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三井物産戦略研究所WEBレポート
2009年7月10日アップ
世界貿易の構造変化−グローバル化の潮流と金融危機−

1.経済のグローバル化と世界貿易の構造変化

世界の経済発展を加速させたグローバル化の進展

 21世紀に入ってからの世界経済は、ITバブルの崩壊、9.11の米国同時多発テロ、エンロン、ワールドコムの巨大企業破綻、イラク戦争など、相次ぐショックに見舞われながらも、それらの影響は比較的軽微、短期間にとどまり、安定的な成長を続けてきた。とくに2004年から2007年にかけての成長ペースは、均してみると、米国が史上最長の景気拡大を続けて世界経済を牽引した1990年代を上回り、年4%近い高成長を記録している(図表1)。その背景には経済のグローバル化の潮流が存在していることは間違いない。

図表1.世界の実質GDP成長率の推移
  • 出所:IMFのデータより作成

 経済のグローバル化とは、輸送技術や通信技術の進歩を背景とした、経済のネットワークの広域化と、国家間の経済関係の緊密化という二つの潮流の合成ということができる。それらは、紀元前2世紀頃とされるシルクロードの成立や、15世紀から17世紀にかけての「地理学上の発見」に端を発する大航海時代、19世紀以降の欧米列強による帝国主義的拡張などに象徴されるように、きわめて古くから連綿と続いてきた潮流である。その意味では、1930年代の大恐慌期に生じた経済のブロック化の動きや第二次世界大戦後の東西分断によってグローバル化が停滞、逆行した1980年代までの約60年間は、歴史的な異常期と言える。東西冷戦の終結にともなうグローバル化の再開は、歴史的、長期的な視点からは、常態への回帰と位置付けることができるだろう。
 東西分断によってグローバル化の潮流が中断されていた時代にも、西側の資本主義圏に限れば、技術進歩に支えられた海運網と航空網の拡充や国際金融制度の整備によって、経済関係の緊密化は着実に進行していた。そこに、共産主義体制が限界に達して市場経済体制に復帰した東側諸国が合流してきたことで、1980年代以降、経済のネットワークが一気に広域化した。さらに1990年代に入ると、インターネットの浸透に象徴される情報技術の飛躍的な進歩が、経済関係の緊密化の潮流を加速させた。
 1990年代以降、市場経済に復帰した中国や中東欧諸国、CIS諸国の多くが停滞していた経済発展を再開させた。それと連動する形で他の途上国の多くも本格的な経済発展のプロセスに入り、世界経済に占める新興国のウェイトは急速に拡大した(図表2)。2000年代の世界同時好況の局面では、新興国は米国と並んで世界経済の強力な成長エンジンとなり、世界の高成長に大きく寄与したのである。

図表2.世界のGDP構成比
  • 出所:IMFのデータより作成
  • 注:網掛け部分は旧・共産圏

 相対的に低廉な労働力と豊富な成長余地を有する新興国は、既に経済が成熟化し成長力を低下させていた先進国の企業にとっては、生産拠点としても市場としても、新たな成長の舞台としてきわめて魅力的であり、先進国の多くの企業が資金とマンパワーを投入して事業を展開していった。そうした先進国企業の進出は、新興国の経済発展をさらに加速させることにもつながった。その結果、所得水準は低いものの成長性の高い新興国と、所得水準は高いが成長力を失った先進国の間で、双方にメリットのある‘win−winの関係’が成立した。


グローバル化と中国の台頭

 新興国の経済発展は、それぞれの国内での生産と消費の拡大が結びつくだけの自己完結型の成長ではなく、国際的な分業関係のネットワークに組み込まれ、生産や消費を上回るペースでの輸出入の拡大をともなったものであった。それは、世界的な産業立地の再配置の進行を意味しており、世界全体で見ても、1990年代後半以降の貿易の拡大はきわめて顕著であった。世界の総輸出額を世界のGDPとの対比でみると、1990年代前半の約15%から、2007年には約25%まで上昇している(図表3)。
 その動きの中心となってきたのは、言うまでもなく、13億人の人口を抱えて経済成長を一気に本格化させてきた中国である。世界全体のGDP、輸出額、輸入額のそれぞれに占める中国の構成比は、1990年代半ばにはいずれも3%程度、2000年代前半のグローバル化を背景とした世界同時好況直前の2002年の段階でもGDPと輸入は4%台半ば、輸出も5%強に過ぎなかったが、2007年の時点では、GDPは6%、輸入はそれを上回る7%、輸出はさらに大きく9%近くまで上昇している(図表4)。

