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セールスノート 2007年8月号掲載
連載「暮らしから見る身近な“経済”」第3回
商業施設の新潮流

 私たちが日々買い物に出かける百貨店やスーパーなどの商業施設は、時代の変化に応じて進化を続けてきました。その過程は、人々の暮らしが豊かになってきた潮流とも密接な関係を持っています。


日本の近代化と百貨店

 日本の近代流通産業の歴史は、1904年、東京日本橋の三越百貨店のオープンで幕を開けました。日本が、欧米の先進国から技術やノウハウを導入し、近代化の道を突き進んでいた時代です。
 「百貨店」は、西洋風の大建築に多彩な商品を展示することで、欧米の近代的なライフスタイルを日本の人々に提示する「近代化のショールーム」の役割を果たしました。当時、百貨店に行くのは、必要なものを買いに行くだけではなく、今でいえばテーマパークに行くような、娯楽性をともなった非日常的な行事だったようです。
 その後、三越に続いて、高島屋や白木屋(のちの東急百貨店)などの呉服商や阪急、近鉄などの日本各地の鉄道会社が次々に百貨店を開設していきました。鉄道会社は、ターミナル駅に百貨店を開設することで、沿線住民の利便性を高め、鉄道の利用をうながすと同時に、百貨店の存在で、自社で開発した沿線の不動産価値を高めようという狙いを持っていました。百貨店は、鉄道会社によって地方都市にまで広まり、「近代化」の潮流を大都市から地方へと波及させていく役割を果たしたのです。


効率化の潮流とGMS

 戦後になると、新たな主役、「GMS(総合スーパー)」が登場してきました。4、5階建てのビルに日常生活に必要な衣食住のすべての分野の商品をそろえた大型店舗です。ダイエーやイトーヨーカ堂、ジャスコなどの店舗です。
 GMSの原型は、1950年代末、米国を視察した流通業者によってこぞって導入されたスーパーマーケットのビジネスモデルです。それは、大量に陳列した商品の中から買いたいものを来店客が自分で選び取ってレジに運ぶ「セルフサービス方式」と、本部が多数の店舗を運営する「チェーンオペレーション」の手法によって、店舗と企業経営の両面で効率化を図ろうという考え方です。
 スーパーマーケットは、食品と日用雑貨に特化した食品スーパーと、衣食住すべての分野の商品をそろえたGMSの二つのタイプに分かれていきました。そのうちのGMSは、日本経済が大量生産・大量消費による経済活動の効率化の潮流に乗って高度成長を実現した60年代から70年代にかけて、大量生産される工業製品の効率的な販売チャネルとして急成長を遂げていきました。72年にはGMS最大手のダイエーの売上高が三越を上回り、日本最大の流通企業となりました。
 しかし、その頃にはすでに高度成長期は終盤を迎えており、効率化一辺倒で量的な成長を追及する時代は過去のものになろうとしていたのです。


専門店チェーンの時代

 日本経済は1970年代半ば、高度成長期から安定成長期へと移行しました。効率化と量的な拡大を追及する時代は終わり、楽しさや安心、感動といった、「心」の領域の豊かさが求められる時代に入ってきたのです。それにともなって、日本の消費者は、効率的で安いだけの店では満足しなくなっていきました。
 そうした流れを受けて台頭してきたのが、コンビニエンスストア、ドラッグストア、ホームセンター、ファストフード、ファミリーレストランなどの専門店チェーンです。彼らは、豊富な選択肢のある品ぞろえや専門的な情報提供、目新しい商品やサービスの提供などで消費者を惹き付け、日本の流通産業の主役となっていきました。
 90年代になると、厳しかった出店規制が大幅に緩和され、GMSも専門店も店舗を急速に増やした結果、チェーン店同士の競争が激化しました。その際、日常的な商品を幅広く品ぞろえするGMSは、ユニークな商品やサービスによる差別化戦略を採ることが難しく、利益を犠牲にした価格競争を繰り広げていきました。その結果、マイカルや長崎屋をはじめ、多くのGMS企業が経営を破綻させてしまいました。
 その一方で、専門店チェーンの多くは、ユニークな店づくりや独自の商品、サービスの開発で他社の店舗との差別化を進めることで、厳しい競争環境を生き抜いてきました。この時期には、家電量販店や大型紳士服店、カジュアル衣料品店、100円ショップなど、多彩な専門店チェーンが勢力を伸ばしました。GMSが急成長した時代には出遅れた感のあった食品スーパーも、日常の「食」の領域に特化した専門店チェーンとしてその地位を固めていきました。


