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チェーンストアエイジ 2008年5月15日号掲載
商業統計に見る小売と消費の時代潮流

 去る4月3日、2007年の商業統計のデータが公表された。商業統計調査は5年毎に実施される(中間で簡易調査を実施)、日本の流通業の状況をもっとも包括的にとらえた統計で、小売業や消費の動向を鮮明に映し出す重要なデータである。本稿では、今回発表されたデータから読み取れる近年の小売業と消費のトレンドをピックアップしてみたい。


停滞の常態化

 まず目を引くのは、2006年度(2006年4月〜2007年3月)の小売業の年間商品販売額が、前回調査(3年前の簡易調査)比で1.0%と小幅ではあるが、プラスに転じていることだろう。商業統計における小売商品販売額は、1996年度(1997年調査のデータ)をピークに減少を続けてきていた。今回は10年ぶりの増加ということになる。
 2004年ころから日本経済全体の回復基調が次第に鮮明になるなかで、個人消費の回復の鈍さが指摘されてきた。とくに、小売業が対象とするモノの消費は、サービス消費と比べて、さらに厳しい状況にあると考えられている。今回の調査結果で小売商品販売額が増加に転じたことは、一見すると、そうしたモノの消費と小売業の不振に転機が訪れたことを示しているように見える。
 しかし細かく見ていくと、今回の販売額の回復には、「燃料小売業」(ガソリンスタンドなど)の販売額の急増が大きく効いていることに気付く。「燃料小売業」の販売額は、前回調査比1.8兆円増(16.4%増)の12.7兆円となっているが、これは、2004年後半から急速に進んだ原油価格の上昇と、それにともなうガソリン価格の高騰を反映した動きであり、小売業の経営環境の改善を示すものとは言い難い。「燃料小売業」を除いてみると、小売業の販売額は前回比0.4%減と、それまでと比べて小幅になってはいるものの、減少傾向が続く形になっている。このデータから判断する限り、この間の小売業は依然として厳しい環境下にあったものと考えられる。事業所数の動きを見ても、小売業全体では前回調査の124万店から今回は114万店と、8.2%の減少、個人商店に限って見ると66万店から57万店に13.4%の減少となっている。
 こうした小売業の苦境については、産業全体として見る限り、今後も大きく改善する望みは薄い。日本経済は「回復」してきたと言っても、中長期的に持続可能な経済成長のペースとしてはバブル期以前の4%程度の成長力を取り戻すことは考え難く、2%程度にとどまるとの見方が一般的だ。しかも、消費に関しては伸びるのはサービス分野が大部分で、基本的なニーズがすでに満たされているモノの消費は、人口が減少に転じたこともあって、今後はほとんど頭打ちの状態が続く可能性が高い。
 そうした前提に立つと、今回の商業統計に表れている小売販売額の停滞は、いずれ抜け出せる今だけの苦境ではなく、将来にわたって向き合わなければならない「常態」であることを覚悟しておく必要があるだろう。


分かれる明暗

 小売販売額が全体としてほぼ横ばいの状態にあるといっても、業態別や業種別に見ると、事業環境の差異が顕著になっている。その明暗は、消費者のニーズの動向を鮮明に映し出している。