図表3.世界輸出総額の世界GDP対比 図表4.世界のGDP・輸出入に占める中国の構成比
  • 出所:IMFのデータより作成
  • 同左

 それと表裏を成す形で、世界貿易における先進国のプレゼンスは低下している。2002年から2007年までの5年間で、米国の輸出は世界の10.8%から8.4%へ、輸入は18.1%から14.0%、EU(現加盟27カ国の合計)の輸出(域内輸出を含む)は40.3%から38.2%、輸入(域内輸入を含む)は38.1%から37.7%、日本の輸出は6.5%から5.2%、輸入は5.1%から4.3%へと、いずれも構成比を落としている(図表5)。ただ、米国の貿易赤字は、サブプライムローンによる後押しも含めた住宅ブームの影響もあって、2002年から2007年にかけて3千億ドル以上の急拡大を記録しており、米国の需要拡大がこの間の世界好況の大きなエンジンであったことは間違いない。

図表5.世界のGDP・輸出入の構成と変化
  • 出所:IMFのデータより作成


世界の貿易構造の変容とグローバル化の功罪

 2000年代前半のグローバル化を背景とした世界好況の間には、世界の貿易の品目別の構成も大きく変化している(図表6)。2002年から2007年にかけては、大部分の品目が大幅に伸びているなかでも、原油や天然ガス、石炭などの鉱物性燃料や各種の金属、鉱石等を合わせた原燃料の伸びが著しく、貿易額全体に占める構成比を上昇させている一方で、世界の貿易額の約4割を占める機械・機器や、繊維製品、食料品の構成比が低下している。

図表6.世界の貿易額の品目別動向
  • 出所:世界貿易額はIMF、品目別の実額は国際貿易投資研究所のデータより作成

 ただし、こうした変化には、それぞれの商品間の価格体系の変容が大きく影響している。原燃料全体の貿易額は2002年から2007年にかけて2.7倍に増加しているが、その間には、日本のドル建て輸入価格で見て、原油は2.8倍、石炭は2倍(原料炭2.1倍、一般炭1.9倍)、鉄鉱石2.7倍、銅4.4倍等となっている。それを勘案すると、原燃料の貿易は数量ベースでは小幅なものにとどまっていたことがうかがえる。他方、機械・機器の価格は、米国の生産者物価指数で見て、一般機械が1.2倍に上昇しているものの、電気機器と自動車はほぼ横ばいとなっている。その傾向は世界的に共通していると考えられることから、機械・機器の貿易は数量ベースでも金額ベースに近い2倍弱に拡大していたものと推定できる。要するに、2002年から2007年にかけての世界貿易の拡大は、原燃料価格の上昇と機械・機器をはじめとする工業製品の貿易の数量的な拡大の二つの現象が重なった結果ということになる。
 2002年以降、中国をはじめとする新興国における需要の高まりと将来的な需給の逼迫を背景に天然資源や原燃料の価格が上昇したが、先進国の世界各国の製造業企業は生産性の向上に努めて製品価格の上昇を最低限に抑えこんだ。その結果、各種の工業製品に対する新興国の需要は一段と旺盛になり、工業製品の貿易量の拡大をもたらす一方で、資源や原燃料の価格高騰にさらに拍車をかけることになったのである。
 このプロセスにおいては、極端な通貨安下で価格競争上有利であった日本を除く先進国の製造業企業の多くが、生産コストを抑制するために、雇用や賃金を抑制し、場合によっては低廉な労働力を豊富に抱える新興国に生産拠点を移していった。それによって先進国の企業は収益の拡大を実現できたが、国内では、雇用が新興国に流出するとともに賃金水準も新興国にサヤ寄せする形で低下し、人々の生活のレベルでは、好況下にありながらむしろ悪化するケースが多かった。この時期には、米国や欧州を中心に、金融産業の幹部層や大企業の経営者層、企業経営に関連する専門職層の所得水準は上昇を続けており、それら一握りの高所得層と製造業を中心とする一般労働者との間の格差が大幅に拡大した。一方の新興国でも、多くの人が製造業に職を得て所得を大幅に伸ばした一方で、その流れに乗れず低所得の農村に取り残される人も少なくなく、こちらでも格差拡大の流れが生じた。
 先進国における一般労働者の生活水準の悪化と、先進国と新興国双方での格差の拡大は、それぞれの社会に不満と不安を醸成していった。これは、先進国と新興国の間に‘win−winの関係’を成立させ、世界同時好況を実現した経済のグローバル化の無視できない負の側面と位置付けられる。そこからは、グローバル化の潮流を忌避する風潮が広まっていった。1999年にシアトルで開催されたWTO総会を嚆矢として、WTOやG8サミットの開催にあわせて反グローバル化を掲げるNGOが大規模なデモを展開する動きが定着したのも、この風潮の高まりを背景としたものと言える。
 そして、米国におけるサブプライムローン問題に端を発した2008年終盤からの金融危機は、信用収縮と金融市場の混乱に加えて貿易活動の停滞によって、震源となった米国や欧州から世界全体の経済危機へとエスカレートした。その展開は、世界経済がきわめて緊密に一体化していることを改めて浮き彫りにし、経済のグローバル化に対するネガティブな風潮を一段と増幅、蔓延させることになったのである。


