2000年4月から8年近く続けてきたこの連載も、今回が最終回となる。これまでの連載では、景気動向や産業構造など経済全体を視野に入れた話題から、受験や結婚のような身近な話題まで、幅広いテーマを取り上げてきた。それら一つ一つは経済という複雑なパズルを構成するピースでもある。そこで最終回となる今回は、それらのピースを組み合わせて、現在までの、そして将来の経済の姿を描き出してみたい。
バブルの克服と国際情勢の流動化
この連載がスタートした2000年時点の日本経済は、一時の最悪期は脱していたが、依然としてバブル崩壊の後遺症に悩まされていた。連載の第一回には、その状況を「トリプル・スパイラル」という表現で整理して、事態の深刻さを指摘した(00年4月号)。実際、日本経済の回復には、それからほぼ5年もの歳月を要している。
この回復局面で大きな役割を果たしたのが、01年に成立した小泉政権であった。構造改革を強調する小泉首相のパフォーマンスと柔軟な財政運営の下で、多くの企業が本格的な事業リストラによって体力を回復させていった。その結果、05年ごろには、日本経済は、10年あまりにわたって苦しめられたバブルの後遺症をようやく克服したのである(05年10月号)。
この間には、ITの飛躍的な進歩と社会への浸透が企業や人々の活動を大きく変える「IT革命」の動きも生じた(00年5月号、9月号)。その潮流はいわゆる「ITバブル」の崩壊もあって一度は停滞したが、「WEB2.0」の台頭によって、再び活性化されてきている(06年9月号)。
目を世界情勢に転じると、01年9月11日の米国同時多発テロを契機に、状況は大きく動き出した。米国ブッシュ政権の独走と求心力の喪失、欧州の存在感の拡大(03年11月号)、さらには中国やロシア、インドの台頭によるダイナミズムの多元化(06年1月号)といった動きで、世界はきわめて流動的な状態となっている(07年1月号)。
成熟化とグローバル化
こうした状況下で、日本と世界の将来を描き出していくための基本となる潮流も鮮明になってきている。
まず、日本経済の将来を見通すうえでは、「成熟化」の潮流が最大の前提となる(06年4月号)。日本では、経済発展の結果、人々の所得水準が向上し、基礎的なニーズはほぼ満たされている。加えて、人口が減少に転じたこともあり(05年6月号)、企業が新たな商品、サービスを売り込んでいくことは次第に難しくなっている。その現実は、経済成長の鈍化という形でも現れており、バブルの後遺症を克服したといっても、バブル期以前の成長ペースを回復することはほとんど不可能だと考えられる。
とはいえ、「安心」や「感動」といった、心の領域のニーズは依然として未充足で、ビジネスの対象としても大きな成長が期待されている(04年4月号、06年6月号)。とくに、情報創造をコアとする産業は、ITの浸透も追い風となって、「第四次産業」とも呼べるような、これからの時代の主要産業となっていくものと考えられる(05年7月号、07年3月号、5月号)。
加えて、多くの人々が共通して抱えていながら消費者一人一人の消費活動では充足されないニーズ、「パブリック・ニーズ」のかなりの部分も未充足なまま残されている(06年5月号)。その範囲は、地域全体でのバリアフリー化やセキュリティーシステムの構築、より便利な公共交通の整備や医療・介護サービスの高度化など、きわめて幅広い。これらも、企業にとっては有望な事業領域となるだろう。
また、産業技術の高度化や人々の価値観の多様化、さらには高齢化への対応もあって、人々の働き方や学び方も、従来の「良い大学、良い企業」の人生モデルから大きく変わっていくことが予想される(03年1月号、9月号、04年6月号)。
一方、世界の行方を考えるうえでは、「グローバル化」の潮流が焦点となる(07年11月号)。国内経済の成熟化が進んだ先進国の企業は、急成長を続けている中国やインドなどをはじめとする新興国での事業展開に、企業としての成長機会を見いだしている。それと同時に、新興国の側では、進出してきた先進国企業の活動が、雇用の拡大やインフラの拡充も含めた経済発展の強力な加速要因となっている。
しかしその裏側で、経済のグローバル化は、先進国内、あるいは新興国内での過度な所得格差の要因にもなっている(07年4月号)。また、中国、インドといった人口大国が本格的に経済発展をはじめたことで、資源やエネルギー、環境などの世界的な問題が深刻化している(05年12月号)。これらは、今後の世界が直面する重大な課題であるが、企業にとっては大きなビジネスチャンスでもある。
「支えあう枠組み」という本質
成熟化やグローバル化を基調として、私たちの経済には、これからもさまざま変化が起きるだろう。しかし、どういう変化が生じても、「人々がお互いに支えあって暮らしていくための枠組み」という経済の本質に変わりはないはずだ(01年1月号)。現代の経済は、「競い合ってお金を稼ぐ場」という印象が強いが、それでも結果としてはお互いに支えあう形になっており、決して経済の本質を逸脱しているわけではない(02年2月号)。
そうした視点から、これまで取り上げてきた多くの変化の潮流を俯瞰すると、これからの時代の経済には、やっかいな問題が山積みであることは間違いなさそうだ。しかし、それらへの適応が進みつつあることも、さまざまな面で感じ取れる。私たちの経済の行方は、決して暗くはない。
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