複合型商業施設の発展

 21世紀に入った現在でも、専門店チェーンが日本の流通産業の主役の座を占めている状況は変わっていません。しかし、商業施設の進化のプロセスにおいては、従来とは違う新しい状況も生じてきています。
 専門店チェーンとは違った意味で存在感を高めてきたのが「複合型商業施設」です。それは、現在の主役である多彩な専門店、さらには百貨店やGMSまでもを組み合わせて、それらの相乗効果によって集客力向上を狙った商業施設です。その萌芽は1969年開設の「SC玉川高島屋」や、81年開設の「東京ベイららぽーと」などに見られていましたが、その展開は、21世紀を迎えたころから一気に本格化していきました。
 典型的なのは郊外の大規模モールですが、六本木や丸の内など、話題を集めている都心の再開発地域の商業ゾーンも複合型の一種と位置付けられます。日常的な買い物の場としては、食品スーパーにドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた「NSC」と呼ばれるタイプが急増しています。また、全国のお菓子の有名店を多数集めた東京の「自由が丘スイーツフォレスト」や、各地のラーメンの名店を次々に出店させている横浜の「新横浜ラーメン博物館」など、特定の商品分野に絞ってテーマパーク的な展開を志向するタイプも増えています。


複合型の時代性

 複合型商業施設の増加、発展は、流通産業、商業施設の進化を加速させることになりそうです。それは、消費者にとっても大いにメリットのあることです。
 まず、商品を販売する店舗の運営主体とは別に、商業施設の開発と運営を専門に行う主体が登場してきたことで、より快適で楽しいショッピングを可能にする商業施設が増えていくものと考えられます。それも、施設に入れる店舗の組み合わせ方や施設全体の構造によって、きわめて多彩な施設が作り出されていくでしょう。
 また、大手の専門店チェーンに圧倒されて姿を消しつつあったユニークな個人経営の専門店や各地域の老舗の名店が、複合型商業施設に出店することで、再び活力を得ていくことも期待できます。
 こうしたショッピングの際の楽しさや快適さ、あるいは商業施設と個々の店舗両面の多様性は、GMSや専門店チェーンが発展する過程では軽視されたり失われたりしてきたものです。それらを「再生」する動きにつながるという意味で、複合型商業施設の発展は、前回述べた、成熟期の豊かさの方向性とも重なります。百貨店やGMS、専門店チェーンが、それぞれに日本の社会全体の時代潮流を象徴していたのと同様、複合型商業施設も、成熟期の時代性を色濃く映し出しているのです。


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連載「暮らしから見る身近な“経済”」

第1回 「成熟期」を迎えた日本経済(2007年6月号)
第2回 「豊かさ」の方向性(2007年7月号)
第3回 商業施設の新潮流(2007年8月号)
第4回 パワーアップする消費者(2007年9月号)
第5回 感動消費のマーケット(2007年10月号)


関連レポート

■商業統計に見る小売と消費の時代潮流
 (チェーンストアエイジ 2008年5月15日号掲載)
■複合型商業施設のインパクト
 (読売isペリジー 2008年4月発行号)
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■リテール産業の時代性−時代がうながす主役交替−
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■流通産業の歴史的展開
 (The World Compass 2004年5月号掲載)
■チャンスの拡がる対消費者ビジネス
 (The World Compass 2003年11月号掲載)
■小売業界の主役が代わる−外資、商社の参入と商業集積の発展で揺れる小売業の未来像−
 (チェーンストアエイジ 2003年9月1日号掲載)
■進化を続ける小売業−店舗の進化から集積の進化へ−
 (読売ADリポートojo 2003年6月号掲載)
■GMSの凋落で浮き彫りになるSCの存在感
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