 <資料1:「業態別」の調査結果の表へ>
 <資料2:「業種別」の調査結果の表へ>

 そうしたなかで、明るさが一際目立つのが「ドラッグストア」だ。販売額は前回比15.9%増、従業者は同21.2%増、売場面積は同29.5%増と、いずれも大幅な増加を示している。この増勢は、消費者の基礎的なニーズが充足するなか、「健康」や「美容」に対するニーズが依然として旺盛であることの反映と考えられる。ただ、事業所数は前回比3.2%の減少となっており、集客力の強い大型店舗の開設が進む一方で、競争力を欠いた小型店が整理、淘汰されている状況がうかがえる。業態全体としては伸びていても、そのなかでの店舗間、そしておそらくは企業間でも、厳しい競争の結果、優勝劣敗が鮮明になってきているものと考えられる。
 その他の業態では、「専門店」が総じて販売額を伸ばしているが、業種別の統計でより詳しく見てみると、量販店も含む家電専門店が大半を占める「機械器具小売業」の販売額が前回比7.2%という高い伸びを示している。前回調査から今回調査にかけての期間には、薄型大画面テレビやDVDレコーダー、デジタルカメラといったデジタル家電が急速に市場を拡大している。白物家電でもドラム式洗濯機や省エネ対応のエアコン、冷蔵庫など、高度化したタイプの商品のヒットが相次いだ。「機械器具小売業」の好調は、そうした動きの反映と考えられるが、事業所数を見ると前回比11.6%減と大幅な減少となっており、ここでも競争激化にともなう厳しい淘汰が進んでいることが読み取れる。
 また衣料品関連でも、「男子服小売業」の販売額が前回比6.9%増、「婦人・子供服小売業」が同4.9%増、「靴・履物小売業」が同2.0%増と、いずれも前回比プラスとなっている。これらの業種は、1990年代に記録したピークから「男子服」と「靴・履物」は3割以上、「婦人・子供服」も2割以上減少しており、今回調査の時点では、そこからわずかに回復してきたレベルに過ぎない。ただ、単独での多店舗展開が難しかった中小規模の衣料品小売企業が、近年、日本各地で相次いで開設されている大規模な複合型商業施設に立地を得たことで、店舗展開を加速させている影響も考えられ、今後の動向が注目される。
 一方、販売額の減少が著しい業態としては、前回比11.5%減となった「総合スーパー」が目立つ。「総合スーパー」は、1950年代後半から70年代前半にかけての高度成長期には、当時の経済発展の機軸であった大量生産・大量消費の様式に最も適応した業態として、日本の小売産業の主役の座を占めていた。しかし、1980年代以降は、消費者のニーズの高度化、多様化に適応できず、次第にその地位を低下させていった。そして、1990年代の長期不況期には、小売企業間の消耗戦的な価格競争によって体力を喪失し、かつて小売業大手5社に数えられていたうちのダイエーとマイカルがイオングループ傘下で、西友が米国のウォルマートの傘下で、それぞれ不採算店舗の大規模な整理を含む事業再建を進める事態となっている。それもあって、「総合スーパー」の事業所数は前回比92件、率にして5.5%の減少となっているが、販売額の減少はそれを大きく上回るペースで進んでおり、店舗の整理は今後さらに進められる可能性が高いと言えそうだ。


求められる個別情報との統合

 ここまでピックアップしてきた、小売業全体の停滞やドラッグストアと家電量販店、衣料品関連の好調、総合スーパーの退潮といった事象は、日頃から小売の現場やメディアからの個別情報に接していれば、すでに察しの付いていた事柄だろう。商業統計を分析する意義は、個別情報から組み立てた仮説の検証に加えて、それぞれの事象がどれだけのインパクトを持ち、どれだけのペースで進んでいるのか、定量的に把握することにある。
 その一方で、商業統計に示されたデータから新たに仮説を組み立て、それを個別情報で検証していくというアプローチもあり得る。その意味で興味深いポイントを一つ、今回の調査結果から挙げておこう。それは、「その他」の好調という現象である。
 今回調査の年間販売額の前回調査比のデータを見ていくと、「その他の百貨店」(前回比16.4%増、2006年度販売額0.4兆円)、「その他のスーパー」(同13.1%増、同6.2兆円)、「その他の飲食料品小売業」(同6.9%増、同16.2兆円)、「他に分類されない小売業」(同23.9%増、同9.0兆円)と、「その他」の付く業態・業種の多くが好調であることに気付く。これは、既存のイメージが確立した業態・業種とは別の、複数の「何か」が業績を伸ばしていることを示唆している。「その他の飲食料品小売業」には「コンビニエンスストア」(同0.6%増、同7.0兆円)の大半が含まれるが、その販売額がほぼ横ばいであることを考えると、コンビニ以外の「何か」が伸びていることは間違いない。また、典型的なGMSではない「中型総合スーパー」(同5.2%増、同0.5兆円)が伸びているのも、同じ意味合いの現象かもしれない。
 この動きは、単なる偶然や統計上のノイズとも考えられる。しかし、「その他」の業態・業種に含まれる「何か」は、将来の小売業の主役に育っていく萌芽である可能性もあるし、小売業の多様化が本格的に進みはじめる兆候かもしれない。もしそうであれば、「その他」の好調は、小売産業全体が停滞するなかで生じている、小売業の進化の胎動を示すデータということになる。それを確かめるには、そうした問題意識を持って、小売業の現場から個別情報を収集し、実態をつかんでいく以外に方法はない。日本の小売産業の将来を展望するうえでは、これまで以上に現場の個別情報への感度を上げていく必要がありそうだ。


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