世界同時不況が現実味を帯びるなか、今、世界経済には、単に景気の転換というだけでなく、より構造的なレベルでの変質の兆しが見えはじめている。それは、経済を動かす原動力とも言える「競争」をめぐる変化の予兆である。
豊かさの代償としての「競争」
現代の経済における「競争」には、さまざまな側面があるが、まずあげられるのは、豊かさの代償という面だ。
私たちは今、少なくとも物量的な意味では、豊かな生活を実現している。それを可能にしたのは、市場を通じた複雑で高度な社会的分業の枠組みである。一口に社会的な分業といっても、そのためには、分業の仕組み作り、各個人への役割の振り分け、分業の成果の配分といった面倒な問題を解決しなければならない。現代の経済における「自由競争の原理」は、その難問を解くための解決策の一つである。
分業の枠組み作りや役割の振り分けは、政府や特定のだれかがコントロールするのではなく、個人や企業がそれぞれの仕事を自由に決める。その仕事に買い手がつけば、それが稼ぎ、すなわち分業の成果配分となる。この仕組みの下では、各個人、企業が仕事を得て稼ぎを増やそうとする競争の結果として、分業の高度化と効率的な役割分担、そしてだれもが納得できる成果配分が、自然に達成される、というわけだ。
実際、この自由競争の原理を導入した欧米諸国や日本が豊かな生活水準を達成したのに対して、競争を排除して分業の枠組み作りから政府がコントロールしようとしたソ連をはじめとする社会主義諸国の経済は、大半が豊かさを実現できないまま、80年代末に崩壊してしまった。現代の高度な技術と多彩な商品を前提にすると、分業の枠組みを人為的に設定することは不可能だったのである。こうした事実から、今日では、競争原理の導入は、豊かさを実現するために不可欠の条件とみなされている。
競争経済化の進行
自由競争とは言っても、自由の範囲をどこまで認めるか、どこまで規制するかというバランスは国によって、また時代によって大きく異なっている。ここ20年ほどの間は世界的に規制緩和、国営企業の民営化、累進課税の緩和など総じて自由の範囲を広げる方向へ向かってきた。
その端緒となったのは、80年代の、イギリスのサッチャー政権による自由化政策の成功だ。また前述のとおり、社会主義諸国の経済が相次いで崩壊したことで、現代経済における競争の必要性が改めて裏付けられた。90年代には、競争よりも規制を主軸にして発展してきた日本経済がその限界を露呈し、さらには、最も自由の範囲を広く取ってきたアメリカが空前の好景気を実現したことで、世界的な自由化、競争経済化の流れは決定的なものとなった。
競争経済化の流れは、国家単位の動きにとどまらず、国際経済の面にも及んでいる。いわゆるグローバル化の潮流だ。国境をまたいだ分業の高度化、効率化を進めるために、貿易の自由化、競争制限的な規制の緩和が進められ、国境をまたいだ競争も激化を続けている。
変化の予兆
そうした競争経済化の潮流に、ここに来て変化の兆しが見えてきた。競争経済化には、生産活動の効率化と、社会のダイナミズムの向上といったメリットがある。しかしその一方で、競争にさらされる人々のストレスの増加、勝者と敗者の格差の拡大、それにともなう人々の間の対立激化、治安の悪化など、デメリットも多い。昨年来の世界的な景気の失速は、競争のデメリットを一段と深刻化させており、既に豊かさを実現した地域では、競争のデメリットに対する問題意識が確実に高まってきている。
加えて、カリフォルニアの電力危機や、世界的な総合エネルギー会社エンロンの倒産、イギリスの鉄道施設管理会社の破綻と、公共性の強い事業に競争原理を持ち込みすぎたためと考えられる混乱が相次いでいる。
それらを受けて、以前のように規制を強めて競争を制限しようという議論も聞こえはじめた。それ自体、約20年続いている競争経済化の潮流の反転という大きな変化の兆しといえるが、その背後では、単に競争か規制かという次元を超えた、より構造的な変化の予兆も見えてきている。それは、個人個人のレベルで、競争経済の枠組みから抜け出そうとする動きである。
その典型が、利益を求めての競争とはまったく別の原理で動くNGOやNPOといった組織で働く人の急増だ。また、インターネットの世界では、無償の情報やソフトウエアがやり取りされ、LINUXをはじめ、競争に基づかない分業による生産活動も試みられている。
これらはまだ、ごく部分的な、限られた動きに過ぎないが、急速にその影響力を強めつつある。この潮流がさらに力を増すとき、経済は根底からの変質を迫られることになるだろう。
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