2.金融危機後の潮流変化

グローバル化を停滞させる金融危機

 2008年終盤からの金融危機の局面では、住宅金融に端を発するサブプライム問題という局所的な問題が、金融市場の混乱と貿易の急激な落ち込みを通じて、世界経済全体の深刻な危機へとエスカレートした。その展開からは、グローバル化の進展を背景として世界経済が高成長を続けていた時期以上の鮮明さで、世界経済はすでに一体であり各国・地域の経済は緊密な相互依存関係にあるという現実が浮き彫りになった。しかし、グローバル化の潮流自体は大きくつまずくことになった。
 経済のグローバル化に対しては、先進国と新興国の双方の内部で経済格差を拡大させ社会不安の原因となったり、仕事や暮らしの様式を世界的に標準化、画一化させる圧力を生じさせて各国・地域の伝統や文化を毀損したりといったネガティブな側面も指摘されてきた。今回の金融危機は、経済危機の増幅と蔓延が容易に進んでしまう構造が成立しているという、グローバル化のもう一つのネガティブな側面を浮かび上がらせたことで、グローバル化を忌避する声を一段と高めることにもつながった。
 さらに、各国政府が危機からの脱却を目指す政策対応のなかで、保護主義的な動きも目立ってきており、それもグローバル化を停滞させる要因となる可能性がある。また、国境をまたいだ企業活動の支援や投資活動の拡大によってグローバル化の強力な推進力となってきた金融産業は、今回の危機によって機能不全に陥っているうえに、体力が回復したとしても危機を招いた元凶として活動を制限される可能性が高く、従来のような強力なエンジンとしては期待できそうにない。


引き続き残るグローバル化への潜在圧力

 その一方で、グローバル化を推し進める圧力も残っている。経済が成熟した先進国の企業には国外に新たな成長の舞台を生じさせ、経済水準の低い新興国、途上国には経済発展の追い風になるという、グローバル化のメリットは効力を保っている。そして、中国をはじめとする新興国の成長余地は依然として圧倒的に大きい。
 2008年時点の中国の一人当たりGDPは約3,200ドルに過ぎず、韓国の1万9千ドルや台湾の1万7千ドルといったレベルを想定しても、成長余地はきわめて大きい。中国では、一人当たりGDPが1万ドルに達した段階でGDPは13兆ドルと2008年の米国に迫る水準となり、世界に9兆ドルの新たな市場をもたらすことになる。その中国に続いて、総人口6億人で一人当たりGDP2,300ドルのASEANや、11億人1,000ドルのインドも、経済発展のプロセスを本格化させてきている。
 また、一人当たりGDPが3万ドル台、4万ドル台に達して経済が成熟化している先進国の企業の多くが、事業を伸ばしていくためには、成長を続ける新興国や途上国の市場に期待せざるを得ない状況にある。新たな市場の開拓に向けた彼らの活動は、これまでと同様、グローバル化に向けた最大のエンジンとなるだろう。こうした大きな流れは、金融危機によって一時的に停滞することはあっても、金融システムがある程度機能を取り戻してくれば、再び動き出すことが想定できる。


金融危機を経て変質する潮流

 今回の金融危機を契機として生じた動きが、経済のグローバル化と、それを原動力とする経済発展の追い風となる構図も見えてきつつある。
 第一に、世界的な資源・環境問題への対応の本格化が挙げられる。中国をはじめとする新興国の経済発展の継続性については、資源の供給不安や環境破壊の問題が最大の障害になると指摘されてきたが、今回の金融危機を契機として、「グリーン・ニューディール」という言葉に象徴されるように、世界各国で省エネルギー・省資源と環境対応への取り組みを危機対策に結び付けていく方向性が鮮明になっている。その動きは、新興国の経済発展のサステナビリティを大幅に高めることにもつながり得る。
 第二は、貧困や格差の問題への対応である。金融危機は1980年代以来の世界の主潮であった「自由・市場・小さな政府」の路線を一気に反転させる契機ともなり、その流れの一環として、貧困や格差の問題の緩和に向けて、社会保障を中心とするセイフティネットの拡充も図られている。この動きは、グローバル化の大きな弊害を緩和し、それにともなう人々の忌避感を薄めていく可能性もある。
 第三には、経済政策における国際協調の進展が挙げられる。今回の金融危機に際しては、G20金融サミットの枠組みの構築をはじめ、多くの国が協調して対応策を打ち出す動きが広がった。それは、経済グローバル化の結果、個々の国家による経済政策や産業政策では効果が限られるケースが増えたことに対応する動きであり、今後、グローバル化がさらに進むうえでの土台の強化と位置付けることができる。
 これらの動きに共通するのは、自由な企業活動をエンジンとする従来の「野放しのグローバル化」から、弊害や副作用を抑えながら進行する「調和の取れたグローバル化」への転換に通じる動きだという点だ。2009年7月の段階では、世界経済は依然として危機下にあり、ここで挙げた動きは、いずれも萌芽の段階に過ぎないが、危機後の世界では、経済のグローバル化は新たな局面を迎えることが期待できるだろう。


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