2010年、世界経済は、金融危機から抜け出して、回復局面に入っていくことが期待されています。ただ、回復といっても、一部の経済活動がバブル的に膨張していた危機前の状況に戻ることは考えられません。では、世界経済は今後、どのような形で回復していくのか。それを考えるうえでは、世界各国が現在どのような状況にあるのかが、きわめて重要な意味を持ってきます。
先進国と新興国の対照
この連載の第一回(2008年10月、「日本経済の『今』」)では、日本経済が既に急成長の難しい、また成長自体を目標とすべきではない「大人の時代」を迎えているという話を書きました。その際には、横軸に経済の実質成長率、縦軸に一人当たりGDPをとったフレームに、1960年から現在までの日本経済の状況をプロットした図を使いましたが、下に掲載したのは、同じフレームに現在の世界各国をプロットし、現時点での各国の経済の状況を比較した図です。ただし、一人当たりGDPは各国の物価水準の差を調整した購買力平価ベースの値を、また成長率は各国の実力を見るために、危機下のデータは避けて2005年から2007年までの3年間の平均値を使っています。対象としたのは、2009年時点でGDP5千億ドル超か人口4千万人超の主要34カ国、合計では世界の人口の81%、GDPの84%を占める国々です。
世界各国経済の発展段階 |
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- 2009年時点でGDP5千億ドル超か、人口4千万人超の主要34カ国を記載
- 出所:IMF, "World Economic Outlook Database, October 2009"のデータ(2009年は見込み値)から作成
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この図からは、世界の主要国は図の左上方の高所得・低成長の国と、右下方の低所得・高成長の国とに、きれいに二分されていることが見て取れます。一人当たりGDPが2万5千ドルを超えている国の多くは、日本も含めて、金融危機以前の世界同時好況の局面でも、2%から3%台の成長にとどまっていました。日本と同様、既に「大人の時代」に入っている「先進国」と呼ばれる国々です。一方、1万5千ドル以下の国は、大部分が5%を超える成長を実現していました。いまだに基礎的なニーズが充たされていない、育ち盛りの「子供時代」や「少年時代」にある「新興国」とか「途上国」と呼ばれる国々です。こうした先進国と新興国の対照の構図は、これからの世界経済の展開を考えるうえでの土台になるものです。
期待される新興国の成長力
図で示した国々のうち、所得水準が高く基礎的なニーズが既に充たされている先進国では、新たな需要を開拓し、経済を成長させることは、かなり難しくなってきています。米国や欧州の中核国、日本の成長率が低いのは、そのためです。それを強引に成長させようとすると、どうしても歪みが生じてしまいます。1980年代末の日本のバブル景気がそうでしたし、今回の危機の直接の原因となった米国のサブプライムローンも同様です。
2010年時点では、金融危機を経験したことで、世界各国の経済政策当局やエコノミストの間では、サブプライムのような無理な手法で経済を回復させることは避けようという考え方がコンセンサスになっています。それは、今回の回復局面では、先進国が成長ペースを上げてくる可能性は低いということを意味しています。
そうしたなか、無理なく需要を拡大できる新興国への期待が高まってきています。ただ、一括りに新興国と呼んでも、その経済の発展段階にはかなり幅があります。ロシア、アルゼンチン、メキシコ、トルコ、ブラジルなどは、一人当たりGDPが1万ドルを超えています。それは日本で言えば1970年代初頭、高度成長期終盤の水準で、成長余地はかなり狭まってきていると考えられます。これらの国には、あまり速いペースでの成長は期待できません。
それに対して、2005年から2007年にかけて二桁成長を実現していた中国の一人当たりGDPは6千ドル台で、これは日本で言えば1960年代初頭、高度成長期の序盤の水準にあたります。条件が揃えば、まだまだ高成長を続けられる水準です。巨大な人口を抱えるインドやインドネシアにも期待できそうですし、その先には、ベトナムを筆頭に、パキスタンやバングラデシュ、フィリピンといったアジアの国々と、ナイジェリアやエチオピアなどのアフリカ諸国も控えています。とはいえ、これらの国は、商慣行や法制度、各種のインフラなど、経済の土台が未整備であったり、貧富の格差や民族対立などの社会不安があったりといった問題を抱えています。だからこそ、所得水準が低いままにとどまっているという面もあるわけで、本格的な経済発展のプロセスに入るためには、これらの問題を解消していくことが必要です。既に高成長をスタートさせている中国にしても、経済の土台は十分とは言えませんし、国民が稼いだお金で消費を拡大することで経済を成長させるパターンも確立していません。中国も、高成長を続けていくには、多くの課題を解決しなければならないでしょう。
グローバル化の明と暗
新興国が経済発展を実現するうえでの課題を解消していくプロセスでは、先進国の政府や企業、NPOなどのサポートが重要な役割を果たすことになります。とくに2000年代に入って以降は、先進国の企業の進出にともなって、資金や技術、ビジネスのノウハウなど、経済発展に不可欠な要素が新興国に流入し、その結果として、新興国の経済発展が加速しました。もちろん、この動きは、先進国の企業にとっても慈善活動などではなく、成長性の乏しい自国市場に代わる新たな事業展開の場を求めての展開でした。このように、先進国と新興国のどちらもがメリットを得る形で、世界経済は一つにつながり、国境を越えた企業と企業、人と人との関係は、一段と緊密になってきているわけです。このメカニズムが「経済のグローバル化」と呼ばれる時代潮流の「明」の側面であり、これからの世界経済の回復の重要な骨格となるものでもあります。
しかし、経済のグローバル化は「暗」の側面も持っています。規制の緩やかな新興国での企業の活動は、現地で働く人に人権を無視した過酷な労働を強いたり、環境を破壊したりといった形で、新興国に害を及ぼすことも少なくありません。また、企業が賃金の安い新興国で商品を生産するようになると、先進国でも、人々が失業したり賃金を引き下げられたりというマイナスの影響が生じてきます。
このようなグローバル化の「暗」の面を抑制し、「明」の面を強めていくには、企業の活動を適切に規制、誘導していくことが必要です。とはいえ、グローバル化時代の企業のパワーはきわめて強力で、それをコントロールするには、各国政府間での政策的な協調が不可欠です。2010年には、国際的な政策協調を図る場として、先進国と新興国双方の主要20カ国・地域で構成されるG20首脳会議の定期開催がスタートします。そこでの議論の展開は、これからの世界の経済地図の変容を見通すうえで、きわめて重要な意味を持ってくるでしょう。
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