米国経済が「後退」の二文字を忘れて既に9年。初期の'Jobless Recovery'の局面を抜けて本格的に走りはじめてからでも5年目に入った(下図)。それを支えているのは株価の上昇と労働効率の改善、すなわち生産性の向上の二つである。そのうち、株価の上昇はバブルである可能性も高く、手放しで喜べる話ではない。一方、生産性の向上は、90年代後半の米国経済最大の成果といえる。
その背景にはITの急発展、いわゆる「IT革命」があったと考えられている。そのため、IT関連と目される情報通信機器メーカーやソフトウェアなどの産業、あるいは新興のネット・ビジネスに注目が集まってきた。しかし、統計データをみていくと、流通業こそが生産性向上の主役を担っていることがうかがえる。
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“後退知らず”の90年代−成長率とインフレ率の推移− |
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生産性と雇用が同時改善
米国の労働生産性の向上は96年から加速している。産業別のデータが揃う96、97の2年間でみると、全産業平均の労働生産性は年率1.4%上昇しているが、流通業による寄与が、上昇分の大半を占めている(下表)。ITを生み出す産業よりも、ITを使うタイプの産業が経済全体の変革に貢献しているということだ。
米国流通業は生産性を向上させながら、雇用も拡大している。これは、製造業、あるいは消費者が果たしてきた機能、役割の一部を取り込んできているためだ。そのために流通業が採った戦略が、低価格路線である。生産性向上の効果と、低賃金労働力の活用によって、より効率的に、低コストでサービスを提供することで需要拡大を図るという方向性だ。
米国の産業別雇用者数と労働生産性の変化 |
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- 増加率、上昇率、寄与度は、96年、97年の平均
- 労働生産性=産業別実質GDP/産業別雇用者数
- 雇用者数はGDP統計ベースの値
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卸売業の場合には、製造業や小売業から機能の委譲を受ける、いわゆるアウトソーシングの受け皿になる形が中心。低賃金労働力を活用する企業向けサービス業が急成長しているのも同じ文脈で捉えられる。
一方、小売業の場合は、販売価格を引き下げて、より多くを販売しようというディスカウンターのスタイルが主流だ。米国の場合、日本と違って、価格を引き下げれば消費を膨らませてくれる所得階層がかなり厚い。この層をターゲットとして成功している企業の典型が世界最大の小売業ウォルマートだ。
ただし、小売業のすべてが価格競争力だけに頼っているわけではない。ウォルマートやホームデポなど各業態のトップ企業に、価格面以外の魅力で対抗している企業も多い。個性的なPB商品の展開、顧客ターゲットを絞り込んだ品ぞろえ、HMR(ホーム・ミール・リプレイスメント)など店頭でのサービス強化、といった多彩な戦略が見られる。こうした戦略の多様性こそが、米国の流通業が価格一辺倒の消耗戦に陥らない最大の要因である。
こうした米国の状況は、日本の流通業の今後を考えるうえでも参考になる。日本の消費者には、安い店を選んで買い物するという行動パターンはあるものの、価格を引き下げても、店舗間でお互いの売上を食い合うだけで、総額としての消費が拡大する余地は小さい。例外は、パソコンや情報端末など、成長途上の新しい市場くらいだ。
にもかかわらず、日本の流通業は、企業利益を犠牲にした価格競争を展開し、泥沼の消耗戦に陥ってしまっている。そこから抜け出すには、米国でみられるような個性化戦略しかない。日本の流通業界で好調さが際立つ「無印良品」や「ユニクロ」は、いずれも傑出した個性を身に付けた企業である。
米国に比べて出店コストが高く、消費者が均質な日本では、個性化路線で多店舗展開することは難しいのかもしれない。しかし、そうした事例が次々と生まれることは、単に企業の生き残りだけでなく、消費需要を盛り上げ、日本経済全体を再び活性化させる最大のカギとなるファクターでもある。
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