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読売ADリポートojo 2006年3月号掲載
連載「経済を読み解く」第65回
リテール産業のハイブリッド戦略−時代は脱デフレ後の新たな競争ステージへ−

ハイブリッド戦略の潮流

 消費者を相手にするリテール産業は、百貨店、スーパー、コンビニエンスストア(コンビニ)、さらには多種多様な専門店や外食チェーンと、進化、多様化を続けてきた。そこに今、新たな潮流が生じてきている。それは、リテール産業の「ハイブリッド戦略」とでも呼べそうな動きである。
 従来のリテール産業の進化、多様化というと、いずれのケースでも、画期的なイノベーションが前提となっていた。百貨店であれば巨大な店舗に多彩な商品を陳列するショールーム機能、スーパーの場合にはセルフサービス方式と多店舗展開によるチェーンオペレーション、コンビニの場合にはフランチャイズ方式を前提とした長時間営業、といった具合だ。それに続く多彩な専門店や外食チェーンの場合にも、スーパーやコンビニほど画期的ではなくても、それぞれに他社店舗との差別化の核となる、なんらかの新機軸が打ち出されている。
 それに対して、近年目立ってきているのは、一つの商業施設に、複数の異なる業態の特性を盛り込むことで、新たな競争力を獲得しようという動きである。それは、過去のイノベーションの結果である、既存の業態の遺伝子を組み合わせることで、新しいビジネスモデルや業態の開発を加速させようという試みだ。農業や畜産業でいえば、人為的な品種改良による「ハイブリッド(交配種)」の創出である。


先行した「複合型」の展開

 リテール産業のハイブリッド戦略の具体的な動きとしては、まず、複数の有力業態を一つの商業施設に組み込んだ「複合型商業施設」の展開が挙げられる。
 その源流は、鉄道各社による駅ビルの開発や、1969年に東京二子玉川に開設された「S.C.玉川高島屋」に求められるが、近年では、三井不動産をはじめとする不動産企業やイオングループによる郊外型ショッピングモールの開設が急増したことで、複合型商業施設は、リテール産業の主役の一翼を担うほどの存在になっている。
 また、東京新宿に「タカシマヤ・タイムズスクエア」がオープンした90年代後半あたりからは、百貨店の新規出店やリニューアルにあたっても、集客力向上のために複数の大型専門店を導入する戦略が定着した。六本木や丸の内など都心の再開発地区のショッピングゾーンの構築においても、有力テナントを組み合わせるハイブリッドの発想が基本になっている。
 各地方で食品スーパーを展開する企業も、日常的な買い物の場として、自社の店舗を核としてドラッグストアやカジュアル衣料品店を組み合わせた、比較的小規模な複合型商業施設である「NSC(近隣型ショッピングセンター)」の展開を本格化させつつある。


本格化する「融合型」の開発

 ハイブリッド戦略のもう一つの方向性は、複数の業態を一つの店舗として融合させ、新しい業態を創出する方向性である。世界最大のリテール企業である米国のウォルマートの店舗を手本にして、ディスカウントストアやホームセンターと食品スーパーを融合させる形で開発された日本型スーパーセンターもその一例だ。その他、食品スーパーとドラッグストアや、コンビニと自動車用品店など、さまざまなハイブリッド業態が試みられている。
 さらに、複数の業態の機能や特質を融合させた事例もある。近年急成長中の99プラスが運営する「ショップ99」がその典型だ。ショップ99は、商品カテゴリーでは生鮮を主力とする食品スーパー、店舗規模や立地特性はコンビニ、販売手法は100円ショップと、それぞれの業態の機能や特質を併せ持つ店舗として開発された業態だ。その成功を見て、いくつかの大手コンビニチェーンも、同様の業態の開発、展開に乗り出している。
 また、新業態開発とまではいかないが、食品スーパーなどが進めている長時間営業化はコンビニの特質を取り込んだものであるし、食品スーパーの対面販売強化やコンビニの配達サービスは、個人商店の特質をそれぞれの業態に組み込むことで、ビジネスモデルの改良を目指したものである。これらもまたハイブリッド型の競争力強化策といえるだろう。


競争は新たなステージへ

 リテール産業のハイブリッド戦略への傾斜の背景としては、消費者の要求水準が趨勢的に高度化していることに加えて、企業間、店舗間の競争が、新たなステージを迎えていることが挙げられる。
 80年代末の出店規制の緩和を機に起きた大型店の出店ラッシュは、リテール企業間の価格競争を急速に激化させた。その現象は、当初は「価格破壊」との表現で消費者に歓迎されたが、後には、日本経済を苦しめるデフレの原因の一つとなっていった。その間、リテール企業は消耗戦的な価格競争を強いられ、大手のダイエーやマイカルも含む多くの企業が経営を破綻させた。
 その結果、リテール産業は、弱者を淘汰する時代から、苦しい時代を生き抜いた強力な企業同士が競い合う時代へと移行しつつある。そこでは、価格や利便性、専門性など、「一芸」に秀でているだけでは安心できない状況が生じている。ハイブリッド戦略とは、そうした一段と過酷で高度な競争環境に適応した、新しいタイプの商業施設を開発するための動きである。
 リテール産業の競争が単なる価格競争ではなくなってきたことは、日本経済がデフレを抜け出すための追い風にもなっている。そして、デフレ脱却後の新たな経済環境の下では、リテール産業の進化、多様化は、一段と加速していくことになるだろう。


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