2008年終盤に発生した金融危機は、世界のあらゆる地域の経済、産業を巻き込み、グローバルな経済危機へとエスカレートした。2009年9月段階での世界経済は、依然として危機の渦中にあることは間違いないが、全地域・全分野の急落という局面は脱しつつある。そして、金融危機が各国の経済に与えつつある打撃の大きさも次第に明らかになってきた。
世界に広がった危機の打撃
図1は、経済の発展段階の指標となる一人あたりGDPと、経済の活力の指標である実質GDP成長率を縦横の座標軸としたフレームに、2007年と2009年のデータに基づいて、世界の人口1,000万人超の78カ国をプロットした散布図である(ただし2007年の図の実質成長率は2005年から2007年の平均値を使用。また2009年の図はデータの揃う同年4月時点のIMFの予測値を使用している)。これは、きわめてシンプルなものではあるが、発展段階と活力とを緯度・経度とした、世界の経済マップと呼ぶことができる。
図1.世界の経済マップ |
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- 出所:IMF公表データより作成
- 注1:2009年時点で人口1,000万人超の78カ国を記載
- 注2:2009年のデータは、IMFの4月時点の見通しの値を使用
- 注3:2007年の図ではアンゴラ(3,647ドル・19.8%)は図の範囲外に位置している
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この図によると、サブプライム問題が顕在化する前、2007年の世界経済においては、一人あたりGDPが3万ドルを超える先進諸国の多くが2〜3%台の安定的な成長を続けていた。また、二桁成長の中国などをはじめとして、一人あたりGDP1万ドル未満の国の多くが、経済のグローバル化を追い風として工業化を急速に進め、先進国を上回る5%以上の高成長を実現していた。アルジェリア、コートジボアール、カメルーン、ギニアなどアフリカを中心とする一部の国が、低所得でありながら低成長のまま取り残されているという古くからの構造的な問題も依然として残っているものの、それまでの時期のマップと比べてみて、2007年の世界経済が総じて良好な状況にあったことは間違いない。
そのような状況は、今回の金融危機によって一変した。図1の2009年のマップを見ると、一人あたりGDP5,000ドル超の国は軒並みマイナス成長に落ち込むことが見込まれている。先進国では、日本(IMFの4月予測では▲6.2%、7月予測では▲6.0%)とドイツ(同▲5.6%と▲6.2%)の両工業大国が、危機の震源となった米国(同▲2.8%と▲2.6%)を上回る大幅なマイナス予測となっていることが目を引く。これは、金融危機の影響を最も強く受けたのが自動車や企業の資本設備などの需要であり、それらを産業と輸出、さらには経済成長の主力としてきた国が、最も大きな打撃を受けていることの現れと考えられる。
他方、新興国ではより大きな打撃が想定されている。図2は、縦軸は図1と同じく2009年時点の一人あたりGDPを、横軸には2009年の成長率の減速幅(図1の下の図で示した2009年の予想成長率と、上の図で示した2005年から2007年までの平均成長率との差)をとって、経済の発展段階と危機の影響度の関係を示したものである。この図によると、サブプライム問題に直撃された先進国よりも、ロシアや韓国、台湾、マレーシア、チェコ、ルーマニア、トルコ、アルゼンチンなど、一人あたりGDPが5,000ドルから2万ドルまでの中位の国の減速幅が総じて大きくなっている。その一方で、5,000ドル未満の低位の国では、危機の影響が比較的軽微にとどまると見られている国が多い。また、図3で示したように、一人あたりGDP2万ドル未満の国を5,000ドルから2万ドルまでと5,000ドル未満の二つのグループに分けて見ると、いずれのグループにおいても、2005年から2007年にかけての成長率が高い国ほど2009年の減速の度合いが大きいという傾向が見て取れる。こうしたデータからは、既にある程度は工業化が進んで経済を発展させている国と、発展段階は低くても21世紀に入って急速に成長してきた国が、強烈な逆風に見舞われていることが読み取れる。
図2.2009年の減速状況 |
図3.2007年の成長率と2009年の減速 |
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- 出所、注1、2は図1と同じ
- 注3:アンゴラ(23%ポイント減速)は図の範囲外に位置している
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- 出所、注2は図1と、注3は図2と同じ
- 注1:2009年時点で人口1,000万人超、一人あたりGDP2万ドル未満の67カ国を記載
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期待されるグローバル化の再起動と修正
2007年までの時期の新興諸国の高成長は、グローバル化にともなう先進諸国からの投資資金の流入の加速と貿易取引の急拡大を追い風とした急速な工業化によるものと言える。また、世界経済の高成長を背景に原油をはじめとする多くの資源の価格が高騰したことも、資源産出国の経済成長を加速させる要因となった。一方、経済が成熟し国内に成長余地の乏しくなった先進国の企業は、台頭する新興国での事業展開に、企業としての成長の方向性を見出していた。経済のグローバル化は、新興国と先進国の間で、いわゆる“win−winの関係”を成立させていたのである。
今回の金融危機は、そうした構図を根底から揺るがした。サブプライム問題を端緒として発生した欧米諸国をはじめとする世界各国の金融システムの混乱によって、新興国の発展を支えてきた先進諸国からの投資資金の流入は停止、あるいは逆流し、新興国の経済は大きく混乱した。加えて、貿易金融が機能不全となったことで、貿易取引も大幅に減退した。その帰結が、図2、3で見た新興国の急減速である。
危機からの回復にあたっては、米国の下げ止まりや中国の牽引力に注目が集まっているが、世界経済が中長期的な発展パターンを再構築していくうえでは、中国だけでなく、多くの新興国が経済発展を再開させることも重要な要件となる。それに向けては、新興諸国が先進諸国との間で、あるいは新興国相互間で、経済関係を一段と密接なものにしていくこと抜きには考え難い。それは、金融危機の影響で停滞しているグローバル化の潮流の再起動を意味するが、2009年後半には、既に貿易取引が底打ちから回復へ向かいつつあり、新興国への投資資金も戻りはじめている。今後の世界経済の回復プロセスにおいては、グローバル化の潮流が再び大きなファクターとなる可能性が高そうだ。
ただ、経済のグローバル化に関しては、先進国と新興国双方での個人間の格差の拡大や環境破壊の加速といった副作用と、金融危機の元凶ともなった金融ビジネスの行き過ぎた発展に支えられていたという問題点が指摘されている。グローバル化の再起動を想定すると、これらの副作用や問題への対策の重要性も一段と増してくる。そこでは、金融危機への対応として世界各国の政府が打ち出しているセイフティネット強化に向けた諸施策や、環境対策と景気刺激策を融合させようとする、いわゆる「グリーン・ニューディール」の政策が重要な役割を担うことになるだろう。また、金融ビジネスに対する規制の在り方をはじめ、各種の経済政策、産業政策の国際協調を図る枠組みとして、G20金融サミットなどの国際的な議論の場も構築されつつある。全般に、金融危機への対応策が、結果的にグローバル化の副作用への対策にも直結する状況が生じているのである。その意味では、金融危機は、グローバル化の修正の契機とも位置付けられそうだ。
こうした流れが重なり合って向かう先では、自由な企業活動をエンジンとした従来型の「野放しのグローバル化」から、副作用を抑えながら進行する「調和の取れたグローバル化」への転換が視野に入ってくる。金融危機からの回復過程では、グローバル化の再起動と修正が大きなカギとなる。
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