近時の世界経済の成長パターンは、先進国主導から新興国主導への転換が鮮明になっている。ただ、一口に先進国、新興国と言っても、国ごとに見ると、規模や所得水準、産業構造など、さまざまな面で、ばらつきが大きい。その違いは、各国の経済発展の方向性やペースを左右する。別表「各国の経済・産業構造と世界経済の全体像」(別ウインドウ表示)は、世界の185カ国を、所得水準と産業構造の視点でカテゴライズし、IMFの成長率予測を集計したものであるが、以下ではこれを使って、世界の経済成長の構造を俯瞰してみたい。
先進国の成長力は限定的
上表の先進国と新興国の区分はIMFの定義に従った。そのうち先進国に分類されている35カ国については、国連のデータを用いて、日本、ドイツ等、GDPに占める製造業の比率が高い国を工業国、カナダ、オーストラリア等、鉱業の比率が高い国を資源国、それ以外の、サービス産業を中心とする「その他」の比率の高い国をサービス国と分類した。
IMFの予測を用いて集計してみると、2011年から2014年までの平均成長率は、サービス国が1.6%と工業国の1.3%を上回る形になっているが、これには2.3%成長と予測されている米国の寄与が大きい。米国の他は、フランス、英国等、いずれも経済が低迷している欧州の国々であり、米国を除いたサービス国の成長率は、0.6%と、工業国を下回る予測となっている。また、資源国の3カ国は、いずれも2%台の比較的高い成長が予想されている。
いずれにしても、財政・金融危機を払拭できない欧州諸国や低迷の続く日本を主軸とする先進国経済の成長力は、依然として低いという見方である。例外となる可能性を持っているのは、イノベーションを実現する力に期待が集まる米国に加えて、韓国、台湾、シンガポール、香港のアジア勢、そして資源国等の少数に限られている。米国の成長力については議論の分かれるところであるが、欧州や日本の停滞については、少なくとも今後の数年に関しては、異論を挟み難いところだ。他方、アジア勢と資源国の成長は、世界経済、取り分け中国をはじめとする新興国の成長ペースに左右されることが想定される。
新興国の成長は工業国が主力
新興国は、先進国以上にばらつきが大きいが、上表ではどの産業を主力としているかを基準に、中所得工業国、低所得工業国、高所得資源国、中・低所得資源国、農業国、新興サービス国の六つのカテゴリーに分類した。
これらのうち資源国はGDP中の鉱業比率が20%超の国としたが、所得水準が低い国は、今後の産業政策次第では、工業国に転換していく可能性もあるため、2012年の一人当たりGDP(購買力平価(PPP)ベース、以下同じ)で2万ドルのラインで、高所得国と中・低所得国に区分した。農業国は、産業構造上は農業のウェイトが大きい国であるが、このカテゴリーの31カ国のうち、ガーナ、アルバニア等を除く27カ国が国連により後発開発途上国に指定されており、農業が経済を牽引しているというよりも、工業化による自律的な経済発展のプロセスに入れていない国々と位置付けられる。人口規模を見ても、エチオピアやコンゴ民主共和国などを除くと小規模な国が大半を占めている。また新興サービス国は、レバノンやパナマ、ジャマイカ、バハマ、セーシェルなど、観光や運輸などのサービス産業を主軸とする国で、ジブチを除くと、小規模ながら所得水準は比較的高い国が揃っている。これらはいずれも、世界経済におけるシェアは小さく、資源国、農業国、サービス国の合計で世界のGDPの6%を占めるに過ぎない。
今後の世界経済の展開を見ていくうえでは、やはり世界のGDPの32%を占める中所得および低所得の工業国が焦点となる。工業国については、一人当たりGDPの水準を基準として、中所得工業国(一人当たりGDP1万ドル以上)と、低所得工業国(同1万ドル未満)に区分した。IMFによる2011年から2014年の平均成長率の予測をみると、中所得国の3.7%に対して低所得国は7.3%と、成長余地の大きい低所得国の方が高成長を見込まれている傾向は鮮明である。
ただし、低所得工業国では、2012年のGDP総額13兆ドルのうち中国が8兆ドルを占めており、低所得工業国を中国とそれ以外のアジア、アジア以外の三つに区分して、前述のIMFの成長率予測を整理してみると、中国の8.5%に対して、その他のアジアが5.9%、アジア以外が4.1%と、いずれも限定的な値となっている。
カギは中国だが、米国と中所得工業国にも要注目
こうして俯瞰してみると、これからの世界経済の成長は、新興国主導といっても、実際には中国頼みの色彩が強いことは明確である。アジアの国々や資源国で比較的高い成長が見込まれているのも、中国の高成長が前提となっているものと考えられる。中国経済は、欧州経済失速の影響を受けて、2012年後半には明確に減速してきている。IMFの予測は、早期に回復するとの見立てであるが、景気刺激策の実効性には疑問が残っており、ここで整理してきたような展開になるとは限らない。2013年にも中国経済の減速が続くようであれば、その波及効果も含めて、世界の経済成長は大幅に鈍化することになるだろう。さらに、現下の停滞を脱したとしても、中国経済は、消費主導の持続可能な成長パターンへの転換という大きな課題を抱えている。当面の成長ペースを維持するためには投資需要を喚起することが望ましいが、成長パターンの転換には投資を抑制することが求められており、中国政府がこの相反する政策課題にいかに立ち向かっていくかを含め、中国経済の動向は2013年の最大の注目点と言える。
それ以外では、リスクファクターとしては引き続き欧州の財政・金融危機への対応が挙げられるが、前向きなモメンタムを期待できるのは、やはり米国ということになるだろう。2012年、米国では、シェールガスの生産が本格化してきたことが、原料価格の安定を見込めるようになった化学産業やパイプライン向けの需要拡大が期待される鉄鋼産業など、一部の産業にとって大きな追い風となりつつある。さらに、極端な金融緩和が続くなか、前回の成長局面でのサブプライムローンのような、金融面での新たな需要喚起策が登場してくる可能性も、副作用への警戒も込めて、指摘されている。
もう一つの注目点は、2012年時点で、24カ国で世界のGDPの13.5%を占める中所得工業国である。このカテゴリーでは、「中所得の罠(Middle Income Trap)」(経済発展の途上で高成長を遂げた国でも、所得水準が一定のレベルを超えると成長ペースが衰え、先進国にキャッチアップする手前で停滞してしまう現象、あるいは傾向を指す。世界銀行の2007年のレポートで指摘されたことで注目を集めた。)という言葉に象徴されるように、長期的に停滞気味になっている国が多いが、構造改革や産業政策の成果で活力を取り戻しつつある国も見られる。既に相応の規模のあるブラジル、ロシア、メキシコ、トルコ、アルゼンチンといった国々の経済が活性化されれば、世界の経済成長への寄与は無視できないものとなる。
2013年以降の世界経済においては、成長エンジンとしてもリスクファクターとしても、中国が最大のカギとなることは間違いないが、中長期的な視点からは、米国におけるさまざまなイノベーションの実現や、中所得工業国の活性化、さらには日本や欧州先進国の構造改革、新興資源国や農業国の工業化など、カテゴリーごとに注目すべきポイントがある。世界経済の動きを理解するうえでは、それらを包括的に見ていくことが必要だ。
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