業界では、自前で店舗を開設・展開していく企業以上に、個人商店や小規模なチェーン店を組織化し、それらへの商品供給や、さまざまなサポートを行う企業が目立っている。これは、日本のコンビニのようなフランチャイズ・チェーンの仕組みとよく似ているが、個々の店舗の自主性が強く、「ボランタリー・チェーン」と呼ばれている。ボランタリー・チェーンに加盟した個人商店は、多彩な商品を安い価格で仕入れることができ、通常のチェーン店に負けない品ぞろえ、価格設定が可能になる。これも、ドイツで個人商店が数多く残っている要因の一つである。


規制のメリット、デメリット

 フランス、ドイツでは、商業規制によって、それぞれの国の人々が歴史を通じて築いてきた生活文化と、商品の売り買いを通した地域住民間のコミュニケーション、そして、選択肢としての個人商店主という生き方が守られてきた。いずれも日本では失われつつあるものだ。
 規制の恩恵は、大手流通企業にも及んでいる。出店規制、営業規制はチェーン店同士の競争を抑制し、企業が利益を上げやすい環境が生じている。利益は上がるが規制のために国内での成長が難しいという状況で、フランスのカルフール、ドイツのメトロといった大企業は、押し出されるように国外での事業を拡大し、グローバル・リテーラーとして成長してきたのである。
 小売店の営業時間が限られていたり、大型店の数が少なかったりという状況は、そこで暮らす人々に、多かれ少なかれ不便を強いることになる。商品の価格も高めに維持されやすい。それらのデメリットと、前に述べたメリットをどうバランスさせるか。突き詰めれば、それが商業政策のポイントということになる。


出直しを図る日本の商業政策

 日本でも、個人商店への配慮から、大型店の出店や営業は規制されてきた。しかし、60年代初頭に登場したスーパーに続いて、コンビニやホームセンター、ドラッグストア、紳士服や家電などの専門量販店と、さまざまなタイプのチェーン小売業が次々に登場し、勢力を広げていった。個人商店や商店街は、それらに圧迫され、80年代以降、減少を続けている。
 さらに、大型店の出店、営業を規制していた「大店法」が80年代末に緩和されてからは、ダイエー、ジャスコなどの総合量販店をはじめ、大型店の開設が急速に進んだ。その結果、個人商店や商店街の衰退に拍車がかかっただけでなく、攻めていたはずの大型店同士、チェーン店同士の競争も極端に過熱し、大手企業でも、マイカル、長崎屋、そごうなどは、事業を維持できなくなってしまった。
 結局のところ、市場や商店街は衰退を続け、大手企業も体力を消耗、相次ぐ大手企業の倒産は銀行の不良債権問題の主因ともなっている。チェーン店間の激しい価格競争の結果、物価は下がったが、それは「デフレ」の一因という負の側面も持っている。
 そうした反省から、2000年には、大店法にかわる大規模店舗立地法、中心市街地活性化法、改正都市計画法の、いわゆる「街づくり三法」を軸とした新しい商業政策がスタートした。まだ走り出したばかりではあるが、大型店の出店ペースは急速に鈍っている。日本各地の街づくりが本格的に動き出すまでにはもう少し時間がかかると思われるが、日本の商業政策は、今確実に、新しい局面を迎えている。


関連レポート

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 (The World Compass 2004年5月号掲載)
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