健全化と悪循環の構図
今回のりそなグループの国有化は、小泉政権が進めている銀行健全化策の一環と位置付けられる。不良債権の処理を加速させて、それで銀行としての事業を続けていくための資本が足らなくなるのであれば公的資金を注入する。その過程で、業績悪化の責任を取らせるため、あるいは新しい企業カルチャーやビジネスモデルを導入するために、経営陣を交代させる。その結果、銀行が金融仲介の機能を回復すれば、一般企業に資金が円滑に回るようになり、経済活動が再び活発化する。それが銀行健全化策の狙いである。
下の図の上側は、このシナリオを模式的に表したものである。そのプロセスを表す矢印を点線で描いているのは、これまでのところ、このシナリオが実現していないことを表している。
経済再建のプロセスと不良債権の悪循環 |
|
いつまでたっても銀行の不良債権の問題に終止符を打てないでいるのは、ひとえに、不良債権処理を進めること自体が新たな不良債権を生むという悪循環が働いていたためだ。図の下側は、その悪循環の構造を表している。
銀行が不良債権処理を進めると、銀行の支援を失う不振企業は倒産する。そこで働いていた人々は失業するし、取引先企業も損失をこうむる。健全な企業も、リスクを嫌って事業の拡大に慎重になる。その結果、個人の消費も企業の投資活動も委縮し、多くの企業で業績が悪化する。そうなると、それまでは健全だと見なされていた企業からも、経営危機に陥る企業が出てくる。そうした企業への融資や出資は、新たに不良債権にカウントされる。その新しい不良債権を処理すると、以上で述べたプロセスを再びたどり、不良債権の処理と発生のプロセスが何度でも繰り返されることになる。
抜け出せない理由
図に示したように、不良債権処理を進めると、経済の活性化をうながす力(図の上側)と、不良債権の処理と発生の悪循環に引き込もうとする力(下側)の両方が働く。これまでは、悪循環に向かう力の方が強かったため、不良債権処理をどこまで進めても、経済が活性化されることはなかった。
そこには二つの要因が考えられる。一つは、銀行が不良債権の処理は進めても、公的資金による自己資本の拡充が十分でなかったり、タイミングが遅すぎたことである。不良債権の処理というのは、銀行にとっては、言ってみれば帳簿上の話であって、うやむやにされてきた過去の損失をはっきりさせるだけのことだ。したがって、処理を進めただけで銀行が投融資を活発化できるわけではない。銀行の自己資本が不十分なままでは、融資や出資を拡大するどころか、リスクの大きい企業や案件を中心に、既存の融資の回収を進めざるを得なくなる。いわゆる「貸しはがし」である。
二つ目の要因は、銀行の行動パターンが前向きなものに切り替わらないことだ。大半の銀行では、たとえ公的資金の投入で自己資本を拡充できても、新たな不良債権の発生を恐れて、投融資の拡大には向かわない。投融資の原資が、個人や企業から元本と利息を保証する形で預かった預金と、国に出してもらっている公的資金という状況では、安全第一でいかざるを得ないためだ。経営陣が不良債権拡大の責任を取らされるのであれば、なおさらだ。経済の先行きが不透明なことも背景となっている。
銀行の安全志向は、個々の銀行にとってはベストの選択だが、経済全体にとっては、決して望ましいものではない。個々のベストの選択が全体にはマイナスとなる「合成の誤謬」の典型だ。
こうした理由のため、これまで、どれだけ不良債権処理を繰り返しても、金融と経済の活性化には向かえず、不良債権の悪循環を繰り返したどってきたのである。
銀行再建から経済再建へ
今回、りそなグループが国有化に「追い込まれた」経緯、手続きの妥当性については疑問も残っている。りそなの二の舞いを避けようと、他の大手銀行グループが安全志向を強め、投融資を引き締めてくるというマイナスの影響も予想される。
その一方で、りそなグループに2兆円近い公的資金をつぎ込んで自己資本を増強させたという点では、銀行の健全化に向けて一歩前進したという評価もできる。ただし、次のステップへ進むには、新しいビジネスモデルの構築が不可欠だ。単なる一企業としての再建だけであれば、既に発表されているような店舗や行員のリストラだけで可能かもしれない。しかし、それでは日本経済全体の活性化には結びつかないばかりか、再び不良債権の悪循環へ引き込む力ともなりかねない。
かといって、現在のように将来が不透明な環境下で投融資を積極化していくことは、政策的なインセンティブが与えられない限り、金融機関にとって合理的な選択とはなり得ない。積極的な投融資を行うことで日本経済の再建に貢献していくためには、政府との連携は欠かせない。それでもなお困難な課題であることは間違いないが、従来の金融界の「常識」にとらわれなければ、決して不可能なことではない。
国有化にあたって、りそなグループの経営陣は総入れ替えとなった。他産業の出身者も含む新しい経営陣には、経済再建の先導役を目指して、金融当局も巻き込んだ新しいビジネスモデルの創出に挑んでいくことを期待したい。
関連レポート
■世界の金融産業を変えるリーマン・ショック−サブプライム問題は最終局面へ−
(投資経済 2008年11月号掲載)
■米国経済に潜むトリプル・スパイラルの罠
(投資経済 2008年7月号掲載)
■サブプライムローン問題のインプリケーション
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年12月14日アップ)
■サブプライム問題をどう見るか−証券化ビジネスの光と影−
(読売ADリポートojo 2007年10月号掲載)
■サブプライム・ショックをどう見るか−金融市場の動揺と実体経済−
(三井物産戦略研究所WEBレポート 2007年8月31日アップ)
■小泉改革を考える−復興と改革と摩擦の4年間−
(読売ADリポートojo 2005年10月号掲載)
■これからの景気回復−モザイク型景気拡大の時代へ−
(読売ADリポートojo 2004年12月号掲載)
■2004年への期待−不安の時代から問題を直視する時代へ−
(読売ADリポートojo 2004年1-2月号掲載)
■「不安」の時代−目指すべきはリスクに立ち向かえる社会−
(読売ADリポートojo2003年5月号掲載)
■新時代の金融システム−「良い構造改革」の先に飛躍の可能性−
(読売ADリポートojo2001年11月号掲載)
■今求められる構造改革とは
(The World Compass 2001年10月号掲載)
■リスクと金融システム−日本型金融システムの限界−
(読売ADリポートojo2001年10月号掲載)
■不良債権問題をどう考えるか−本質はリスク処理システムの再構築−
(読売ADリポートojo2001年8月号掲載)
■小泉改革への期待−良い構造改革、悪い構造改革−
(読売ADリポートojo2001年7月号掲載)
■銀行の将来像−そこに未来はあるか−
(読売ADリポートojo2000年6月号掲載)
|